踊る手練れと口先男
「めんどくさいなあ……」
思わず口から愚痴がでる。校舎から出てしまえば、少し歩かないと自動販売機がない。
飛鳥はようやく人気のないところにぽつんと立っている機械を見つけ、金を入れた。財布をしまおうとしたその時、背後に人が立っている気配を感じて、飛鳥は振り向く。
妙に頬骨がつりあがったガリガリの男を先頭に、数人の男子生徒が飛鳥をとり囲んでいる。不気味に笑うその表情からして、ろくな話ではなさそうだ。飛鳥はため息をつきながら肩をすくめる。
「なんか用?」
「俺ら昨日パチンコと競馬ですっちゃってさあ。金貸してくんね?」
リーダーらしき頬骨男が、口を開いた。聞くのも馬鹿馬鹿しい理由に、飛鳥は顔をしかめる。
「ねえよ。金がないならバイトでもしろ」
「いいじゃん。ちょっとくらい。女の子は夜に働けばすぐ貯まるでしょ?」
男は、人をなめくさった言葉を吐いた。飛鳥は相手が骨の髄までクズであることがわかって、安心した。これなら心おきなく殴れる。
「ねえねえ、いくら入ってるの?」
背後から、違う男が勝手に財布へ手を伸ばしてきた。飛鳥はその手を思い切り平手ではたく。
「何日も風呂に入ってないような、汚い手で触るな」
「なんだとこいつ!」
男が逆上して拳をくりだしてきた。しかし、大振りのパンチは飛鳥から見れば隙だらけだ。図体はでかいが格闘技経験はまるでないらしい。
飛鳥は膝を軽く曲げて、拳をかわす。相手が狙いをはずし、体勢を崩したのを見ながら起き上がる。今度は飛鳥の方から拳をつきだした。あっさり相手の顎に拳が当たり、男が倒れる。
残った男たちが一気に野卑な声をあげた。誰か通りかかればもう大事になるのは避けられないが、今のところは周りに人気はない。全員ぶちのめす、と飛鳥は覚悟を決めた。
さらに蹴りで二人しとめ、立っている男たちの数は最初の半分になった。怒りで顔を真っ赤にしたリーダーの男が、ついに正面から飛鳥につかみかかってくる。
動きは見えている。飛鳥は後ろに飛んで攻撃をいなそうとした。が、その時急に足がふらついた。視界がわずかにゆがみ、ステップを踏むのが一瞬遅れる。その隙を、男は見逃さなかった。
「よくも今までナメた真似してくれたな!!」
絶対に自分が有利だと信じていた相手にいいようにやられ、気が立っているのだろう。すさまじい力で男は飛鳥の腕をつかみ、力ずくで上体を倒した。
まずい、と飛鳥が思った時には、もう後ろから足を払われていた。視界がくるりと回り、体が地面にたたきつけられる。幸い下は土だったが、それでも痺れるような痛みが体に走った。
今までこんなことは一度もなかった。今朝の酒のせいか、と思い飛鳥は唇をかむ。酔いは軽いと勝手に決めつけていたが、しっかりアルコールは全身に回っていたようだ。
飛鳥が起きあがるより先に、男たちが円陣をくんだ。逃げられないよう、リーダーの男が飛鳥の腕を足で踏みつける。さっき倒した男たちも復活してくる。こんなことならさっさと腕の一本でもへし折ってしまえばよかった、と飛鳥は後悔した。
「さーあ、どうしよっかなあ」
リーダーが腕組みをしながら、飛鳥を見下ろしてにやにや笑う。その間に別の男が飛鳥の手から財布を奪い取り、中身を改め大げさに天を仰いだ。
「なあ、こいつ三千円しか持ってないぜ」
「カードがあんだろ」
「いや、なんもねえ。キャッシュカードすらなし」
あてが外れてがっかりしている男たちを見て、飛鳥は内心笑いが止まらない。物欲がないので、家と学校の往復だけならその程度の金額で十分なのだ。だからないって言っただろ、と小さくつぶやく。
「マジかよ……」
「山田たちへの慰謝料もあるし、これじゃ足りねえよなあ」
財布を放り投げて、男たちが勝手なことを言い合う。慰謝料ほしいのはこっちの方だよ、と飛鳥は心中で罵った。
「じゃあ、体で払ってもらう?」
「えー、俺好みじゃねえ」
