Part.4 (3)
港の格納庫が並ぶ一体までやってきたが相変わらず人影は少ない。その為、俺たち四人が歩く姿は非常に不釣合いなものだろう。
「お喋りはそろそろよしなさい。さ、行くわよ」
御影はここまでの道中馬鹿話していた俺と光成をたしなめ、以前彼女と偵察しにいった際に利用したあの階段を登っていった。
その後を一瞬そのボロさに怖気づき足を止めた目黒が恐る恐るついて行った。
「いいのか?」
登っていく御影に足元に落ちた『立ち入り禁止』の看板を示しながら光成が聞く。
「私たちハッカーでしょ?」
彼女のこの一言は非合法なことをする理由として十分な説得力があった。
「まあ、な」
光成は階段を登り始めた。
御影は敵陣が見える場所へ集まらせ、装備を準備するように指示した。
俺たちはおのおのの武器や先ほど支給されたゴーグルを装備した。
一足はやく準備し終えた御影はしばらく双眼鏡で敵陣を覗き込んだあと、こちらを向き言った。
「見る限り敵はブリーフィングで説明したのと同じ配置をとっていると思われる。だから作戦に変更はないわ。いまからあそこに突入するわけだけど、無線について注意してほしいことを言っておくわ。目黒さん、説明を」
御影に促された目黒はきれぎれに説明し始めた。
「ええと、このデバイスは電源と……その通信手段を各人のディノスに依存しているから……、ディノスの状態に大きく左右され――」
目黒の要領を得ない説明に御影がフォローを入れた。
「ありがとう、もういいわ。つまり、この無線はディノスなしには成立しないものなの。だからディノスがやられてしまうとその瞬間無線も機能しなくなる。受信も送信もね」
「俺がやられてもその状況をお前たちに伝えて手助けすることはできないってことだな」光成は付け足した。
御影は黙ってうなづいた。
「……まあ、やられなければいいはなし。じゃ、荷物はここにおいて」
彼女は自らの銃へ弾を込めなおし言った。
「行きましょう」
俺たちはサーバーへと通じる二つの通路の手前に置かれたコンテナまで移動した。
手には銃を構え、移動は物陰から物陰へとすばやく。
このような姿をしている以上、敵はもちろん一般人に目撃されることも望ましいことではない。
コンテナの陰から御影が通路入り口の様子を覗き見る。
太陽はいくらか傾いているが空はまだ青い。格納庫の上で吹いていた心地よい風もここでは一つも俺のシャツを揺らしはしない。
御影がそれをやめ言う。
「光成、右の通路に入ったらすばやく奥へと進みそこに配備された敵に奇襲をかけ、攻撃を加えたらすぐに引き返して私が指示したあの場所にとどまりなさい。奇襲といっても、あの通路に入った瞬間敵は何者かが侵入したとわかり、警戒を強めるでしょうから大した損害は与えられないでしょうね。でも、敵が侵入したのがあなただけと勘違いすればそれで十分だわ。後方から訪れる応援に関しては私たちがいくらか伝えてあげられると思うわ。最後に、どんな些細なことも報告してね」
「あぁ」
光成は立ち上った。
「それじゃあ、よろしく」
御影が彼の肩に手を置く。
彼はその肩を小さく持ち上げて言う。
「まかせとけ」
何ともないような涼しい顔をしていた。
彼は行ってしまった。
覗くと、彼の後姿が通路へと消えていった。
「無線はオンにしてる?」
御影に言われ、確認した。
「大丈夫だ」
「彼から連絡がそろそろくるはず」
二、三十秒ほどしてそれは突然聞こえた。
『沙織、敵を発見した。突然の進入に驚いているようだ。俺はまだ目視されていない』
『いいわ。攻撃して』
『了解』
乾いた発砲音が小さく聞こえた。
『おし、一人やったぜ。こっちの敵は四人だ』
『すぐに引き返して』
