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つばきの日本酒講座 そのに

「では再開しましょう」

「お手柔らかにお願いしやす」


 はなにほめられて、ますます勢いにのったつばきが身を乗り出してきた。


「そんなに難しくしたつもりはありませんけれど。ここから、日本酒ができるまでの流れに入りますよ」

「うーす」


 適当に首を振りながら、飛鳥あすかは返事をした。


「まず、米を蒸します。これを蒸米じょうまいと言います。読みは難しいですが、漢字を見れば何をしてるかすぐわかりますわね」

「へー。酒って、蒸したご飯から作るの」

「日本酒に使う米は、食用の品種とは違うものですよ」

「そうなの?」

「絶対に使えないわけではないですが、通常は酒米と言われる専用の品種を使います」

「どう違うの」

「まず、米の粒自体が大きいこと。日本酒にするためにはまず米を削らなければならないので、小さいとやりにくいようですね」


 ちまちま小さなものを削るのが苦痛であることは、ずぼらな飛鳥にはよくわかった。飛鳥はうなずき、先をうながす。


「そしてもう一つ、心白しんぱくという麹菌こうじきんが入る部分が大きくできていることです。菌が入りやすい方が、スムーズにお酒になります」

「ほーん」

「四大酒米といわれているのが、山田錦やまだにしき雄町おまち五百万石ごひゃくまんごく美山錦みやまにしき。それぞれ特徴がありますが、まあここは名前だけでよいでしょう」

「うん、覚えきれないし」


 飛鳥が素直に言うと、つばきはつま先で地面をこつこつ叩いた。


「……さて、米を蒸したあと、そこに麹菌をつけて麹を作ります」

「塩麹とかはやったねえ。けどさ、そもそも麹ってなんだったっけ」

「ああ、そこから説明が必要ですね。急に質問して申し訳ないのですが、家で蒸した米に水を足して、そのまま放置したらどうなると思います?」


 真面目にその光景を想像して、飛鳥は顔をしかめた。実は一回、ずぼらをして買ってきた米飯を放置したことがある。異臭を感じて発見したときには、米の表面にありとあらゆる色のカビが生えまくり、絵の具をぶちまけたようになっていた。


「腐るね。カビ生える」

「そうですね。少なくとも、あんなに澄んだ日本酒はまずできません。それは、酒になるのに必要な微生物がいないからです」


 つばきはパソコンを動かし、いびつな球体に枯れ木のような手足がついたキャラのイラストを表示させた。適当な資料がなかったから、自分で書いたとつばきが申し出る。なんでもできそうな彼女だが、絵は下手だった。


「麹、というのは麹菌という微生物がくっついた状態の米のことです。麹菌が米を食べると、でんぷんを糖分に変えてくれます。麹だけでも白、黒、黄色とありますが、日本酒がよく使うのは黄色ですね」


 おとなしく聞いていた飛鳥だったが、ふと違和感をおぼえた。


「あれ、ここで酒になるんじゃないの? 糖ができるだけ?」

「残念ながら、麹だけではアルコールを作る作用はないんです。あくまで、これは下準備。次の段階、『酒母造り』『もろみ造り』でようやくアルコールになります」


 結構つばきは話したはずだが、スライドはまだ半分も終わっていない。


「ではまず酒母造りから解説します。小さいタンクにさっきの米と麹と水を入れ、さらに酵母を入れます」

「酵母?」

「酵母もまた、さっきの麹と違う微生物ですよ。酵母は、水と糖を食べて二酸化炭素とアルコールを生みます。この子が直接でんぷんを食べられればいいのですが、それが無理なので麹を先に入れているわけですね」

「へえ」

「もちろん酵母にも種類があり、ここでなにを選ぶかでも味は変わってきます」

「米・水・麹・酵母……シンプルだと思ってたけど、ずいぶん味が変わる要因があるんだ」


 まだ飛鳥には、日本酒など全部ひっくるめて同じ『酒臭い液体』にしか思えないが、実は奥深いものらしい。そこは素直に感心できた。


「本当はもっとありますよ。ですが、はじめはそのくらいを覚えていただければ十分かと。さて、無事に酵母が働き始めると、片栗粉を水に溶かしたような白いとろみのある液体ができます。これが『酒母』です。文字通り、酒造りのベースになるものです。これを大きいタンクに移して、次の作業になります」


 巨大な酒のタンクが映し出された。飛鳥もさすがにこれは見覚えがあるが、最初からずっとここで作業をしているわけではないと知ったのははじめてだ。


「酒母が入ったタンクに、さらに米・麹・水を加えて大量に発酵させます。ただし、はじめから大量の作業をさせると酵母がへたってしまいますので、通常は三回ほどに分けて入れられます」

「へえ、酵母も疲れるんだ」

「れっきとした生き物ですからね。拙速にやろうとすればツケがくるのは人間と一緒ですのよ」


 いつも試験前に詰め込み学習をしていた飛鳥には耳が痛い言葉だった。ゆるく耳に手を当てている飛鳥に意味ありげな視線を送ってから、つばきはまた口を開く。


「さて、約一ヶ月かけてようやく」

「ああ、ここで完成ね」

「もろみができます」


 たっぷりためた割には、つばきは変なことを言う。飛鳥は気が抜けて、猫背になった。


「酒じゃないの?」

「飛鳥ちゃん、何事も焦ってはいけませんよ。酒粕って聞いたことありますでしょう?」

「ああ、それくらいなら」

「もろみの状態は、酒と酒粕がごっちゃになってるんです。これを分けるのが搾りですね。今はもう、機械で一気に搾ってしまう事が多いですけれど、昔ながらの方法でやっているところもありますわ」


 つばきが話している間に、台所からじゅうじゅうと香ばしい匂いがしてきた。料理が完成する前に終わるだろうか、と飛鳥は顔をしかめる。すると、つばきがくすくす笑い出した。


「もう少しで終わりますから。さて、搾った後にさらに濾過して細かいかすや雑菌を取り除き、最後の仕上げに入ります。これが、火入れです」

「なんかかっこいいね」

「要は低温でする加熱殺菌です」

「一気にありがたみがなくなったなあ」


 口をとがらせる飛鳥に向かって、つばきはにこやかに言う。


「そうは言っても、必要な作業ですのよ。味が変わったり、菌がうようよいる飲み物なんてイヤでしょう? これをやらない場合、必ず冷蔵しないといけませんからね」


 つばきがそこまで言ったところで、精霊三体が、両手いっぱいに皿を携えて台所から帰ってきた。


「できたよー」

「ああ、ありがと……もう終わりにしていいかな?」


 飛鳥はおそるおそるつばきに聞いてみた。


「はい、後はアルコール度数を調節するために水を入れて、出荷。これで日本酒のできあがりです。おわかりかしら」

「だいたいわかった」

「まあ、もっと細かいものなんですけれど、一気に言うと混乱するだけですから。それよりも今は、お料理をいただきましょうか」


 二人がパソコンを片づけている間に、精霊たちは料理をテーブルにのせ終えていた。今回も色とりどりの品が並び、飛鳥がいつも食べている寂しい夕食とはまるで違っていた。


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