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つばきの日本酒講座 そのいち

「あら、ごめんなさい」

「みんなで一気にしゃべるから全然ついていけない」


 恨めしげな目で見つめる飛鳥あすかに向かって、つばきは微笑みかけた。


「でも少しはご存じでしょう」

「全然」


 飛鳥が言うと、宇宙人を見るような目で凝視された。こいつ、相当な日本酒マニアだなと飛鳥は確信する。


「せっかく醸造関係の方が三人もいらっしゃるのに……教えていただかなかったのですか」

「しなかったねえ」


 思い起こしてみれば、精霊三体が小難しい話をしたことはない。飛鳥はひたすら飲ませて食べさせてもらっただけである。


「沼に落とすときは慎重に、です」


 はなが笑った。三体は意外と狡猾に……ではなく堅実にものを考えていたようだ。しかし、そう説明されてもつばきは納得がいかないらしく、形のいい頭をかしげた。


「知識があるとよりおいしいものですが……いつかゆっくり時間をとって三日ほどお話を」

「聞いてられるか」


 普段はうまく擬態しているが、本来のつばきは意外とめんどくさいオタク気質だった。飛鳥がじりじりと彼女から遠ざかり始めたところで、つづみが意外なことを言い出す。


「あんたすごいねえ。そんなに日本酒好きなら、今晩の夕食一緒にどう? 酒がでるし、食べるついでに話をすれば」

「まあ!!」


 この申し出に、つばきは飛び上がった。両手を組んでうきうきし始める彼女をよそに、飛鳥は厳しい顔で鼓ににじり寄った。


「こら」

「同士は多い方がいいじゃないか」

「家主は私だから」


 威嚇する飛鳥をよそに、みーちゃんが無邪気に笑いかけてきた。


「家主さんおねがーい」

「かわいい! けどなんかムカつく!!」


 みーちゃんのノリに巻き込まれかけている飛鳥の背中を、華がつついてきた。


「今日は豚の洋酒煮込みと野菜のポタージュ、烏賊のアンチョビ炒めとフルーツのサングリアを予定しています。もちろん今夜も腕によりをかけますから、皆でわかちあいましょう」

「やり方が一番あざとい! 豪華な夕食でもだまされない!!」

「……彼女を招かない場合、日の丸弁当です。白飯に梅干しのコントラストがすてきですね」


 一番清楚そうな華が、低い声で脅しをかけてきた。飛鳥は、この子が営業をやっている理由をなんとなく察した。


「ずるい」

「戦略ですよ。山賊さん」


 にやっと笑う華と、後ろでにぎやかすギャラリーに、結局飛鳥は押し切られた。



☆☆☆



 その日の夕方。授業を受けた後、一旦実家に帰ってからつばきがやってきた。別れたときにはバッグ一つだったのに、ごついトランク(運搬手付き)を持ってやってきた彼女を見て、飛鳥は言い争う気力もなくなった。


「えーとですねえ、どこからお話しましょうか」

「このパソコンとプロジェクター激しく邪魔なんだけど」

「だって、説明の時に便利なんですもの」


 完全に獲物を落とす前の邪神の顔をしながら、つばきが言う。飛鳥は助けを求め、運搬手の黒スーツを見たが、彼は力強く親指を立てながら帰った。主の酒話には死んでも関わる気はないようだ。