『言われなくとも』
無線からはその声とともに彼の荒い息使いももれてきていた。
御影は残された俺と目黒に言う。
「すぐに左側の通路から敵が出てくるはず。彼らが通り過ぎたらすぐに侵入するわ。私が先頭を行く。目黒さんは後衛を。望月、あなたは私のすぐ後ろをついてきなさい」
彼女がそう言った直後、光成の声がした。
『沙織、お前の言ってた場所に陣取った。まだ敵は追いついてこない』
『弾の無駄撃ちは厳禁よ』
『わかって――くそ、もう来たか』
無線から弾がコンテナにぶつかる金属音が聞こえてくる。
御影が通路の方を確認する。
「来た」
俺も同じように覗くと、左の通路から敵が四人走ってきていた。
彼らは右の通路へと入った瞬間、御影は飛び出した。
「行くわよ」
俺は彼女について走った。
敵はもう右の通路の奥に消えてしまった。
『光成、今そっちに応援が向かったわ。数は四。後方にも注意して』
『そうか。しかし、三人相手でもしんどいぜ。ここに後ろから四人か……おっとあぶねぇ、……やれるだけやってやる』
『もしもの時は作戦を変更してあなたが脱出できるよう直接援護に向かうから』
『そうはさせてたまるか』
俺たちは通路に侵入した。
コンテナに挟まれた通路を駆け抜ける。
規則正しく並べれれたコンテナの間をいくらか進むと、今度は無造作に並べられた資材が現れる。その為、まっすぐ進むことはできず俺たちは何度も左へ右へと進路を変えなければならない。
そして、大小さまざまな資材はコンテナのように駆け抜ける俺たちの身を隠してはくれない。
「背を低くして」
先陣をきる御影が、資材の影から頭を出さないように腰を落とす。
俺もそれに習い資材を背に彼女の後を進む。
が、常時足を折るこの体勢は意外と足にくる。
目の前を行く彼女はさっさと駆けていくのに対し、俺はのろのろ地にへばりついてばかりいる。資材が置かれた一体を通り抜けるまでに彼女との距離が離れてしまう。そして、俺が追いつく頃には彼女はすでに次の通路に敵がいないかどうかを確認し終えている。
「ちょっと、しっかりしなさいよ」
「いや、お前がはやいんだよ」
「彼がどうなってもいいの? ほら、行くわよ」
彼女の合図でまた走り出す。
『沙織、応援がやってきやがった。……まだなんとか応戦できてる』
無線から聞こえる発砲音は先ほどより増し、絶え間なかった。
『がんばって』
御影は一人、念じるように小さくつぶやいた。
曲がり角で確認のために立ち止まり、御影の合図でまた走り出す。これを何度か繰り返す。
光成側の戦況が激化するにつれそのスピードも上がっていった。
そしてサーバーまでおそらくあと二つほど角を曲がれば良い二手に分かれた通路まで来た時だった。
『沙織、まだか!? もう、弾が少ない……くそっ!』
『あと、少しだから。お願い、耐えて』
光成の声が落ち着きをなくしていた。
御影が二手に分かれた通路の片方をもうほぼ形式的に確認をする。
このままでは光成が危ない。俺は彼女の答えを待たず、走り出そうとした。
「ダメだわ」
彼女が俺を制止する。
俺の眼前には広げられた彼女の手が行く手を阻む。
「なんだよ。はやくしないとアイツが」
「見て」
彼女が通路の奥を示す。
そこには一人の男が銃を手に立っていた。
彼はしきりに周囲を見渡し、時々何かをつぶやいていた。
「やはり、見張りを残していたわね」
「でも、相手は一人だ。俺たち三人でいけば勝てる」
「それはダメよ。おそらく彼は仲間と無線で連絡をとっている。彼に見つかれば今囮にひきつけられている敵に私たちの存在が知れてしまう。そうなると作戦は台無しだわ」
