ネト家の父達 番外編その1 ウヨエと息子 ナカタチ家、夏休み最後の夜
夏休み最後の晩、アベノ総理支持者のウヨエが息子ナカトに宿題をやったかと問うとトンデモナイコトに…
「あ、あれがない、どうしよう、8日のためにせっかく買ったのにい」
ナカタチ(旧姓ネト)・ウヨエは焦っていた。敬愛するアベノ総理が出席する会議ニホン主催のパーティのために用意したバッグとワンピースが見当たらないのである。
「ど、どうしよう、アベノ総理様ご推薦のブランド品を注文したのにい。ああ、しょうがないわ。もう一度、会議ニホンのサイトで注文しなおそうかしら。でも、パパに怒られちゃう」
時刻はすでに午後六時を回っていた。帰ってくる夫と娘、それから夏休みで、ずっと家にいる息子のために食事を作らなければならない。
「あー、もうナカコが塾なんて行くから、”オレと似て頭いいから”ってパパはもう。女の子は可愛いければいいのよ」
ウヨエがブツブツ言いながら、ソファから立とうとすると
「ママ、ご飯は」
息子のナカトがリビングにはいってきた。
「今つくるからね。そうだ、ナカト、夏休みの宿題はやったの?明日から新学期でしょう」
夏休み前、夫は計画をきちんとたてろ、と口を酸っぱくして言っていたが、ナカトは聞き流していた。姉のナカコがとっとと宿題を済ませ、友達と旅行に行ったりするのとは対照的にナカトは家で一人自室に篭りきり。ゲーム漬けなのはわかっていたが、もう夏休み最終日、さすがに少しは宿題をやっているだろう、と思ったのだが。
「…あのね、ママ」
「やってないのね」
ウヨエはため息をついた。また夫と娘に嫌味を言われる。
「あの、先生には出せるんだけど…」
「ちゃんとやっているならいいのよ」
優しい声でいうウヨエに、なぜかナカトはモジモジしだした。
「えっと、そのう、」
「どうしたの、まだ終わってないの?」
「…あのね、メルケチっていうのあるでしょう?」
「通販サイトだったかしら」
「そこでさ、宿題とか課題売りますって言うのがあって」
まさか
「僕、そこで観察日記とか工作のやつ買っちゃったの」
ガビーン ウヨエは思わずのけぞった。
「なんで、そんなことをしたの、宿題は自分でやらなきゃダメでしょ!」
ナカトは悪びれもせず、
「えー、だってママのソンケーするアベノ総理もお乳母さんにやってもらったんでしょう?」
「うっ」
ウヨエは言葉に詰まった。
「ど、どこでそれを」
「ママがくれた本。”パパみたいなうだつのあがらない生態研究所所員じゃなくて、アベノ総理みたいな人になりなさい”って」
ナカトが差し出した本の表紙には”サイレント オブ ペルソナ アベノ・ビンゾウの真実”と書かれていた。
「こ、これ読んだの」
実はウヨエは読んでいない。アベノ総理の名前がついた本を片っ端から購入しただけなのだ。読書が苦手なウヨエは本を買うだけだが、息子には読むよう薦めた。娘のナカコにも渡したのだが、パラパラめくっただけで突っ返された。
「えーっとそんなこと書いてあったかしら」
息子に読んでいないのがバレないよう誤魔化しながらページをめくると
”ビンゾウちゃんは気丈な子でねえ、夏休みの宿題をやっていないって、先生に叱られても平気な顔で。私や奥様が仕方がないのでやって差し上げたんですのよ、ホホホ。乳母グボ・ウメ談”
そ、そうなのか。宿題をやってないで平気とは確かに凄い神経だ、単なる無恥バカともいうが。
「そ、そうねえ、でもアベノ総理はお金持ちでお乳母さんがいたから」
「えー、お乳母さんがいないとダメなのお、じゃ、ママやってくれればよかったのに、そしたら僕、買わなくて済んだのにさ」
「えっと、その」
(”生物観察日記”とか”仕掛け貯金箱作り”とか私にできるわけないじゃない、もう、いつものようにパパかお姉ちゃんがやってくれればよかったのに)。
毎年、ナカトは宿題をギリギリまでやらず、夫やナカコに泣きついていたが、流石に今年は絶対に手伝わないと二人とも宣言していた。