 つばきの目はますます輝きを増していく。一通り聞かないと絶対に解放してもらえないのを察した飛鳥は、珍しくしずしずと彼女の前に座った。


 えへん、とわざとらしい咳払いをしながらつばきが話し始める。


「では、まず日本酒の基礎からいきましょう。そもそも日本酒の原料は何かご存じですか?」

「米でしょ」


 飛鳥は答えた。さすがに飲まなくてもそのくらいは知っている。


「正解です。ただし、あと二つ答えがあります」

「えー? 食品添加物とか?」


 飛鳥が適当に答えると、つばきが口元をつりあげた。しかし、目は全く笑っていない。「真面目にやれ」ということだろう。


「あ、そうだ。なんとかこうじ、ってのが大事なんだった。でもあと一つは本気でわかんないや」


 真剣に考えた末、飛鳥は両手をあげて降参した。今度は誠意が伝わったのか、ギブアップしてもつばきは怒らなかった。


「はい、よくできました。米、米麹こめこうじ、そして水。これが日本酒の基本です」

「水?」

「水を馬鹿にしてはいけませんよ。日本酒の八割は水で決まります。元々名水が湧いていたところに酒どころが多いのはそのためです。昔から有名なところだと、東は秋田・新潟。西は兵庫・京都・広島あたりでしょうか」

「へえ」


 よどみなく言うつばきを見て、飛鳥は素直に感心した。つばきはスライドを動かしながら、話し続ける。


「ちなみに、さっき言った三つの材料のみでできた日本酒を『純米酒』といい、これに醸造アルコールを加えたものを『本醸造酒』といいます」

「へー。じゃ、よけいなものが入ってない『純米』の方が高級なの?」

「そういうわけではありません。あくまで、国の基準にそって分類しただけで、お酒のおいしさや味は関係ありませんから。アルコールを入れることで、飲み口や香りが増加する効果もありますし」

「へえー。酒に酒なんて変な感じ」

「あくまで補助なので、入っていいのは米の重量の十パーセント以下、という基準がありますけどね」


 ただうなずくだけの飛鳥を見ながら、つばきはペットボトルの水を口に含んで休憩した。話し声がなくなると、台所で精霊たちが立ち働いている音がよく聞こえる。


「あ、そうだ。吟醸酒ってのが出てこなかったけど。ほら、あの高い奴。それは『純米』なの? 『本醸造』なの?」


 沈黙を破るように、飛鳥が質問を投げた。


「どっちでも吟醸酒、というのはありますよ。純米タイプの場合は頭に『純米』とつきますが」

「どーゆーこと?」

「吟醸酒かどうか決めるのは、原材料の数じゃなくて米の磨きの量です」


 いきなり知らない単語が飛び出してきて、飛鳥は顔をしかめた。それを見たつばきが、スライドを動かす。米粒が画面に浮かび上がり、だんだん小さくなるムービーが再生された。


「収穫したての米は玄米ですよね。このままだと酒によけいな蛋白や脂質が混じって、雑味が多い……まあ、簡単に言うとマズくなるわけです。なので、外の部分から削っていくんです」

「へえ」

「だいたいふつうの純米酒で、全体の二~三割を削ります。これがもっと多くなって、四割削ると『吟醸酒』。六割削ると『大吟醸酒』。ですので、同じ瓶一本の酒を作ろうと思っても、お米の量が倍以上違う……なんてことがよくあるんです」

「それで大吟醸ってのは高いのねー。ぼってるわけじゃないんだ」

「そうですよ。あんまり失礼なことを広めないでくださいましね」


 軽く言ったつもりだったが、つばきにしかられてしまった。ごまかすように飛鳥が首をすくめたとき、ちょうどいいタイミングで華が部屋に入ってきた。


「突き出しでもどうぞ」


 華が持ってきてくれたカプレーゼをつまみながら、飛鳥は苦笑いした。


「ありがと」

「順調ですか?」

「まあまあかな。でも、先生が厳しい」

「あら、心外」


 まるで心当たりがないといった顔で、つばきが小首をかしげる。飛鳥はそれを無視して、華に話しかけた。


「華は教えてくれないの?」

「つばきさんがこれだけがんばっていらっしゃいますからねえ。私が出るまでもないでしょう」


 その頑張りすぎが問題、と内心で飛鳥はつぶやいた。その時台所から「おおーい」と華が呼ばれ、飛鳥は再び怖い先生と二人きりにされてしまう。

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