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白銀色の聖女

 モーリィが目を覚ますと自室のベッドの上だった。


 悪い夢を見ていたらしい、そう本当に悪い夢。


 人の気配を感じた。見下ろされる……椅子に腰かけ心配そうに見ていたのは砦にはいないはずのターニャ。


「起きた? 大丈夫かいモーリィ?」

「あ、あれ、何でターニャさんがここに?」

「モーリィ。あんた何があったのか、覚えているかい?」

「…………あっ!?」


 ターニャの質問にモーリィは急に体を起こした。途端に目眩を覚えてベッドから転げ落ちそうになる。ターニャが慌てて後ろから腕を回し支えてくれた。


 その際、モーリィは自分の胸についている肉の塊(・・・)を、彼女の手で掴まれるような感触を覚えた。ターニャがそのまま慎重にベッドに誘導して寝かせてくれる。そしてモーリィの目蓋を手の平で撫でるように覆った。


「……ターニャさん?」

「モーリィ、まだ体が追いついてないみたいだから、もう少し休みなさい。話はまた起きてからしてあげるから、ね?」

「…………はい」


 目蓋に乗せられた、ひんやりとした手の平があまりにも気持ちよくて、ターニャの言葉に従いモーリィは再び眠りについた。自分の身に起きた肝心な出来事も忘れて。



 騎士団長の執務室。


 砦の行政施設の建屋の一室にあり、砦街の司令塔ともいえる重要な部屋。

 モーリィとしては出来ることならば来たくない場所。理由は言わずとも知れているが、少なくとも一人で来るほど命知らずで無ければ後ろの貞操観念も低くはない。


「つまりモーリィ、それが君のクラスという事だよ」


 騎士団長のよく通るはずのバリトンの声は耳に入ってこなかった。


 モーリィが倒れてから目を覚ましたのは三日後。

 そして再び眠りにつき次に目を覚ましたのが一日後だった。ベッドから起き上がれるようになるまで更に三日もかかり、倒れてから今日で八日目という計算だった。


 モーリィの対面にはソファーに座る騎士団長。


 見た目三十前後ほどの金色の髪に青い瞳のがっちりとした筋肉をもつ大男。しかし、その巨漢に反して非常に整った容姿を持つ美丈夫。貴族としては非常に珍しいタイプで宮廷の貴婦人方にも人気が高いらしい。


 人として様々な欠点を持つがそれ以上の長所を持つ男、それが砦の騎士達(脳筋)の彼に対しての評価。


 つまりこの男も基本的には脳筋(ばか)である。


 とはいえ国の重要拠点の一つである砦街の全責任をこの若さで受け持つのだ、有能であることは組織構造に疎いモーリィにでも十分理解できた。上司として騎士団長として疑いのない確かな実力を持ち尊敬に値する人物。


 ただ男色家の疑いがあり、それにモーリィが関わっていなければの話だ。

 

「モーリィ? 聞いているか?」

「あ、は、はいっ!」


 騎士団長の呼び掛けに考え事をしていたモーリィは我に返って返答した。

 そして思わず眉を顰めてしまう、本人の予想以上に高い声が出たからだ。

 人の声というものは自身が思っているより高い声質であることが多いが、先程出た声は明らかにそのようなモノではなかった。


 単純明快に言うと……。


「ははっ、モーリィ、随分と愛らしい声になったではないか?」

「………………」


 それは紛れもなく、うら若きは乙女の声。


「そして愛らしさの中に、濃艶であり清楚さをも同時に感じさせる。その可憐な姿と相まって最高だぞモーリィ。実に素晴らしい完璧だ。スパスィーバ」


 そう言ってこの男はもったいぶった拍手。


 何ほざいてるんだこの騎士団長(ばかだいひょう)は、部屋にいた団長以外の全員がそう思い、頭が非常に愉快な人を見るような冷めた目を向けた。


「まさに『聖女』として相応しい。そう思わないかお前達も?」


 動じもしない騎士団長は場に居た全員をゆっくりと見回した。彼の発した言葉で部屋が一瞬で沈黙に包まれる。


 モーリィの今まで不明だったクラスが発現した。

 そう、条件を満たし発現してしまったのだ。


 それが『聖女』


 付き添いで来た三人、ルドルフとトーマスとターニャは体を震わせ俯く聖女に心配そうな視線。


「モーリィ。残酷なようだが君には聖女として、いや、これからは女として様々な事を学んでいってもらわなければならない」

「………………」

「まだ混乱しているだろうが、現状を受け入れられるように努力して欲しい」

「…………はい」


 モーリィは湧き上がる色々な思いを飲み込み何とか短く答えた。

 隣に座っていたターニャが気遣うように手を握ってくれる。ほんの少しだけ心が楽になった。


 こうしてモーリィの生活は激変したのである。


 取り敢えずは本人の今までの役割も考慮して、砦預りのままとなったことにモーリィは安堵した。砦街は二年も居る場所である、第二の故郷と言える程度には愛着が湧いていたのだ。次に宿舎の移動を行うこととなった。