ウヨエのほうは手伝ってもよかったのだが、なにしろ朝顔は枯らし、カブトムシを飢え死にさせ、市販の工作キットすら作れないウヨエである。ここは見守るしかなかったのだ。
「仕方がないわね。それでどうしたの、宿題は買って、ちゃんとあるんでしょ」
ナカトはうつむいて答えない。
そういえば、だいたい代金はどうしたのだろう?それに宿題を買ったことを疚しいと思ってないなら、なぜあんなにモジモジしていたのか。
「お金はどうしたの?注文した宿題が届かなかったとか?」
ようやくナカトは口を開いた。
「あのね、お金ないからどうすればいいの、ってメールしたの。そうしたら”お金になりそうなものと交換でいいよ”って、だから」
ウヨエは震えだした。な、何と交換したんだ、この子は。夫の大事にしていたルリボシカミキリの標本だろうか、それとも娘が獲った世界子供数学賞のトロフィーか、あれは小さいが確か銀製だ。まさか私の…
「ママが新しく買ったバッグとワンピを送っちゃったの、ゴメンナサイ」
ガッキーン、ウヨエは思わず息子を叱りつけた。
「なんてことしてくれたの!あれは高いのよ、しかも会議ニホンの特注で!」
「えーん、だってパパのヒョーホンとかお姉ちゃんのトロフィーなんかカチがないってママが言うから。バッグとワンピは”これはアベノ総理オススメのとてもいいものなのよ”ってママが言ってたし」
「し、仕方がないわ。ナ、ナカトの宿題のためですもんね。ホ、オホホホ」
「それがね、ママ、メールがきたの。”あれは全部偽ブランドだ、金返せ、この野郎!”って出品者の人がすごい怒ってて」
そんなバカな!会議ニホンが売っている数十万のブランド品が偽物のはずはない。だいたい小学生の宿題ごときに、そんな高い代金がつくはずは
「ナ、ナカト。その買った宿題ってどういうのなの」
「えっとね、”温暖化による生物変化の観察”とお、”AI搭載電子金庫”だよ。観察ってあったし、金庫って貯金箱とおんなじだよね」
子供の宿題ではない、おそらく研究論文とかレポートと、商品化できるような製品だ。
「なんで、そんなの買っちゃたのお」
ウヨエはパニックになった。つられてナカトも泣き出す。
「ゴメンナサーイ、ママ」
ガッチャーン、
窓を割って何かが飛びこんできた、リビングの床が燃え始める。
「か、火炎瓶?」
割れた窓から二本目、三本目の火炎瓶が飛び込んでくる。
「な、どういうこと」
「わーん、ほんとに投げ込まれたあ」
「ナカト、どういうことなの」
「ママの大事なもの偽物だっていわれたから、”そっちこそ偽物だろ!こんなもの買わせて、このハンニチ、パヨパヨ、悔しかったら仕返ししてみな”ってメール返したんだ。そしたら”なんだと、30日までに返品か、金の振込みだ、返事がないなら火炎瓶を投げ込んでやるからな”って」
「な、なんで、そんなメール返したのよ!」
「だってえ、アベノ総理のブランドバッグを偽物って言ったんだよ、アベノ総理をウソつきとか、ギョーセキを捏造だの、公文書を偽造しただのいうやつは、みんなパヨパヨのハンニチ!成敗してやる!ってママいつも言ってるじゃないか!」
親子が言い争っている間にも、火はリビングに燃え広がる。ウウー、ウウー。誰かが119番に通報したらしい、消防車が駆けつける音がした。
「わー、な、なんで家が燃えてるんだ、おい、みんな無事か!」
「きゃー、火事、ママ、ナカトー!」
夫と娘が帰ってきたようだ。ウヨエとナカトも急いで外にでる。
「私は被害者よー」
「うえーん、宿題がアア」
こうしてナカタチ家の夏休み最後の夜は賑やかに、いやトンデモナク過ぎていった。
夏休みの宿題は自分でやりましょう。課題に疑問があればきちんと先生やら教育委員会に問い合わせたほうがよろしいかと思います。面倒だからと買ったり、他人にやってもらうと、まわりまわってトンデモナイコトになるかもしれません。