御影のいうとおり、彼に気づかれぬよう近づき攻撃するにはこの通路はあまりに長く、身を隠せる場所も少なかった。
しかし、俺はひらめいた。日ごろ御影にたしなめられてばかりいる俺は、ここぞとばかりに提案した。
「御影、こっちの通路もサーバーに通じているんだろ?」
俺は反対に見える通路を指差した。
「ええ、そうよ」
「なら、こっちを進めばいいだけだろ」
俺の予想も空しく、彼女はノーリアクションだった。
「目黒さん、マップを出して」
「……はい」
俺の後ろの目黒がディノスからこのサーバーのマップを表示した。
御影はそのホログラム上を指差し説明した。
「私たちがいる場所がここ。たしかにどちらの通路もまた一つに合流してサーバーへと通じている。そして、敵がいるのはここ」
地図には俺たちが先ほど覗き込んだ直線の通路と、もう一方の曲がりくねった通路が。
そして彼女の指は二つの通路の合流地点を示した。
「この直線の通路の先に彼はいる。そしてそこはもう一方の通路の出口でもあるわ。どっちを進んでもダメ。敵だって考えないわけじゃないもの」
「じゃあ、どうする。いつまでもここで身を隠してるわけにいかないだろ」
「わかってるわ。ちょっと待ちなさい」
彼女はまた通路の奥を覗いた。覗き終わると彼女は顔を歪めた。
「動きそうにないわね。……一か八か、かけてみましょう」
彼女はそう言うと銃を構えはじめた。
「おい、この距離じゃ無理だ。バレちまうぞ」
俺の忠告も聞かず彼女は銃を構え、その引き金に手をかけた。
しかし、その銃口の敵にではなくすぐ近くのコンテナに向けられた。
彼女は引き金を引いた。
二度金属音が響く。
「行くわよ」
彼女は反対の通路に向け走り出した。
俺もすぐ後を追う。
左右に折れ曲がった通路を彼女は走り抜けていく。
先ほどまでのように先を確認したりなどしない。
それにしてもなんという速さだ。全力で走っているのに、御影の背中が少しずつ離れていく。
「もっと走って」
十分走ってるよ。お前が軽快に角を曲がりすぎだ。
ある角で御影は立ち止まり、俺と目黒が追いつくのを待った。
「この先が合流地点。一、二、三で駆け抜けるわよ」
彼女は銃のグリップを握りなおす。
「一、二、三」
彼女が走り出す。先ほどまで胸元に携えていた銃を今度は前方に向かって構えながら走る。
二つの通路がつながる少し広い場所に出た。
しかし、先ほどまでいた敵の姿はなかった。
「クリア」
彼女はまた銃を胸元に携え、走る速度を上げる。
合流地点からサーバーに通じる通路へ走る。
二つほど曲がったところで一帯が急に開けた。
そしてそこにサーバーがあった。
「着いたわ。目黒さん、頼むわ」
目黒はサーバー前でしゃがみこむと忙しくディノスを操作し始めた。
『もう弾が尽きた!……後は拳銃しかねぇ。無理だ!』
光成が声を荒げる。
『いま、サーバーにウイルスを送っているわ。あと少しよ!』
「目黒、早くしてくれ!」
目黒の手先ははこれ以上ないくらい素早く動いていた。
これ以上はどうにもならない。
わかっちゃいるけど、言わずにいられない。
「望月、彼女の護衛を頼むわ」
俺は目黒の後ろに立つ。
銃を肩ほどの高さに持ち、とっさの対応ができるように備えた。
御影は反対側の壁に背をつけ、通ってきた通路を警戒する。
『敵が前進してきやがった。……くそっ!』
「目黒さん、まだなの!?」
御影の声にもいつもの平静さがなくなっていた。
「あと、これだけ……」
目黒がつぶやく。
彼女がクリックしようとしたその時だった。
「させるかぁ!」
通路から男が現れる。
俺がそれに気づき銃口を向けようとした時、敵の銃口はすでにこちらを向いていた。
「――くっ」
乾いた音が染まり始めた空に響いた。