 男所帯(ぶたのむれ)の中に聖女を住まわせておくことは、危険すぎて出来ないからだ。


 そう、今のモーリィは女なのだ。


 女性的な容姿に相応しくなかった男という性から、その容姿に見合った女という性に変化してしまった。聖女というクラスであることは魔導具を使い確認済みである。


 男から女への性別変換についてだが、これはクラスを得ることによって引き起こった肉体変化ではないかという説が今のところは有力である。砦勤めの騎士達の頭のおかしい頑丈さもそれであるが、実際のところは騎士のクラスを得ている者は数人しかいないので、連中は素で頑丈なだけかもしれない。


 だが女騎士達のクラスは全員が女騎士(ごりら)だ。


 性別が変化するほどの肉体変化を起こしたのは流石に珍しく、近々、王宮魔導師が聖女の能力を含めた検査を兼ねて砦城まで訪問してくれるらしい。


 引っ越し先は同じ砦内で、女騎士達のいる特別宿舎に決まった。

 この建物は本来は要人宿泊用の施設で、やんごとなき王族のお姫様などの高貴な方が、砦の訪問をされる際などに使って頂くものなのだが。


『わたくし前線の兵士達の生活にも理解がありますので贅沢は申しませんわよ?』


 などと素晴らしく慈悲深いが無慈悲な事を仰り、折角準備していた街の高級宿を蹴って、砦に宿泊しようとしたためにわざわざ用意したものである。


 砦の宿舎に普通に泊めたのでは、騎士(さる)達が無礼を働く危険性があるのだ。


 実はこのようなことを思いつきで仰る高貴な方々は多い、本当に御迷惑だから余計な事は考えないで、身のほどをよく理解して発言していただきたい。

 実働部隊ではない女騎士達が砦にいるのも、別に猿の調教をするためではなく、そのような高貴な方々が来た際の護衛役だからだ。


 どんなに頑張っても騎士達(さるのむれ)では女騎士(ごりら)達には勝てない。


 ルドルフの家にターニャが面倒を見る形で宿泊する案もあったのだが、そうすると夜間の緊急時に治療術を持つ者が砦から居なくなるので却下された。


 モーリィは女騎士達の部屋に囲まれる配置の個室を貰った。


 元の宿舎の二倍以上の広さの部屋を見て変な笑いが出たが、特別宿舎の中では狭い方である。最初は聖女と言う希少クラスの力と、これから先の貢献などを考慮して、やんごとなきお方が泊まる部屋の一つを解放する手筈だった。しかしあまりにも広すぎてモーリィが断ったのだ。


 手洗いのような水場だけでも元の部屋と同じ大きさというのは、一般庶民の出であるモーリィには恐怖しか感じなかった。


 ターニャがしばらく一緒に生活し助けてくれたのは、女の体に不慣れなモーリィとしてはありがたかった。ルドルフが心配し騎士団長に直訴して頼んでくれたのだ。もちろん団長としてもお願いしたいところだったので喜んで許可をくれた。


 ただモーリィが最初に困ったのは、着替えなどでターニャが普通に肌を見せることだ。


 緩やかな美しく長い黒髪に、張りのある艶やかな褐色の肌……豊かな胸と腰回りは妙齢の女性の完成された美しさがあり、まだ少年の心を残し、女として慣れないモーリィが見惚れて情欲を抱くには十分すぎるものであった。


 その事に対しターニャ本人とその夫であるルドルフに、どうしようもない後ろめたさを感じてしまう。だが二人ともモーリィに関しては、少し年の離れた弟として見ていた節があり、それが妹に変わったと考えれば罪悪感も少しずつ薄れ慣れていった。


 それにターニャもモーリィに女としての自覚を持ってもらうために、わざと自分の裸を見せていたのだ。そのことにモーリィが気づいたのはしばらく経ってのことだが、彼女には感謝の気持ちしかなかった。


 ターニャは女としての初心者のモーリィに様々なことを教えてくれた。


 男と女の生活習慣の違いから、男には聞かせられない類の話。彼女には今のところ来てはいないが月のものの処置の仕方なども。


 女騎士達は女性らしい方面ではあまり役に立たなかった。砦の(おとこ)より(おんな)らしいと噂され、街の若い娘たちの熱い視線を集める女騎士(イケメン)達は流石に違う。


 女性が持つべき男性に対しての最低限の警戒心や、勘違いされないための心得だが、モーリィはこれが普通にできていた、できていてしまった。


 幼い頃より女と勘違いされ誤解されることの多かった人生が、ここにきて役に立ったのだ。男に対しての警戒心は下手な田舎娘よりも高く、少なくとも幼女といい勝負の女騎士達よりは遥かに上であった。


