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Hack Revolution  作者: 川瀬時彦
The third hack
12/26

Part.3 (3)

 その日、俺はどんな顔をして彼女に会えばいいのかわからなかった。

 それがどうしてかは自分でもよく説明のつかないことだった。

「あら、はやいわね?」

 彼女は首をかしげた。重力に身をゆだねた黒髪だけがそっと揺らいだ。

 俺はどうしてか恐る恐る答えた。

「……光成は後で来るってさ。掃除当番サボったツケを払わされてるよ」

「まぁ、こっちは準備がすんでないから丁度いいわ」

 彼女はそんなことをつぶやきながらまたプレゼン用のソフトをつついていた。

 俺は近くのコンクリの瓦礫に腰を下ろした。

 そして、彼女に背を向け川の流ればかり見た。

「そういえば、望月」彼女は言った。

 俺はどうしてか動揺した。その先に何が続くのか、そればかり気にした。

「あなた、ちゃんと準備はしてきたの? ブリーフィングが終わったらすぐに直行よ」

 俺は胸をなでおろしながら、彼女のほうに振り向き答えた。

「ああ、バッチリだ」

 彼女はいつもの彼女らしかった。

 俺はそのときからどんな顔をしていればいいかなんて考えずにすんだ。

 あの時感じた疎外感はなくなっていた。

 俺が鞄より銃を取り出し見せようとしたとき、彼女がふらりと現れた。

「アレはもってきたわね」

 御影はそう彼女に聴いた。

「……うん」

 彼女はこくりとうなづいた。

「アレって何だよ?」

 俺は御影に聴く。

「この前、目黒さんの力を借りるっていったでしょ。そのことよ。光成が来る前に説明すると二度手間だからもう少し待ってなさい」

 目黒は何の変哲もない通学鞄を携えている。どうやらその中に『それ』があるらしかった。

「悪い、待たせたな。はじめてくれ」

 噂をすればとでもいうのか、そこへ光成がやってきた。

 俺の横に腰を下ろした。彼の息は上がっていた。しかし、それは隣にいる俺でないとわからない程度に抑えられていた。おそらく、待たせる原因を作ったあげくに今息を整える時間さえ待たせるのは忍びないと彼は考えたのだろう。

 御影はディノスを操作した。

 すると、彼女のディノスが眩しく光った。

 そしてその光は薄暗い影の中、左右の橋脚と結合する壁に大きな一枚のスクリーンを作り出した。ディノスの拡張機能の一つであるプロジェクタ機能である。

 映し出されたのは港のサーバー付近の地図であった。

「さて、今回の作戦を説明するわ。見てもらえばわかるとおり、サーバー付近にはコンテナや資材がおいてあってとても入り組んでるわ。これはこの前も話したわね。敵の数はおそらく十前後。そして重要なのはサーバーまでの通路は二本あるということ。そして敵はこのように配備されているわ」

 彼女はディノスのパネルをクリックした。すると地図の上に敵を示すアイコンが表示された。

「二本の通路にそれぞれ半数ずつ配備されている。もし、私たちがどちらかに突っ込もうものなら、片方の通路いる敵は入り口から応援に駆けつけ、私たちは挟み撃ちにされてしまうでしょうね。だからといって、同時に両通路を攻撃するだけの戦力も私たちにはない。そこで囮を使うことにする。まず、囮が東の通路へと侵入する。すると西の通路にいた敵は挟み撃ちをするために囮の後を追うように東の通路へと向かうはず。その時、残りのメンバーは西の通路より進入する。そしてサーバーにたどり着いたらサーバーに直接、あるウイルスを送ってやる。そのウイルスは相手のディノスのメモリを食いつぶす効果があるわ。これによって相手の攻撃は弱体化する。あとはサーバー側から東の通路に侵入し、弱体化した敵を一掃するだけよ。でも、ウイルスの効力が持続するのは私たちの力ではせいぜい一分程度。この間に敵の戦力を削っておかないと雲行きは怪しくなるわ。それは覚えておいて」

 御影の説明が一通り終わると光成が言った。

「まあ、理屈はわかった。だがよぉ、はじめに飛び込んでいく囮が、本隊がサーバーにつくまで持ちこたえられるのか? そもそも人数は? 一人か? 二人か?」

「私たちはたったの四人。もちろん囮は多いほうがいい。でも本隊の人数は不測の事態に備えたり、サーバーにウイルスを送り込むまでの護衛が必要として三人はほしい。そうなると囮には一人しか回せないわ」

