第4話
―お前は誰だ―
また僕は証明できそうなことを考えてみた。僕は昔から歌が好きだった。家で勉強をするとき、友達との待ち合わせで友達が来るまでの間、暇さえあればイヤホンを付けて好きな音楽を聞いていた。たまにギターを使って好きなバンドの曲を弾き語ったりもした。試しに歌ってみよう。家にあるギターを思い浮かべた。ゴトッという音をたてて僕のギターは目の前に現れた。いつもの手つきでギターを手に取り、いつも歌っていた歌を歌った。
…。
「これは僕が作った歌じゃないもんな。」
誰かの曲じゃ僕の証明にはならないか。
―お前は誰だ―
本当の僕は、僕の中にいるはずだ。僕の中に。僕の中には何がある。僕が考えていること。僕が感じること。それは僕の中にあるものだろうか。好きなもの嫌いなものを挙げていったら、僕の証明になるだろうか。僕が好きなもの…。お母さんの豚丼。歌うこと、あと本を読むこと。
僕は小さいころ読書感想文が苦手だった。読書感想文と同じくらい本を読むことも苦手だった。本を読んでその感想を書く。感想なんて、楽しかったかつまらなかったかの2つだと考えていたし、じーっと一つの本を読むことができなかった。こんな僕がこの二つを苦手になるのは当然の結果だろう。しかし、そんな僕が中学生になり、ふらっと立ち寄った図書館のおすすめ本をなんとなく読んでみたら面白かった。それから本を読むことが好きになった。本の中の主人公はある特殊な力で自分の周りの人たちを不幸にしてしまっていた。しかし、ある時にその能力が効かない人と出会う。主人公はそれまで、自分なんて生きていない方がいいと思っていたが、その人と出会うことでその特殊能力を抑えることができるようになり、普通の生活を取り戻すという物語である。主人公が自分の特殊能力に打ち勝つところが好きだった。自分にはできないことをやっているように思えて。それから、物語の本を読むようになった。自分が経験できないことを経験しているような感覚が良かった。
「お母さんの豚丼、歌うこと、本を読むことが好きなのが僕だ。」
…。
だめか。
―お前は誰だ―
僕が他に好きなもの。夏の夜、春秋の夕方の縁側が好きだ。夏の夜は蚊取り線香の香り、少しじめっとした湿度の高い空気。春秋の夕方はこの場所だけ時間がゆっくり進んでいるような心地よい感覚が好きだった。ぼーっとしたい時はよく縁側に行った。
「お母さんの豚丼、歌うこと、本を読むこと、縁側が好きなのが僕だ。」
…。
まだ足りない。
―お前は誰だ―
冬から春に変わる匂いが好きだ。春の強い雨風が止み、どんよりした雲が過ぎ去り、すっきりした空が広がる。雨が上がった後の土の匂いが好きだ。「お母さんの豚丼、歌うこと、本を読むこと、縁側、冬から春に変わる匂いが好きなのが僕だ。」
…。
まだ。
―お前は誰だ―
放課後の誰もいなくなった教室が好きだ。夕暮れでオレンジ色に染まった教室の何だかすぐ消えてなくなりそうな儚い感じと時間が止まっているような、このままの時間がずっと続いていくような感じ。朝学校に行き、夕暮れ時には帰路につく。学校の終わりを告げるあの寂しさ。
「お母さんの豚丼、歌うこと、本を読むこと、縁側、冬から春に変わる匂い、放課後の教室が好きなのが僕だ。」
…。
まだか。
―お前は誰だ―
色々なシャーペンを集めるのが好きだった。書いていると芯がとがるもの、芯が折れにくいもの、芯の最後の方までかけるもの。持つところがやわらかくなっているもの。シャーペンによって、持ち心地や書き心地が全然違くて、色んなシャーペンを買って、試すのが好きだった。一つのシャーペンをずっと使い続けるのではなくて、1回の授業の中でも2.3本のシャーペンを変えながら使っていた。シャーペンを買うたびに、お母さんに無駄なことして、と言われていた。僕は苦し紛れにそれぞれのシャーペンに違う濃さのシャーペンを入れていた。どのシャーペンにも意味を持たせるために。
「お母さんの豚丼、歌うこと、本を読むこと、縁側、冬から春に変わる匂い、放課後の教室、シャーペン集めが好きなのが僕だ。」
…。
まだか。