 女性的な立ち回りや言葉使いに関して、いくつかの指摘はされたがそれほど矯正されることはなかった。ターニャがモーリィの気持ちを考えて無理に押し付けないほうがいいと判断したのと、元から攻撃的ではない落ち着いた物腰や女性的な柔らかい喋り方や敬語が多かったので、それほど変える必要もなかったのだ。


 騎士団長からはいずれ公式の場に出ることを考え、一人称を私にするようには言われたが、その程度のことならモーリィとしても問題はなかった。


 聖女に、女になったことに対してモーリィにも思い悩むことは多々あった。


 しかし、モーリィが不安な気持ちを抱えて砦街に来た時と違い支えてくれる人が多くいる。ターニャやルドルフやトーマス、そして女騎士といった周りの者達の好意と恩に応えるため、前向きに生きていけるようモーリィは努力していったのだ。



 だが、しかし、治癒士として聖女として、モーリィは油断をしていた。


 仕事復帰の一日目は治療部屋で大勢の騎士達の相手をする羽目になる。


 筋力全振りでいくら知力の低い砦の騎士達とはいえ、元男に対して好意を抱くような行動を取る者は、そうは多くないだろうと甘く見ていたのだ。


 治療部屋は大混雑。


 以前は閑古鳥だったのが信じられない有様である。

 砦の騎士達は骨折や内臓破損などの怪我をしても大抵気合いで治すので、普通の治療というものは、彼らには全く必要のない未知の世界の概念だったからだ。


「指を切った」「擦り傷が出来た」「虫に刺されたよう」

「唾をつけるか痛いの痛いの飛んでいけ、する前にもう既に治っています」

 

「お腹が痛い」「頭が痛い」「関節が痛いよう」

「毒液飲んで毒風呂入るような酷い状態でも、自然治癒で治りますよね貴方達?」

 

 ここまではいい、彼等はまだマシな騎士(あほ)。モーリィもこの程度なら、微笑みながら体にいい苦い薬草飴を渡してあげるくらいの愛想は持っている。


「愛が欲しい」「君が欲しい」「その見事な胸部装甲(たわわ)を揉んでもいいか?」


 ――全くをもって意味がわかりません。死んでいただけませんか?


 ちなみに最後の、たわわ発言は愉快なトーマスさん。


 その頃には夫婦共々モーリィの重度な兄(姉)馬鹿と化していたルドルフが、鬼の形相でトーマス達を縛りつけ裏の池に沈めた。冗談抜きで本当にヤったのである。


 その光景に女になりたてのモーリィは少しちびってしまった。


 一日目がこのような有様だったので、不本意ながらも騎士団長に相談したところ、急遽、女騎士の護衛が常時交代で付くことになる。


  だが待ってほしい、彼ら(ばか)にも言い分はあるのだ。


 モーリィが聖女となり、女の体に慣れるために砦の中をリハビリ散歩をしていた期間がしばらくあり、その時に見かけた騎士達は思ってしまったのだ。


 ――え、誰だ。あの、今すぐにでも手を取り支えてあげなければ、倒れてしまいそうな美しく可憐な少女は? 白銀色の輝く髪に澄んだ空色の瞳、儚げで美しい顔立ちに新雪のような汚れ一つない肌。背は女性としては少し高いが、抱きしめたら折れてしまいそうな華奢な体にほっそりとした手足。その身に纏う雰囲気はどこまでも無垢で清楚。そして何より――何よりもだ、あの母性を感じさせる素晴らしく、柔らかそうな、柔らかそうで、柔らかいであろう、胸部装甲(たわわ)っ!!


 見た目が極上で男の保護欲を刺激する深窓の令嬢のような少女が、自由が利かない体をおして、うんうんと一生懸命リハビリ治療をしている光景を見たのである。


 彼等は曲がりなりにも、弱者を守る騎士道精神を遵守する騎士(しんし)であり、そして悲しいことにどこまでも騎士(さる)であった。


 こんなん惚れてまうのは当然の結果じゃないか。


 その時に行く者がいなかったのは、常に女騎士達がモーリィの手を取り(おんな)前にリハビリを支えていたからだ。

 騎士達の目には女騎士(ごりら)は脳内から消去されモーリィしか映らなかったが、野性的な危険察知能力が働き逝かなかったのである。


 モーリィの復帰一日目、騎士達にしてみればまさしく狩猟解禁日(ぱーぷー)


 当然結果は目に見えていた。


 モーリィが騎士団長に懇願した次の日の二日目。

 女騎士達の指導(ぼうりょく)のお陰で以前と同じように仕事に戻ることができたのである。

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