「十人相手に一人で持ちこたえるなんて無理なんじゃねえのか? 第一この作戦だと囮がやられると――」

 光成が語気を強め話そうとするところを、御影は言われなくともというばかりに話し出した。

「わかってるわ。この作戦の成功はこの囮の働きにかかっている。もし囮がやられてしまえば敵は本隊の進入に気づいてしまうでしょうね。そうなると袋のねずみ。全滅の恐れありね。でも、私だって初めから無謀とわかってる作戦を立てるつもりはないわ。地図の東の通路をよく見て。東の通路にはコンテナに両脇を挟まれた狭いながらも見通しの良い場所があるわ。さらにこの中央あたりには人一人が身を隠せそうな奥まった場所もある。囮はここに身を置けば左右から攻めてくる敵に対処することができるかもしれないわ。途中に障害物がないからこちらが牽制すれば敵も迂闊には近づくことができないはずよ。でも、左右どちらにも気を配っていないと隙をつかれてしまう。そして、敵が数で押してきてはあまり意味のないこと――本隊の存在が掴まれれば敵もこの作戦に気づき大きくでるでしょうね」

 彼女は包み隠さず全てを話したのだろう。この作戦の狙い、そしてその危険性。これだけ正面切って話されては光成ももうどうとは言えないようであった。

 彼女は重そうに口を開いた。

「光成。入ってもらってばかりで悪いけど、お願いがあるの」

 御影は腰掛けた光成のほうへ歩みより、真剣な目で彼に訴えた。

「なんだよ」

 口とは裏腹に光成はそれがどんなことか理解していただろう。

「あなたには囮をやってもらいたいの。この重要な役割をあなたに担ってもらいたい」

 光成はやっぱりなといわんばかりに頭を垂れ、右手で襟足の辺りを乱暴に掻きむしった。

 そしてゆっくりと顔を持ち上げると彼女を見上げ言った。

「いいぜ。やりがいがあるじゃねえか」

 そんな強がりを言った。

「ありがとう。頼んだわ」

 彼女はそう言った。決して感謝を表すジェスチャーはないし、大した抑揚もついてない、でも不思議と彼女のこの言葉は光成を納得させるだけの力があるようだった。

「目黒さん、彼に一番良い武器を」

 目黒は鞄の中から大きな銃を取り出した。

 そして御影はそれを目黒から受け取った。

 それはおそらくサブマシンガンといわれる類の銃を模したエアガンであった。

 彼女は弾が装填されていることを確認して、壁に向け引き金を引いた。

 非常に細かく断続的な発砲音と共に十数発の弾が一瞬にして壁にたたきつけられた。

 彼女はそれを確認するとグリップの側を光成に向け差し出した。

「十分とは言えないかもしれないけど、今私たちの持てる最高の武器よ。一人で弾幕を張ることも可能だわ」

 光成はそれを手にして、さまざまな方向から見て、各部のパーツなどをチェックしているようだった。

「俺も撃ってみていいか?」

「ええ、当然いいわ。ここで少しでも手になじませておきなさい」

 光成は向かいに置かれていた空き缶に狙いを定め、引き金を引いた。

 ほんの一瞬引いただけなのに、空き缶の鳴る音が三、四回連続で響いた。

 彼がそうする中、御影は今度は自分の鞄から何かを取り出していた。

「これらは、あらかじめ弾を込めたマガジンよ」

 彼女は多くのマガジンが携えられたベルトを手にしていた。

 おそらく、これを腰に巻いて使用するのだろう。

「敵の攻撃に一人で応戦する際に、いちいち弾を込めている時間なんてない。空になったマガジンはその場で捨ててちょうだい」

「つーことはこれがなくなると……」

「……そうならないよう、私たちも迅速に行動するわ。もちろんあなたも無駄な弾は撃たないようにする必要があるわ」

「わかったよ」

 俺はまだ頭の片隅に引っかかっていたことを訊いた。

「アレってのはこれのことか?」

 御影は違うわよというように口角を上げた。

「いいえ。実は今回のこの厳しい作戦を遂行するにあたってあるアイテムを調達したの」

「ブリーフィングじゃそれらしいことをいってなかったじゃないか」

「説明が煩雑になると思ったから、後で言うことにしたのよ。訊くけど望月、この作戦において本隊はサーバーにたどり着くまで、迅速にかつ敵が残した戦力がいた場合に備えて慎重に進む必要があるわ。この場合、囮と本体の連絡なしに作戦が成功すると思うかしら?」