「胸はそこそこあんじゃん。目つぶってればいけるだろ」
「よし、車まで運ぶぞ」
男たちが邪悪な考えをまとめ始めた。なかなか真面目にまずいぞ、と飛鳥が焦り始めた瞬間、背後から呑気な声が聞こえてきた。
「あのう、飛鳥ちゃん見ませんでしたかしら。ショートカットで、オレンジのカットソーの子」
つばきの声だ。帰りが遅いので探しに来たのだろう。通行人の声を聞いて、男たちの顔がこわばる。しかし、通りがかったのが女一人だとわかると、とたんに彼らの顔がやに下がる。あまりにも男たちの考えがわかりやすいので、飛鳥は思わず笑ってしまった。
「こっちで見たかな」
「まあ、本当ですか」
つばきは素直に男たちについてきた。ざくざく、と彼女のヒールが地面を踏みしめる音が聞こえる。
「飛鳥ちゃん!?」
つばきが飛鳥の側にかがみこんだ。一瞬、目と目が合う。それで意思の疎通は十分だった。二人は男たちにわからないようにこっそりうなずきあう。
「実はねー、飛鳥ちゃん気分悪いんだってさ。だから俺らが車まで運んであげようとしてたわけ」
「まあご親切に」
「君もちょっと休んでいったらどう? 楽しいよお」
飛鳥と違ってつばきは好みだったのだろう、鼻の下をのばした男たちが話しかけた。でれでれしているのはいいが、後が怖いよ。口には出さねど、飛鳥は思った。
それとほぼ同時に、何かを打ち据える鈍い音がした。
「いってぇ!」
飛鳥が頭を動かすと、つばきが一メートルはあろう長棒を構えているのが見えた。分割できる昆だが、手練れならすぐに組み立てることができる便利な逸品である。
それで向こうずねを強打された男が、耐えきれずにかがみこんだ。
「すぐばれるような嘘をつかないでもらえますかしら。まあ、バカだからその程度しか思いつかないのでしょうけれど」
しれっと言い放つつばきに向かって、血管が切れそうな顔でリーダーが怒鳴った。
「このアマあ!! かまわねえから殴り倒して、二人とも輪姦してやれ!」
「やれるものならね」
つばきはさらに器用に棒を操り、男の左足を強打する。男が地面に倒れ込んだ。すかさずつばきは棒先で男の首元を突き、戦闘能力を奪う。
「げっ、なんだこいつ」
「待てよ、こいつらどっかで見たことが……」
つばきのおとなしげな外見にだまされていた、男たちがあからさまにうろたえ出した。飛鳥の腕を押さえつけていた足がゆるむ。この隙を見逃さず、飛鳥は体をよじり、倒れたまま転がった。
男たちの一人に狙いを定める。足を曲げ、のばす。必殺の蹴りが、きれいに相手の股間にきまった。
「ぐあっ」
男が悶絶して青い顔になっている間に、飛鳥は立ち上がる。その間にもつばきが次々と男たちを倒しており、残りはあのいけすかないリーダーだけになっていた。
飛鳥はじりじりと相手との距離をつめる。さすがにこの状況になると、相手も不利を悟ったらしい。へらへらと笑みを浮かべながら、この場から逃れようとする。
「ま、また今度ってことで……」
だが、完全に怒り狂っている女二人が、そんな言い訳を聞くはずもなかった。
「はあ?」
「寝言は寝て言ってくださいまし」
さらに飛鳥が歩みを進め、男の胸ぐらをねじりあげた。その時、後ろからばたばたと大きな足音が聞こえてきた。
「飛鳥ちゃん、離して」
つばきが顔をしかめる。飛鳥もとっさに手を離し、この場を離れようとした。が、遅い。騒ぎを聞いて駆けつけてきた警備員たちが、目を丸くして飛鳥を見つめていた。
「き、君たち何をしてるんだね」
「いえそれが……話せば長くなると言いましょうか」
聞かれた飛鳥は言葉を濁した。ちらっと目線を落とし、さっきボコボコにした男たちを見つめる。横でつばきが、「ぐずぐずしているとまずいですわよ」と小さな声でつぶやいた。
「こ、こいつらいきなり襲いかかってきたんです」
飛鳥が言い訳を考えているうちに、いきなりリーダーが上体を起こした。