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テイスティング・日本酒

 店主にうながされ、飛鳥あすかはコップを口元に持って行った。ちびちびと酒を含む。店主がきちんと選んだ品なのだろう、妙なアルコール臭さはなく、飛鳥でもどうにか飲み込めた。


 いわゆる一般的な日本酒によくある味ではない。澄んだ、というよりなにもかも一緒にして詰め込んだように味が混じっているし、香りもわずかに甘い。


「ちょい甘いかも」

「そうですね、濁り酒の中では少し軽め」


 飛鳥の言葉にはなが同意した。三体も、断りもせず、おかわりしまくって試飲のカップをあけている。人間ではないので、酔うという概念もないのだろう。


「確かに、こいつは軽いよ。最初甘くて、次すっきり、最後にまた甘い。安定しないという人もいるけど、濁りはそこがおもしろいね。もうちょっと味が濃いやつは、燗にしてもいける」


 店主の説明を聞いて、つづみが相好を崩した。


「いいねえ。冬になれば燗が一番だ」

「その時はどぶろくも一緒におすすめだね」


 いそいそと売り込みにかかる店主には悪いが、飛鳥は顔をしかめた。


「うわあ、飲みにくそう。どぶろくっておじさんがよく飲んでるあれだ」


 店主は苦笑いしながら、顔の前で手を振った。


「そうでもないよ。今は若い子向けにアルコール度数が低いのもでてる。梨みたいな味がするって言って、けっこう人気だよ」

「へえ……そもそも、どぶろくと濁りの違いってなに?」

「濁りは布で濾してるけど、どぶろくは全く濾さずにもろみごと瓶に入れてるよ。飲む?」


 店主は明らかに試飲用でない瓶を出してきた。飛鳥はあわてて首を横に振る。


「いや、これ以上は……」

「そうかい。じゃあ、またの機会に」


 飛鳥がうなずくより先に、つばきが「はいっ」とうれしげに声をあげた。店主はやに下がった笑顔を向け、次の瓶を手に取る。


「お次は『生しぼり 白桜』にしよう」

「生しぼり……なんか新鮮そう」

「まあ、数ヶ月前に作ってる場合もあるけどね。主にでるのは冬だから、詳しい人に今飲んでもらおうとすると笑われるけど」


 飛鳥は存分に水で口の中を洗ってから、次の酒にとりかかる。今度はさっきとうってかわって、非常にすっきりした味だった。香りも少し柑橘ににている。


「あー、典型的な日本酒って感じ。辛い」

「そうですね。こういうお酒は淡泊な白身魚にあいますよ。飛鳥ちゃん、飲めない飲めない言う割にいけるじゃありませんか」


 つばきはにやにや笑ってそう言うが、多少慣らされただけの話であって、好きになったわけではない。飛鳥はきっちり否定しておいた。


「やっぱりこういうのが好きだねえ。ま、自分に似てるってのもあるけどさ」


 鼓がグラスを空けながら言う。彼女はすっきり辛口の同胞を愛でていた。


「生は火入れ……ま、現代風に言えば最後の加熱殺菌なんだけど、それをしてないんだよね。独特の風味があるけれど、ふつうの日本酒と違って常温保存ができない。買ったら必ず冷蔵庫に入れてね」


 店主がそう締めくくって、次の瓶を手に取る。三番目、ちょうど真ん中の瓶の試飲まで来た。しかし続けて二杯も飲んだ飛鳥は、若干胸がむかついてくる。


「次、パス」


 飛鳥が言うと、つばきが露骨に残念そうな顔をした。


「もったいない」

「まあまあ……無理を言ってはいけませんよ。お酒は好きで飲むものですから」

「そゆこと。まあ、味の感じだけ教えてよ」


 飛鳥は苦笑いしながら、後ろに下がって華の後ろに隠れた。その間に店主の説明が始まる。


「真ん中は吟醸酒。磨きは六十パーセント、典型的な日本酒のイメージに近い感じ。料理に合わせるなら、この吟醸酒かさっきの生搾りが癖がなくておすすめかな」


 つばきが飲む。さすがにお嬢の出だけあって、仕草が流れるようにきれいだ。


「そうですわね。匂いが少し香ばしくなりました。多少の油なら流してくれそうですから、少し脂っこいものでもいけそうです」

「味は?」

「最初はすっきり、後に少しぴりっときます。複雑な味わいですが、そこがよいところかと」


 飛鳥はまだ、最初に感じた味しかわからないが、飲み慣れるといろいろわかるものだなと思う。つばきはにこにこしながら、試飲のおかわりを要求していた。


「雑味の少ないものから入った方はとっつきにくく感じるかもしれませんわね」

「良くも悪くも平均的、か。じゃ次いこう」


 左から二番目。瓶がだいぶ趣を変えている。はじめはシンプルなラベルだったが、これは金や赤を多用した華やかなデザインだ。飛鳥は思わずつぶやいた。


「高そう」

「大吟醸だから、少しは豪華じゃないとね。このクラスになると特定の酒米しか使わないっていうのも多くて、それが売りになってる。山田錦百パーセント使用、とかね」

「ほーん」


 店主の説明を聞いて、飛鳥はうなった。今回も試飲は遠慮し、酒豪たちの判定を待つこととする。


「さすが大吟醸、雑味を感じさせるものが全くありません」

「桃のような甘い香りと味が最初に来て、最後は少し苦みがでますわね。ただ、きれいすぎてつまらないという人もいらっしゃるかもしれません」

「そこは好みだねえ」

「あたしはもうちょっと甘い方がいいなー。熟成させたら変わるのかなあ」


 勝手なことを言い合う酒豪たちの話を聞きながら、飛鳥はぼんやり店の中に目をやっていた。狭い店内に山ほどある酒。それらがすべて味も産地も違うのだと思うと、目がくらむ思いがした。多彩な料理やつまみと一緒にひとつひとつ楽しめたら、とても良い趣味かもしれない。


 飛鳥がそんなことを考えていると、横から袖を引かれた。


「飛鳥ちゃん、最後は飲むでしょう?」


 つばきに言われて最後の瓶をみる。これまでの瓶は半透明の茶瓶・緑瓶だったが、今度は真っ黒な瓶だ。おかげで中が全く見えない。が、なんともいえない高そうなオーラを放っていた。


「ああ、まあ……」


 飛鳥がうなずくと、つばきはにっこり笑った。その横では、鼓が身を乗り出して酒瓶を見つめている。


「良さそうな酒じゃないかい」

「このサイズで六千円と、かなりお高めだね。自分用に買う人は少なくなってきて、ほとんどが贈答用になる。さっきの大吟醸とかこれはかなりしっかりした味だから、料理にあわせるというより簡単なつまみと一緒にちびちび飲む方がいいね」

「じゃああんまり私向きじゃないかな」


 飛鳥はどちらかというと、酒より料理がうまければそれでいい。


「ま、記念に一杯どうぞ。なかなかこのクラスの酒は試飲に出さないからね」

「そんじゃまあ、一杯だけ……」


 そういいながら、飛鳥はコップを受け取った。見た目はさっきまでの日本酒と変わらず無色透明だ。しかし、鼻を近づけるとむっと濃厚な酒の香りが漂う。


 一口含むと、苦みと酸味が舌にきて、その後ほんのわずかに甘みがきた。店主に悪いとは思いつつ、飛鳥は大量の水を流し込む。口の中を水だらけにして、ようやく飲みくだした。


「あら、もう飲んでしまわれたんですか」

「悪いけどちょっと苦手な味」


 飛鳥が正直に感想をのべると、店主が体をゆすって笑った。




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