デス・ドライブは突然に
「……ひくよ?」
「できるもんなら。立ってるだけの相手をバイクでひいて、正当防衛が成立すると思うなよ」
野猿のような男たちの中でも、少しだけ知能のありそうな男がすごんだ。返事代わりに、飛鳥はキーを回してバイクのエンジンを入れてやる。巨体のロードバイクがうなると、わずかだが男たちがひるむ気配があった。
「脅しか?」
ただし、効かない奴もいる。飛鳥の前に立ちはだかり、にやにやと笑い出した。どうせ出来はしないとたかをくくっているのだろう。ご丁寧にポケットからナイフを取り出して、バイクの表面に一筋の傷を刻んだ。飛鳥の眉がつり上がるのをみて、おもしろそうに笑う。
「ほら、やり返してみろよ」
「…………」
飛鳥はそれでも、じっと男を見据えていた。男がバカにしたように、鼻を鳴らす。
「いい子ってのは不便だねえ。こちとらもう失うものはなにもねえからな」
「……まあ、退学だし。強姦未遂だし。てか、正面からくるって馬鹿なの?」
「てめえらのせいでなにもかもなくなったからな。ショウちゃん面白い計画が成功するまで、やめとけって言ってたんだけど」
「面白い計画?」
「知ってるか? 人が密集してるとこに、車で突っ込むとたくさん殺せるんだぞ。逃げられねえからな」
「今度は殺人犯になろうっての?」
「殺人犯になるのはあのタカシくん。俺らは運転してねえから、巻き込まれただけってな。俺は車に乗れなかったけど、ショウちゃんが動画撮ってるぜ」
「……陰険」
うなる飛鳥を、男たちはあざ笑った。
「好きなだけ言えや。てめえはどうせここから出られねえんだからよ」
「は、はははは」
すごむ男に向かって、飛鳥は思いっきり笑い出した。バカにされたと悟った男の顔が真っ赤に染まる。
「てめえ……」
「ほんとに、なにもかもなくしたみたい。記憶もね」
「なに?」
そこで、飛鳥はみた。夕日を受けてきらっと輝く、長刀の先を。車から自前の武器を取りだしたつばきが、口元だけつりあげて笑っている。つばきの払いは的確に、男の右手をはじきとばした。男が目を見張ったところへ、強烈な突きが背面にたたきこまれる。
「……あたしたちが二人組だったこと、もう忘れたの?」
飛鳥が冷たくつぶやいたが、男は腹を抱えてうずくまっている。ちゃんと聞こえているかどうかは謎だ。男の傍らにはつばきが、地獄の鬼のような表情を浮かべてたたずんでいる。
今度こそ大丈夫、と確信した飛鳥はクラッチを握り、ギアをローに入れる。巨大な怪物が低いうなり声をあげて動き出した。男たちは、悲鳴をあげて跳びすさる。
そこへ、見慣れた桃色の着物がひらりと踊った。
「写真の方、見つけました!」
華が上空から降りてきた。
「車に乗ってた?」
「ばっちり」
「飲酒は?」
「それもばっちりです」
飛鳥も身をもって体験しているが、酒が入った状態では運動能力も判断力も落ちる。車を出す前に止めなければ。飛鳥はローギアでバイクを発進させ、素早く速度を上げた。
まだ追いすがろうとする男が数人いたが、つばきが長刀で素早くすねを強打する。彼らは地面にすっ転んだ。ついで、物陰から出てきた黒服たちがよってたかって縛り上げる。つばきの言っていた護衛だろうが、今まで全く気配を感じさせなかったのはすごい。
飛鳥は転がった男のすれすれを走り抜け、外へ向かう。華の案内のままに走ると、人気のない駐車場に到着した。
なにやら話し声が聞こえる。そのままバイクでつっこむと、白い軽自動車の前で鼓とみーちゃんが押し問答していた。
なんとか間に合ったか、と飛鳥が胸をなでおろしたのもつかの間。いきなり車が急発進し、鼓とみーちゃんに正面からぶつかった。二体をはねとばした車はそのまま止まらず、道路の向こうに消えていく。
「大丈夫!?」
飛鳥はバイクを降りて、あわてて二体に駆け寄った。
「……あいつ殺す絶対殺す」
「精霊じゃなかったら死んでたねえあはは」
幸い二体はすぐにむっくりと起きあがってきた。車と正面衝突したのに、傷ひとつない。やはり、人の姿はしていても飛鳥たちとは違う存在なのだ。
「追おうか。あの状態で大きな道にでられたらやっかいなことになるよ」
「わかった」
飛鳥が言うと、みーちゃんが勢いよく手をあげた。連絡は彼女に任せることにして、飛鳥は再びバイクにまたがった。道にでて、スピードを上げる。幸い道は直線で、追いかけるには最適だった。
精霊たちのうち華だけが、バイクにのっかった形でついてきた。自力でこのスピードで長時間飛ぶのは無理、だそうだ。
「つばきさん、状況わかったって!」
しばらく走っていると、みーちゃんがやってきた。つばきに持たされたのか、携帯を手に持っている。
「みーちゃんさんから聞きました。車で追いかけます」
「わかった」
スピーカーモードになった携帯から、つばきの声がした。飛鳥は会話を打ち切り、追跡を続けた。すると目の前に、中央線付近をふらふらしながら進む車が見えてくる。ちょうど丁字路を右へ曲がるところだ。みーちゃんを介して、飛鳥は美月に聞いた。
「交差点右。ここから先で、人が集まりそうな場所はある?」
「……最悪の事態になりましたわ。神社前と竹波山広場、今日は大規模イベントありです」
「げっ」
人でごったがえす、逃げ場のないところに全速力の車がつっこむ。確実に死者が出る。想像するだけで飛鳥の顔から血の気が引いた。
「神社の方が近いですわね。もう少し進むと大きな赤鳥居がある交差点があります。そこで絶対に左折させちゃいけませんわ。右に進めば山ですから、少し距離が稼げます」
「……ちなみにあんた今、どこらへん?」
「交差点にひっかかりました。おそらく抜けるまであと数分かかります」
名前を聞いてみると、混むことで有名な交差点だった。つばきの大きな車なら、いざという時体当たりすれば止められると思ったのに、これでは絶対に間に合わない。とりあえず最初の神社までは、なんとかして飛鳥だけで止めるしかなかった。
飛鳥は五速で走り続ける。きっと部長は、運転には慣れていない。神社に入るためには左折しなければならないが、そのためには少し狭い車線に入らなければならない。
運転に不慣れな人間は、少し焦ると見えるものも見えなくなる。飛鳥は一つ、部長の気をそらす方法を思いついた。車とバイクが当たり合いになったら、悔しいが絶対にバイクが負ける。一か八か、思いつきをやってみるしかなかった。
飛鳥は覚悟を決めて、道路をひた走った。車の横にぴたりとつき、ちらりと社内の様子を見る。案の上、血走った目をした部長がハンドルを握りしめていた。その周りに、脳が全部溶けて流れ出たような軽薄な男たちが腰掛けている。
「華、私のヘルメットはずして」
「あっ、はいっ」
「それで思いっきり車の窓叩いて」
華ははいと元気よく返事をし、言われた通りに移動した。そしてやおらヘルメットを持ち上げ、がっつんがっつんと窓をたたきまくり、とうとう窓ガラスを割ってしまう。見かけより思い切りがいい。そして強い。
車内の男たちが、目を丸くして一斉に華を見た。運転している部長も、ぽかんと口を開けてあっけにとられている。しかし、部長はすぐに固く歯を食いしばる。彼の全身から殺気がほとばしった。




