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Hack Revolution  作者: 川瀬時彦
The fourth hack
15/26

Part.1 (4)

 昼休憩まであと一分。

 俺は視力の良さをいかし、教室の最後列から黒板の上にかけられた時計を睨んでいた。

 ちらと視線を下へ送る。

「というわけで、この答えがこうなるわけです。えーと、次の問題は……」

 まずい。

 この教師、時計をまったく気にする様子がない。おまけに、次の問題の解説を始めようとしている。

 俺の経験上、この教師は解説の途中で授業を終えることはない。

 これは非常にまずい。

 俺は左手に幾枚かの硬貨を握り締めたまま念じる。

 さあ、ちらっと時計を見るんだ。そして、「ああ、もうこんな時間か」とか言ってお開きにするんだ。

「――この公式を使ってですね」

 俺の念も通じず、彼は次の問題の解説を始めてしまう。

 時計の秒針が五十、五十一、五十二――と時間を刻む。

 そして、チャイムが鳴り響いた。

 隣の教室からがたがたと椅子の音が聞こえる。

 廊下を数名の男が駆けていった。

 絶体絶命。

 一方、教師は動じることなく解説を続ける。

 昼休憩前の授業時間の延長は、弁当を持たない生徒にとって死活問題である。

 くそっ。もう焼きそばパンは無理か。しかし、今すぐ終わればホットドッグには手が届くかもしれない。

 俺はシャーペン以外の筆記用具を筆箱にしまい、臨戦態勢をとった。

 問題の答案から類推するに教師の解説内容はまだ半分といったところか。

 次第に廊下を流れる人の数が多くなる。

 それでも教師は「えーと」などの感嘆詞を交えながらたらたらと話し続ける。

 この野郎! 見てみろ、廊下を威勢よく男子がかけていく。闘いはもう始まっているんだよ。それなのに俺は縛り付けられ未だこの席を立つことすらままならんじゃないか。くそう、このままでは俺の昼食が売れ残りのアンパンか玉子サンドになっちまう。それでもいいって言うのか。いや、そりゃ教師は学校が一括で宅配弁当頼んでるからこっちの事情なんて知ったことじゃないだろうが……。しかしだな、本来であれば五十分で授業を完結させるのが教師の務めであってだな、こんなことは決してあっては――


 結局、俺が購買に到達した時、そこにはすでに長蛇の列ができあがっていた。

 万事休す。

 俺はため息一つして最後尾に並ぶ。もはや急ぐことはない。新たに列に加わる生徒など俺以外に見当たらないからだ。

 前の方から思い思いのものを買った生徒が教室に帰ろうと俺の横を通り過ぎる。

「最後の焼きそばパンゲットー!」

 調子の良さそうな男が友人に向かってそんなことを言っていた。

 俺はそれに苛立ちを覚えながらも、アンパンか玉子サンドのどちらにするかという至極消極的な選択をしなければならないと覚悟を決めた。

 甘ったるく昼時に不向きなアンパンか、カツサンド、ミックスサンドとある中で最下級の、言うなればお寿司の河童巻きのような立場である玉子サンドか……。

 Uターンラッシュ時に見られる高速の渋滞のように、一歩進んでは立ち止まり、また一歩進んでは立ち止まる。

「あら、あなたも?」

 まさかと振り向くとそこには御影がいた。

「よお」

 なんだか意外な感じがした。

「お前弁当じゃないんだな」

「アレをするようになってからあまり時間がなくてね。前は自分で作ってたわ」

「アレ?」

「ほら、アレよ。アレ」

「何だよアレって?」

 俺が聞き返すと、彼女は手で小さくおいでおいでする。

 おそらく、他の誰にも聞かれたくないことであるため、俺に耳をかせといってるのだろう。

 俺は少しかがんで彼女に耳を傾ける。

 彼女は手を口に添えてこそりといった。

「ハッカー」

「ああ、アレってそういうことね」

 行いが行いだけにあまりこういうところで話せることじゃないのは確かだ。

 彼女は列の前の方を覗き込み言う。

「だいぶ待ちそうね」

「早く来れば良かったじゃねえか」

「さっき体育だったのよ。着替えとかで時間とるのよ、男子と違って……あ、そうだ」

 彼女は何かを思いついた。

 そして俺の顔を見上げる。

 嫌な予感がする。微笑を浮かべたこの顔は人が悪巧みする時の顔だ。

「あなた、ついでに買っておいて頂戴」

 予感大的中。

 彼女が俺の手をとり、小銭を掴ませる。

「おい」

 そして列を抜けながら言う。

「屋上で待ってるわ」

 もう彼女は笑顔で手を振りながらこの場を立ち去ろうとしている。

 俺はとっさに聞いてしまった。

「何にするんだ?」

 彼女は振り向く。

「そうね。それを忘れてたわ。玉子サンド。――あ、それとアイスコーヒーもね。じゃ、よろしく」

「いや、てかそうじゃなくて待てって……」

 俺がそれを言った時彼女はもう階段に消えていた。

 断るつもりがつい何を買うのか聞いてしまった……、一生の不覚。

 つーか、最後にアイスコーヒーって言ってたなかったか? 自販機だから全然関係ないじゃん。全くそれぐらい自分で……。

 しかし、ふと左手をみるとそこには玉子サンドとコーヒーの代金を握ってしまっている。

 ……仕方ねえな。


「玉子サンド二つ」

 二人分の代金を俺はおばさんに手渡す。

「はい、どうぞ。あ、袋いる?」

 売り切れのカツサンドの奥に置かれている玉子サンドを二つ手にしたおばさんがそう聞く。

「じゃあ、お願いします」

 俺はこの先のことを考えてありがたく頂戴した。

 購買をあとにし中庭にある自販機へ向かう。

 俺は残ったお金を入れる。

 そして後はボタンを押すだけだが、ここで俺の指は止まった。

 アイスコーヒーって、どのアイスコーヒーだよ?

