悪女に仕立てられた私を信じてくれたのは幼馴染だけでした
「なんて下品な女なのかしら」
私の前に立っているのはアリーセ・クレヴァー子爵令嬢。
その瞳はウルウルと揺れていて、今にも涙が溢れそうだ。
「殿下に取り入ろうだなんて、子爵令嬢如きが」
私の口は止まらない。
次から次へと刺々しい言葉が出てくる。
泣きたいのはこちらだと思っても、私の涙腺は緩む気配すらなかった。
「身の程を弁えたらいかがかしら!?」
私の手は彼女を突き飛ばし、尻餅をついた彼女を私は見下ろしている。
早くここから立ち去りたい、手を出してしまったことを謝りたい、望むことは1つも叶わなかった。
「セレスティナ様、申し訳、ありません」
涙ながらに謝る美女に周りは私に冷たい視線を向ける。
違う、違うのだと訴えようにも私の体は動かない。
(ごめんなさい、痛かったわよね。この前も扇で叩いてしまってごめんなさい。痕になっていなくて安心したけれど……)
彼女への謝罪を心の中で唱えていると、私の婚約者がやってきた。
「何をやっているんだ、セレスティナ!!」
この国の第二王子ルーイト・ラメル殿下。
殿下は私の前にへたり込むアリーセ様に手を貸しながら、私を怒鳴りつけた。
その目は間違っても婚約者に向けるようなものではない。
「またローレンツ様よ」
「アリーセ様もお可哀想に」
そんな言葉がちらりと聞こえてきて悲しくなる。
自分がやっていることを考えたら当たり前だけれど。
「殿下に近づかないよう忠告したまでですわ」
どうしてそう言ってしまうのだろう……殿下を逆撫でするだけの言葉に言った私が呆れてしまう。
案の定、殿下はもはや激怒、では言い表せないような顔をしていらっしゃった。
「セレスティナ、君という婚約者を持った私はなんてついていないのだろうな」
「で、殿下!?」
「アリーセ、行こう」
お願いだから私から離れてくれ、そう思っていたから、殿下とアリーセ様が立ち去られるのを見てホッと安心する。
2人の姿が見えなくなると、私の体は自由になった。
手を握ったり開いたりして、ようやく自由が戻ってきたのだと喜ぶ。
「あのような卑劣な行為、公爵令嬢としてお恥ずかしくはないのかしら」
「ええ、暴力は人間としてあり得ませんわ」
周りで先ほどの騒動を見ていた人々の言葉に、私は逃げ出すようにその場を立ち去った。
◇◇◇
私の体が乗っ取られたように使えなくなってしまったのは、この学園にアリーセ・クレヴァー子爵令嬢が入学してきた頃だ。
彼女を見ると、私は体の自由を奪われて彼女に向けて暴言をはき、時には手を出す。
まさに私は最低最悪な令嬢だった。
徐々に皆の支持は公爵令嬢に虐められながらも健気に耐えるアリーセ様へ。
私は婚約者であるルーイト様始め、ほとんどの生徒を敵に回していた。
この症状について両親や友人に相談しようとしたこともあったが無理だった。
口で伝えようとしても、喉が閉まったように声が出なくなる。
紙に書いて伝えようとしても私は文字に起こすことができなかった。
そんな絶望的な時間が始まってから、私はなるべくアリーセ様を避けるようにしていたのだけれど、何故か毎日どこかで会ってしまうのだ。
その度に私は彼女を傷つけてしまうのだから罪悪感で一杯だ。
「セレスティナ!」
そんな私に学園で話しかけてくれるのは、1人しかいなかった。
「……シリル」
艶やかな黒髪にすらりとした長身、顔は殿下と2人でこの学年トップの美貌、ルーベンス公爵家の嫡男、シリル・ルーベンスだ。
彼はこの国でも珍しい魔力持ちで、30人ほどしかいないという魔術師の1人である。
そのため、つい先日まで魔術の発達した国に留学していた。
「大丈夫? セレスティナ」
彼は私の顔を覗き込む。
昔馴染みだからこその距離に私は最近戸惑うようになっていた。
あまりにも至近距離でその美貌を直視するのだ。
何も思わないわけがない。
「……大丈夫」
私とシリルは公爵家に生まれたもの同士、幼い頃から仲が良かった。
小さい頃はよくお互いの屋敷に行って遊んでいたし、婚約の話も出ていたらしい。
しかし、私が第二王子殿下の婚約者になってから私たちは少し距離を置くようになったのだ。
