招かれざる客三連コンボ
「今のだれ?」
若い女の声がした。横を見ると、精霊三体が物陰からこちらを見ている。キャンパスで和服姿の集団はよく目立った。
「こら、なんでここにいるの」
「やっほー」
「だって。今日の晩ご飯のお買い物に出ないといけませんし」
「そのついでに足をのばしたってわけ。ついでに金持ちそうなのも見つけたいし」
また触手を伸ばすつもりか、と飛鳥は苦笑いしながら腕を組んだ。
「ねー、さっきのおじさん誰?」
みーちゃんがずれた話を元に戻してきた。華と鼓は知っているが、彼女には誰かわからないのだろう。飛鳥は仕方なく答える。
「うちの親父」
「わあ、そうなの! 挨拶しとけばよかったなあ」
「やめといたら? 見たとおり女には縁遠くて、私と母親以外の女性には耐性ないから」
まだ小さな子なら大丈夫なのだが、妙齢の女性になると父はあがりきってしまう。おかげで道場は男だらけで、練習生からは不評があがっている。
「もっとお話されればよかったのに」
「そうそう。大学来る前は父親っ子だったじゃんあんた」
華は素直に首をかしげるが、大学生にもなって人前で話し込むのも恥ずかしい。にやにやしている鼓をこづきながら、飛鳥は首を横に振った。
「いいよ。どうせ夏になったら一回帰るんだし……それより!」
ここでようやく、飛鳥はさっきの男たちのことを思い出した。素早くあたりを見回したが、すでに暴行未遂野郎たちの姿は消えていた。部長も一緒にいなくなっている。
「……どうしました?」
いぶかしむ精霊たちに向かって、飛鳥は首を振った。しかし、まだ何かが起こるのではという思いはいつまでも消えず、種火のように飛鳥の中でくすぶり続けた。
☆☆☆
夕飯時。なぜか今日もいるつばきに加え、いつもの精霊三体と飛鳥で食卓を囲む。
今日は妹とみーちゃんが炊事担当だったため、食事はとても和やかに進んだ。相変わらず、同じ瓶の酒をちびちびすすっている飛鳥に向かって、みーちゃんが声をかけてきた。
「料理、まずかったー?」
「いや。おいしい。昨日とは比べものにならないくらいおいしい」
飛鳥が答えると、つばきが頬を膨らませた。
「古傷をつつかないでくださいまし」
「皮肉で言ったんじゃないってば」
「……それならいいけど。お酒の進みがいつもより速いから、珍しいなあと思っただけ」
みーちゃんが目を細めながら言う。意識していなかったが、ついペースが速くなっていたらしい。飛鳥はグラスから口を離した。
黙りこんでいる飛鳥を見て、鼓が聞いてくる。
「イヤなことでもあったかい」
「あったといえばあった。……つばき、あいつらまた大学にいたよ」
それだけで事情をすぐに察したつばきが顔をしかめた。
「いったい何のご用でしょうか……」
「ふつうに考えれば、学長に文句でも言いにきたのかねえ」
「それでどうなるものでもないでしょう。もう正式に決定は出てしまったのですよ。今更頼んだところで覆るわけがありません」
「じゃあ単純にいやがらせってこと?」
「その可能性はありますね」
「いったい何の話だい?」
横で聞いていた鼓がつぶやいた。見ると、残りの二体もじっとこちらを見据えている。その熱意に負けて、飛鳥は今日、学校であったことを説明してやる。
話を聞き終わると、鼓がしきりに首を横に振った。
「全く、見下げ果てた男だねえ……まだこりないのかい。どさくさにまぎれて、股間のひとつでも蹴ってやりゃよかったのに」
「もうやったって。けどさ、ああいうのはほとぼりがさめたら、すぐに復活するから。根本からひっこ抜かないと無理」
物騒なことを言う飛鳥の横で、華がため息をついた。
「……それにしても、女性のみなさんが心配ですね」
