第1話
アリストテレスは言った。
「A human being is a social animal.」と。
僕は何者なのだろうか。そのことを考えると深いところに落ちていく感じがする。
あの子は何者?そっちの子は?本当の自分はどこにいるんだろう。
ぽたん。ぽたん。と水の落ちる音がする。
その音はあまりにも寂しくて、僕がこの部屋にひとりだということを責めているようにも思えた。
人は失くさないとその大切さに気づかない。ふとした時に気づくけれど、そのこともすぐ忘れてしまう。この感情も時間が経てば薄れていくだろう。人は忘れないように記録する。自分がいた証を残す。
目を覚ますと、あたりが暗かった。
「いつの間にか寝ちゃってたのか。」
いつもの電気のスイッチを押そうとするがそこには壁すら存在しなかった。目をしっかりと開けて、周りを見るとそこは自分の部屋じゃなかった。あたり一面薄暗い空間。誰かがいる気配すらない。奥の方に小さな明かりが灯っている。本当にひとりだ。
―・・・・・・・―
ん。今何か聞こえたような。気のせいだろうか。とにかくあの小さな明かりに向かって歩いてみることにした。
あれからどれほど歩いただろう。30分?1時間?どれだけ歩いても、小さい明かりが大きくなることはなかった。さっき聞こえた言葉は何だったんだろう。小さくてよく聞こえなかった。
―お前は誰だ。―
聞こえた。お前は誰だ?誰の声だろう。聞いたことがあるような。考えてみたけれど、思い当たる人物はいなかった。
「おーい!誰かいますかー!」
「おーい!誰かー!・・・・」
自分の声が小さく反響しただけだった。
お前は誰だ。どういう意味なんだろう。自分が何者なのか示せってことだろうか。自己紹介でもすればいいんだろうか。この誰もいないだろう空間で。
「僕は―――だ。」
あれ?変だ。
「―――だ。」
言えなくなってる。自分の名前が。言えなくなってるというより、かき消されているに近い。自分ではしっかり発しているのに、その上から、自分の名前の部分だけザザーっとノイズがかかっているようだ。どうして自分の名前がかき消されるんだ。
―お前は誰だ。―
まただ。
「お前こそ誰なんだ!」
…。返事がない。誰なんだろう。この声は。どこから聞こえてくるんだろう。何も分からない。ただ、自分は確かに存在している。こんな状況になったら、普通パニックでも起こすのだろうか。だけど、僕はおかしなほど落ち着いていた。薄暗くて先もよく見えていないのに、なぜかそこに不安はなかった。ただ、僕は誰に自分の存在を証明しなくちゃならないのか。そんな、大きな疑問があるだけ。誰のために。僕は何者なのだろう。男か。これは僕自身の証明にはならないだろう。他にもたくさんいる。ここにはいないけれど。僕は学生だ。これもだめだ。ここには学校もなさそうだ。さっき言おうとした名前でさえも僕だけのものじゃない気がしてきた。同姓同名の人がいれば、もう僕の証明ではなくなる。どうすれば、僕という存在を証明できる。そこから、さっきの声はしばらく聞こえなくなった。