前のように2人で遊ぶことも、手を繋いで歩くこともしなくなった。
「全然大丈夫じゃなさそうだよ」
「大丈夫、だから」
心配げなシリルの声に泣いてしまいそうになる。
けれど、学園内で泣くなんて出来るわけがなかった。
周りの目があるし、公爵令嬢としてのプライドが許さない。
唇を噛んで耐えてる私に気がついたシリルは私の手を引いて廊下を進む。
「ちょ、ちょっと……」
「いいからついてきて」
人目のないところで2人なんて殿下の婚約者としてやってはいけないことなのに、シリルは手を離してくれない。
「……そんなに殿下が好き?」
「え?」
私にそう尋ねてきたシリルはどこか悲しそうな目をしていた。
昔は同じくらいだった背もいつの間にか見上げないといけなくなって、今では腕相撲も鬼ごっこも勝てる気がしない。
美青年に成長した彼に幼馴染とは言えど、じっと見つめられると緊張するのだ。
「……殿下は婚約者だもの」
「それ、答えじゃない」
どう答えたら良いのか分からない。
もう殿下を好きか嫌いかという問題ではなくて、殿下には確実に嫌われている。
別に殿下に恋しているわけではない。
それでも……政略結婚だとしても「殿下のことは別に」なんて言えるわけがなかった。
「殿下は私の婚約者だもの、好きよ」
私がはっきり言うとシリルは腕を組んで廊下の壁に寄りかかった。
様になるその絵に、あの天使がこんな風になるのね、と感慨深くなる。
「アリーセ・クレヴァーにあんなこと言うほど……?」
真っ直ぐな瞳で見据えられて、私の心臓はドキン、と跳ねた。
「そこまでじゃ、ないけど……」
シリルはよくあの場面を見て、私に話しかけようとしたものだ。
どことなく諦めはついているものの、最後の味方であるシリルに見限られたらどうしよう、という恐怖や不安があった。
「……セレスティナ、何か隠してるよね」
問いかけ、というよりは確信を持った言い方にハッと顔を上げた。
その瞳は私の考えていることも陥っている状況も全て吸い取ってくれるのではないか、と思うほど澄んだものだった。
ここで本当のことを言えたらどれだけ良かったか。
事情を話そうとすれば毎度の如く私は声が発せなくなった。
誰かに相談できないのがこんなに孤独で苦しいことだなんて知らなかった。
周りに彼以外いない安心感からか、私の頬を大粒の涙が流れる。
手の甲で雑に拭うと彼に手を掴まれた。
顎に手をかけられて無理矢理顔を上げさせられる。
彼はハンカチでそっとわたしの涙を拭ってくれた。
それがまた嬉しくて子供のように泣きじゃくる。
「俺はセレスティナを信じてるから」
そっと背中をさすってくれるシリルに、ダメだと知りながら抱きついた。
今まで一人で抱え込んできた分の反動か、涙が止まらない。
彼の温かい体温に安心して、私は泣いた。
平気だと思い込んでいても、やはり友人が自分から離れていくのも、学園で孤立するのも辛かったらしい。
皆は私が変わってしまったと考えた。
1人も何かあるのだと気がついてくれた人はいなかった。
シリルだけが、私を信じてくれた。
だから私はまだ大丈夫だと、そう思えた。
◇◇◇
その日は階段の踊り場で私はアリーセ様に会った。
周りに人がいなかったために冷たい視線に晒されることはなかったけれど、それでも何の罪もない彼女に暴言を浴びせるのは耐え難いものだった。
「何度申し上げたら分かってくださるのかしら!? 田舎者はしゃしゃり出ないでちょうだい!」
「殿下の心を弄ぶなんて、大罪ですわ!」
「早く消えてくださらないかしら、目障りなのよ」
止めようにも止まらない言葉の数々。
アリーセ様はほとんど泣いていらっしゃるし、たとえ私の本意ではないとしても罪悪感がとてつもない。
私の言葉なんかに耳を傾けず、走って逃げてください、とお願いしても私が公爵令嬢だからかアリーセ様が立ち去る気配はない。
どうしたものか、と困っていると、私はとんでもない行動に出た。
自分のやろうとしていることが分かってしまって、慌てて手を引っ込めようとしても止まらない。
言うことを聞かない体に絶望したその時だった。
「…………え」
彼女を階段へ突き飛ばそうとしていた私の手が止まったのだ。