 自販機には数種類のコーヒーが並び、それぞれに『HOT』と『COLD』のボタンが付いている。

 彼女の『アイスコーヒー』という指示では絞り込むことができない。

 えい、まあ一番スタンダードなのでいいだろ。

 俺はボタンを押す。

 カタッという音を立て扉の中に大きな紙コップが落ちる。

 そしてその中へ二つの液体が注がれはじめる。

 扉の横のランプが光り出来上がったことを伝える。

 俺は扉を開き、それを取り出した。

 せっかくだし俺も何か……。

 俺はポケットから硬貨を拾い上げ適当に自販機に入れ、サイダーの下のボタンを押す。

 手首に玉子サンドの袋をぶら下げ、その手で彼女のコーヒーを、しゅわしゅわと気泡がはじけるサイダーを右手に持つ。

 屋上へ上がるとひさしの陰に座る彼女を見つけた。

「ありがとう。お金足りたかしら?」

「それは問題なかったんだが、そもそもなコーヒーぐらいは自分で買えって」

 俺は彼女の座る横にドリンクとサンドのパックを置き、それを挟んで座る。

「でも、あなたも買ってるじゃない」

「これはついでだ。第一、ここまで運ぶのはいろいろ骨が折れるんだよ」

「まあ、そういわないで。どのみち今日は呼ぶつもりだったのよ」

「なんだ、もう次の場所決めたのか?」

「港のサーバーで捕らえたハッカーが言ってたでしょ。以前彼らのリーダーと廃ビルで会ったことがあるって」

「行くのか? でも、所詮敵の言うことだ。信用できるのか?」

「もちろん私だって鵜呑みにしてないわ。でも、彼らの全容を掴むにはそこを当たる以外、今は方法が見つからないの」

「奴らの規模はどれくらいなんだ? お前、いくらかは知ってるんだろ?」

「個人的に色々調査したけど、おそらく彼らがこの街で一番の勢力よ。私達が初めにハックした橋のサーバー、そして今回ハックした港のサーバーの以外にいくつも彼らにハックされている。そして、あそこに居たハッカー達はまだ下っ端。一部に過ぎない。リーダーは相当の数を束ねているわ。それも組織的にね」

「確か言ってたな、連絡は伝令を通してどうだこうだとか」

「だから各サーバーをハックしても本隊、リーダーがどこにいるかは掴めない。彼らのリーダーはよほど頭の切れるやつみたい。次に乗り込む廃ビルには、おそらくもういないでしょうね。でも、そこで何か痕跡を見つけられるかもしれない」

 今まで漠然とハッカーがいるとしか考えたことしかなかったが、どうやらその情勢は奥が深そうだ。

 しかし、南校の奴らばかりがハッカーをしてるわけじゃないよな。

 俺は彼女に訊いた。

「でも、奴らだけじゃないだろ? 俺たちや以前の目黒のように小さい規模でやってるハッカーもいるんじゃないのか?」

「ええ。もちろん南校の勢力が一番大きいといってもそれは割合から見ての話。私達のように少人数で活動するハッカーもたくさんいるわ。そして、その活動理由もさまざまね」

「ふーん、思ったよりたくさん居るんだな」

「そのうちそこらへんも相手にすることになるでしょうね……。まあ、とりあえず食べましょうよ」

 彼女はパックの輪ゴムをはずし、中からサンドを一切れつまみあげた。

 口へ運び、上品にその角をはむっと小さく切り取るように食べる。

 彼女と対照的に俺はサンドの半分までちぎるように食べた。

 サイダーを口へ流し込む、抜けきれていない炭酸がのどをちくちくと刺す。

 彼女も空を眺めながら、何気なくコーヒーを手に取りそれを口へ運ぶ。

「んっ」

 突如、彼女が顔を歪める。

 そして口の中のものを即座に飲み込むと、コップの中身へ視線を落とす。

「どうした?」

 彼女は苦虫を噛み潰したような顔をしながら俺の顔をにらむ。

「甘い」

「へ?」

「どうしてブラックじゃないのよ!?」

 俺に浴びせられた謂れなき非難。

「俺はアイスコーヒーとしか聞いてないぞ」

 俺の弁明に彼女はせまった。

「そのとおり。でも私、なにも砂糖やミルクを入れろなんて言ってないわよ」

「は? 普通コーヒーつったらこれだろ?」

「砂糖入りのコーヒー豆なんてどこにも売ってないわよ」

「そりゃ、売ってねえよ。でも、一般にはこれが標準だ」

 俺の反論を断ち切り彼女はこう言い放つ。

「と・に・か・く。あなたは指示と違うものを買ってきた。そして私はこれ飲めない。だからあなたが飲んで」

 彼女は俺の横へコーヒーを置くと、その代わりといわんばかりに俺のサイダーを掴んだ。

「おい、それ俺のだって」

 彼女は無視してそれを飲む。

 ごくりと彼女の小さなのど仏がなる。

「こっちの方がいくらかサッパリするわね」

 彼女はそう呟くとまたサンドを食べ始めた。

 ああ、俺のサイダー……。

 てか俺、間違ってるか? コーヒーっていったらコーヒーじゃん。ブラックはブラックコーヒーじゃん。

 納得はいかないながらも俺は彼女に折れていた。

 彼女にあてがわれたコーヒーを手に取る。

 そしてそれを口へ運んだ。

 苦味を殺すようにいれられた砂糖とミルクの味ばかりが舌の上を転がった。

 確かにそれはコーヒーというには甘すぎた。

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