「囮の状況によっては本隊もリスクをおかさなければならない。そう考えると、囮の状況を知っておくことは重要だ。そうだな?」

「そのとおり。かといって囮が作戦中ずっと手を耳にかざして電話してるわけにもいかない。そうなるとハンズフリーの通信手段が必要になってくるわ。目黒さん鞄を」

 彼女は目黒の鞄から取り出した。

「かけてみなさい」

 彼女が俺に手渡したのはゴーグルだった。色はついておらず、どの部分も透明だった。形状はグラスの部分は安全ゴーグルのように広く取られているが決して目と外部を遮断するようなものではなく、サングラスのように顔の表面に沿うように湾曲していた。左目の上の辺りにはいくつか小さなボタンがついている。

 俺はそれをかけた。彼女もまた鞄より取り出してかけていた。

 かといって透明な板を通しただけで目の前の光景はなにも変わることはない。面が大きくとられているので決して(俺はかけたことはないが)淵が視界に入ると思われる眼鏡のようでもない。

「何も変わらないんだが」

 俺は御影に言った。

 御影の手が俺目の前へ伸びる。

 そして俺にかけられたままのゴーグルの左上のボタンをタッチした。

 しかし、俺には何が変わったのかわからなかった。

「何ともならないぞ。壊れてるんじゃないのか?」

『そんなはずないでしょ。ほら?』

 なんと言ったらいいのだろう。それは、確かに彼女の声だった。しかし、今目の前にいる彼女から発せられたものとは思えなかった。前から後ろから右から左から上から下から、どこから聞こえているのかもわからなかった。もっと言えば俺自身が俺自身の声を聞くような、そんな感じがした。

 俺がこのことに驚く中、彼女は光成にも俺と同様のことをしていた。

『聞こえるかしら?』

 また彼女の声が俺の中から沸いて出た。

『バッチリだ。しかしこんなものにも応用されてるんだな』

『何を言ってるの。こっちが本来は先だったのよ』

 光成の声も同様に俺の横から聞こえるのではなかった。やはり御影の声と同様に聞こえた。

 光成はこのことを理解して納得しているようだった。

「おい、なんなんだよこれは?」

 この事態を俺は具体的に言葉にできないため代名詞に頼った。

『あなた、音楽を外で聴くかしら?』

 御影はそう言った。俺の質問にまったく関連性の見出せない質問で返すので何を導きだしたいのか検討がつかない。よって俺は質問に素直に答えるしかなかった。

「いや、もともとあまり聴かないし聴いても家でぐらいか」

『ということは、これが初めてでも無理もないわね』

『俺は使ったことあるからな。お前には縁がなかったのさ』

 二人が俺をのけて理解し話すことに、俺はほんの少し悔しさを感じた。

「そんなことはいいから。一体何なんだよ?」

 彼女は説明し始めた。

『これは骨伝導を利用した無線よ。人間はどんなに騒がしい場所でも自分の声はわかるもの。それは骨を通して自分の声を聞くためなの。話している自分の声と録音された自分の声が違うように聞こえるのもこの為よ。このゴーグルの柄には骨伝導スピーカーが埋め込まれていて、真ん中についているマイクで拾われた仲間の音声を骨伝導で聞くことを可能にしているの。骨伝導は一部のヘッドホンなどにも利用されていて利点として耳を塞がずに音を聞けるため、野外で外部の音を聞きながら安全に音楽を楽しむことを可能にしているわ。でも、もともとこれは軍事用に使われていたの。戦闘中に無線の音しか聞こえなかったら危険でしょ? でもこれなら外部の音を聞きながら無線の音声も安全に聞けるわ。この感覚に慣れるには少し時間がいるかもしれないわね』

 彼女のいうとおり彼女の声が聞こえながらも橋の上を通過する車の音もしっかりと聞こえていた。

「これなら戦闘中でも安全に仲間と連絡がとれるな」

『確かに、これがあることによって作戦は円滑に進みやすくなる。でもこれはあくまで補助ツールであって最後はやはり各々の動きにかかってくる。そして、近くにいる者同士は聴覚だけでなく視覚によるコミュニケーションも大事になってくるわ。そこは注意しておきなさい』

「了解だ」

 俺の応答を聞き入れると彼女はゴーグルをはずした。

「さあ、もうブリーフィングはこんなもんで十分ね。はやく、ゴーグルしまいなさい。そんなものつけて歩くつもり?」

 俺はゴーグルを鞄にしまい立ち上がった。

 下校途中の生徒が消え人通りの少なくなった土手道を俺たちは歩いた

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