背中には温かな温もり、私の手は私より大きい手のひらに包まれていた。
「……間に合った」
背後から聞こえてきた聞き覚えのある声に、安心感のあまり泣いてしまいそうになる。
「シリル様!?」
目の前の彼女も思わぬ人にその大きな瞳を更に開いている。
「……はな、して」
彼に後ろから抱きしめられるように抑えられていてもなお、私の手は彼女を突き飛ばそうと力を入れて彼の手を振り解こうとする。
離して欲しいはずないのに、口からは目的を実行するためだからと、反対の言葉が出てくる。
「……シリル、はなし、て」
「嫌だ、離さない」
そう言ってくれてどれだけ心強かったか。
もうここで苦しまなくて良いんだ、自分のすることに怖がらなくて良いんだ、そう思うだけで心が軽くなった。
「シ、シリル様、セレスティナ様を離して差し上げてください!!」
離したら傷つくのは彼女の方なのに、そう目を潤ませる彼女に言葉が出なかった。
普通、自分を害そうとしている人が抑えられていたらそのままでいてくれ、と思うだろう。
それなのに、その人にまで情けをかけるとは、これが学園で天使、だとか聖女、などと呼ばれる所以なのかもしれない。
彼女のご厚意は素晴らしいが、私は大反対だ。
「セレスティナ、行くよ」
「……嫌よ」
「セレスティナ様だって嫌がっていらっしゃるじゃありませんか!?」
「クレヴァー子爵令嬢、俺は今セレスティナと話しているんだ。口を挟まないでくれ」
いつも優しい彼には珍しく、少し苛立った様子だった。
その彼の言葉にアリーセ様は口を噤むほかない。
(あなたには色々と迷惑ばかりかけてごめんなさい)
私は彼女に向かおうとする体を彼によって強制連行された。
しばらく歩いてアリーセ様から遠ざかると、私の体は元に戻った。
彼も私の反抗する意思がなくなったことに気がついたのだろう、握っていた手首を離した。
「ごめん、強く掴みすぎた」
「いいえ、ありがとう。助かった」
彼がいなければ私は彼女を突き落としていただろう。
あの高さから落ちれば怪我は避けられないだろうし、打ちどころが悪ければ亡くなることも考えられる。
その場面からなんとか脱することができて、私は安堵のあまりしゃがみ込んでしまった。
彼はそんな私の頭をそっと撫でてくれる。
それがどうにも心地良くて、私には婚約者がいるのだからと諌めることは出来なかった。
「……もう大丈夫だよ」
「え…………?」
「セレスティナのことは絶対守るから」
そんな台詞にときめいてしまったのは不可抗力だ。
◇◇◇
卒業生である私たちの晴れ舞台の卒業パーティーで、私は会場の中心で1人膝をついていた。
エスコートをしてくれていた殿下に突き飛ばされたのだ。
幸い足首は捻っていないようだったが、突然の出来事に頭がついていかない。
「セレスティナ・ローレンツ、お前との婚約を破棄する!」
私の前に仁王立ちする殿下の隣には美女、アリーセ様。
へたり込む私に声をかけるものはおらず、皆冷たい視線を私に向けるだけ。
その視線はまるで針のようで、私の体に突き刺さる。
会場に味方がいない、その事実がこれだけ怖いことだとは思っていなかった。
「父上からも許可を得ている。貴様の学園での態度には失望したそうだ」
いつまでも膝をついていてはいけないと身体を起こすも、手足が震えてままならない。
(……シリル……)
心の中で助けを求めても、彼はやってこなかった。
今日のパーティーでは見ていないから、まだ来ていないのだろう。
「その女が殿下を誑し込んだのがいけないのですわ!!」
強ばる表情筋は1人でに笑みを浮かべて、震える声は張り上げられた。
誰かに体を支配されているような感触がとても気持ち悪かった。
ボロボロと泣いていてもおかしくないのに、私は正反対の嫌な笑みを浮かべる。
「醜い嫉妬はいい加減やめろ!! ……俺はアリーセを婚約者とする!!」
「殿下……」
殿下に寄り添うアリーセ様は幸せそうで、美しい2人が並ぶとまるで一枚の絵画のようだった。
もうなんでも良いから屋敷に帰りたい、そう思うのに足は動かない。
今すぐに消えてしまいたかった、早く安心できる場所で眠りにつきたかった。