「警護の人間に言っとけば?」
みーちゃんが無邪気に提案したが、つばきは顔を曇らせた。
「それはすでに父を通じてやっていますけれど……」
二カ所の門には守衛がおり、外からの来客には氏名の記入を求めている。が、男たちはつい最近まで大学生だったのだ。彼らみたいな男はいくらでもいる。守衛が声がけして止める、といっても完璧には難しいだろう。
「それは困りましたね……」
飛鳥の説明を聞いて、華が頭を抱えた。彼女に向かって、さらにつばきが言う。
「それに、門なんて通らなくてもうちの学校には侵入できますわ。そんなに高い壁はありませんもの」
「運動神経があるなら登れるよね、あれ。竹槍でもうめりゃいいのに」
「さすがにそんな工事は通りませんわよ」
過激化した鼓を、つばきがたしなめた。
「ですが、少し自衛手段を考えた方がいいのは確かですねえ……特に私たちは。彼らが退学する原因を作った張本人ですから」
「あんたんとこは誰か人をよこしてくれるんじゃないの?」
「うちはいざとなれば。飛鳥ちゃんは?」
「親父くらいしかいないけど、こんな話するのもねえ。まさか門下生に来てもらうわけにもいかないし」
飛鳥がグチると、つばきが即座に答えた。
「では警護のものに、飛鳥ちゃんも見守るよう伝えます」
すまないなとは思ったが、他に頼めるつてもない。いつかこの借りは返す、と約束して、飛鳥は好意に甘えることにした。
「しかし今日は厄日だなあ……部長に、強姦未遂野郎に、とどめに親父。三人会っちゃった」
「あら、お父上がいらしてたんですか」
どんな方かお会いしたかった、と無邪気につばきが言う。飛鳥は両手をあげて、首を横に振った。
「別に会ってもいいことないよ。逃亡中の凶悪犯みたいな顔してるもん」
「わざわざ来てくださったのに、そんなことを言ってはいけませんわ」
「知り合いがうちの空手部の顧問なんだってさ。あたし目当てじゃないよ」
飛鳥が反論すると、横で聞いていたみーちゃんが笑い出した。
「それはお父さんの言い訳じゃないのかなあ」
続いて、華と鼓も前のめりになって言う。
「そうですよ。きっと、娘の顔が見たかったんですよ」
「親心ってやつだねえ」
三体にしきりに言われて、飛鳥は顎に手を当てて考え込んだ。
「もしそうだったとしても、みんなが言うのとは違う気がするなあ」
「えー」
室内から一斉に抗議の声があがったが、飛鳥は負けずに話し続けた。
「あたしがちゃんと、大学に通ってるかどうかの確認じゃないの」
「飛鳥ちゃんは、そんなに不真面目な方には見えませんけどねえ」
「仕方ないよ。だって四十億持ってるんだよ? 大学なんかばからしくなって、途中でやめてるなんてよくある話でしょ」
「やはり親御さんとしては、大学に通ってほしいのですね」
「その話は入学の前にもした……」
飛鳥はふいに昔を思い出して遠い目になった。
☆☆☆
あの年。サマージャンボと年末ジャンボを両方当てた頃。確かに飛鳥は舞い上がっていた。どこを歩いていても楽しく、目に映る世界は明るく見えた。
物欲ばかりが増し、欲しかったものはあらかた手に入れた。将来への不安はなにもなく、もちろん大学になんて行くつもりも、就職するつもりもなかった。自宅でだらだらと過ごし、時々道場を手伝う。生活費を両親にわたせば、そんな生活でも何も言われまい。飛鳥は無邪気にそう思っていた。
もちろんそんな調子だから勉強への意欲もなくなり、元々低かった成績は地の底まで落ちた。事情を知らない担任は心配してくれたが、飛鳥にとってその説教は耳を右から左へ抜けていくものでしかなかった。
特に気にした様子もなく、E判定の並ぶ模試結果を持ち帰ること、数回。ついに飛鳥は両親に呼び出された。