「後で言い逃れができないよう、今この場で婚約破棄の用紙にサインをしてもらう!! ここにいる皆が証人だ!!」
殿下の側近が用紙とペンを私の前に設置した。
そこには殿下のサインがすでにあって、私のサインを待っているようだった。
今の私はサインをするのに反対するのかと思いきや、素直にペンを持ち、サラサラと名前を書き始める。
これで婚約が破棄されてしまうのだ、なんてぼんやりと考えながら殿下の手元に渡る用紙を見届けた。
あまりにも実感がなさすぎるのだ。
もう婚約して何年にもなるけれど、結局殿下は私のこの異変について気がついてくださることはなかった。
セレスティナはそういう人ではない、と信じてくれたのはシリルだけだった。
積み上げてきた殿下の私への信頼は所詮そんなものだったのだ。
「今ここにセレスティナ・ローレンツとの婚約が破棄された!! 代わって、アリーセ・クレヴァー子爵令嬢との婚約を発表する!!」
殿下の宣言に会場中から拍手が巻き起こった。
私は怖くて周りを見ることができなかった。
こんなにも人が恐ろしく感じたことはなかった。
生まれたばかりの小鹿のように手足が震えて、立ち上がることができない。
一刻も早くこの場から立ち去りたいのに、制御されているからではなく、本当に体が言うことを聞かなかった。
「当然の報いだわ」
そんな誰かの声と共にパシャッと水をかぶった。
嘲笑うような笑い声に、床に滴り落ちる水滴。
どうしてこんな目に遭っているのだろう、とスカートの裾を握りしめたその時、人々の笑い声が小さくなった。
それとコツコツと駆け寄ってくる靴の音。
人々は動きを止め、話し声も小さくなっていった。
その人は……私の隣で立ち止まった。
「…………セレスティナ」
とても聞き覚えのある声だった。
顔を見なくても誰だか分かってしまう。
優しくて、穏やかな素敵な声。
(……シリル)
そっと顔を上げるとそこには見慣れた幼馴染の美しい顔。
今一番会いたかった人だった。
「ごめん、遅くなった」
シリルは私の頭をそっと撫でてくれる。
どちらかと言うと兄と妹の関係に近かった昔を思い出す。
気がつくと私の髪もドレスも乾いていて、私は震える体をシリルに支えられていた。
魔術というものは珍しくて見たことがなかったのだけれど、おそらく魔術で乾かしてくれたのだろう。
「ルーベンス!! その女は罪人だ。情けはかけなくて良い!!」
殿下が壇上からそう言うと、シリルは冷笑を浮かべた。
「セレスティナを助けるか否かは個人の自由です」
私はシリルの手を借りて立ち上がる。
いつの間にか身体の震えは止まっていて、シリルの冷たい手が妙に心地良かった。
自分の体が戻ってきているように感じていたのだけれど、シリルが取り出したものに私の体は拒絶反応を起こした。
「セレスティナ、これ飲んで」
シリルが取り出したのは光を浴びて輝くガラス瓶。
それを見た途端、私の体は反抗し始めた。
シリルにいつの間にか掴まれていた手首を必死に振り解こうとする。
「離しなさい!!」
「離さないよ」
シリルに私が力で敵うはずもなく、反抗は無駄に終わる。
それでも私はよほどあれを飲みたくないのか、今度はシリルの持つガラス瓶に手を伸ばし始めた。
それも私よりもずっと背の高いシリルにかかれば、その攻撃をかわすのは楽だった。
きっとそれを飲めば今の状況を解決できるのだろう。
でも、私の体を操っている何かがそれを拒絶しているのだ。
希望が見えたのに、また膠着した状況だ。
どうすれば良いのだろう、と途方に暮れていると、私の取るに足らない攻撃を交わしていたシリルは「……仕方ないか」と小さく呟いた。
何が仕方ないのだ、とシリルを見るとシリルは小瓶の中身を口に入れた。
それをシリルが飲んでしまっては意味がないのでは、と絶望した直後、私はシリルに抱き寄せられる。
驚く声をあげる間もないまま、唇を塞がれた。
周りからは令嬢の悲鳴が上がる。
突然のことに驚いて何もできない私の口の中にひんやりと冷たい水が流れ込んできた。
それがそのまま喉を流れると、全身の力がフッと抜けた。
そんな私をシリルが支える。
「……い、いきなり、何するの!!」
自分でも頬が熱いのを感じていた。
抗議してやろうと顔を上げると、嬉しそうに微笑むシリル。
「いつものセレスティナだ」
そこで私は自分の身体が自由になっていることに気がついた。
手を握ったり開いたり、足を少しだけ上げて見たり……言うことを聞くようになったという事実を自覚した時、私は歓喜のあまりシリルに抱きついた。
「シリルッ…………!!」
大粒の涙が私の頬をつたう。
「ありがと……本当にありがとう」
「うん」
シリルは私を優しく抱きしめてくれて、もっと涙が溢れた。
「お、おい、何が起こっているんだ、ルーベンス」
涙を流して喜ぶ私に殿下は困惑した声を上げた。
しかしシリルはその殿下の問いかけに答える素振りはなかった。
代わりに聞こえてきたのは大勢の足音。
「シリル、いくらなんでも飛ばしすぎだ」
入り口に現れたのは黒いローブを纏った集団。
その先頭に立つ銀髪の男は呆れたように言った。
「こうでもしないと間に合わないと思ったので……」
「転移が得意なお前とは違って、こっちは死にそうだ」
「魔術師団が何の用だ!! ここはパーティー会場だぞ!!」
シリルに無視された挙句、パーティー会場に許可もなく現れたフル装備の魔術師団に殿下は怒り心頭のようだった。
しかし自由人が多いと有名な魔術師団の皆さんは怯むことがない。
「すみません、殿下。罪人がいるのでそちらを拘束したらすぐに立ち去ります……」
「……そうか、セレスティナだな! 未来の王妃を蔑ろにした罪か……」
「いえ、違いますね。セレスティナ嬢は被害者です」
「は?」
目を見開いて動かない殿下と対照的に、魔術師団の方々の行動は早かった。
「捕縛しろ」
「「はーい!!」」
元気なお返事と共に一瞬にして団員たちは動いた。
「な、何をなさるの!?」
「おい! アリーセを離せ!!」
団員に押さえつけられたアリーセ様は抵抗するも虚しく手錠をかけられた。
「……どういうこと……」
「アリーセ・クレヴァー子爵令嬢は暗黒魔法の一部である精神干渉魔法でセレスティナを操っていたんだ。国境沿いにある廃村を拠点としていた違法魔術グループと契約をしてた。意図的にセレスティナに厳しい言葉を言うように仕向け、被害者のふりをしたんだ。セレスティナには制約魔法も一緒にかかってたから、誰かに言うことができなかったんだ」
シリルの説明に周りはざわめき出す。
「セレスティナに何かの魔法がかかってるのは分かってたんだけど、対処法を間違えると命に関わる問題だったから、そのグループの拠点を抑えて何の魔法がかかってるのか調べるまで動けなくて、ごめん」
「……ううん、ありがとう」
ふと、ずっと抱きついていたことに気がついて、私はサッと離れた。
そんな私を見てシリルは笑う。
「では、殿下、失礼します!!」
「「失礼します!!」」
淑女らしからぬ声で叫ぶアリーセ様を引っ張りながら、魔術師団の方々は退場した。
「……とても愉快な方々ね」
「とっても面白い人たちだよ」
唖然とする殿下を見て、私はふと思い出す。
(……さっき、婚約を宣言していなかったかしら)
婚約を宣言した直後に相手が逮捕とは冗談にもならない。
少し殿下が不憫に思えて声をかけようとすると、シリルに制された。
「それでは殿下、私たちは先に帰らせて頂きます」
ショックで立ちすくむ殿下にシリルの声は聞こえていないようだった。
私はそのままシリルにエスコートされて会場を後にする。
「どうして私に魔術がかけられてるって分かったの?」
帰りの馬車の中、私たちは向かい合って座っていた。
私はずっと不思議に思っていたことを聞いた。
シリルは優しく笑う。
「分かるに決まってる。昔から虫も殺せないような優しいセレスティナが人のことをあんなに言ったり叩いたりするわけがない」
「そう……」
あたかも当然だとばかりに言うシリルの言葉に私は素直に喜んでいた。
ちゃんと自分のことを見ていてくれていたことがとても嬉しかったのだ。
「私、さっきのファーストキスだったんだけど……、責任とってくれる?」
「勿論」
シリルが笑うので、私もそれに釣られて笑った。
お読みくださり、ありがとうございました!!