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雷に愛されし者  作者: YK
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プロローグ

 人々の賑わい、その声と石畳で舗装された街道へとはいった時の振動で私は目を覚ました。

 見慣れた馬車の室内、ラカイエルスト領から馬車で大体半日、そうしてついたのがアーガストロム帝国の帝都マードリットである。ここは帝国の中でも軍事、政治、物流それら全ての根幹をなしている超重要拠点であり、これから私が学院生活を送ることになっている場所でもある。

 少し寝癖がついてしまた髪を寝癖直し用の水を使いながら直し、鏡を見ると切れ長の目、腰まで伸びた黒髪、金色の瞳、いつもの私――アンナ・バルトロ・ラカイエルストの顔があった。

 服装は黒を基調とした上着に、ハーフパンツ、白い外套と言ったアンナにとってはいつもの服装だった。


「ここが帝都か、来たことはなかったが存外悪くはなさそうだ」


 馬車の窓から外の風景を一見しそう呟いた。帝都だけのことはあって人も物も建物も多い、だが所々には公園、人工林、街路樹と自然と共存しているようだった。ラカイエルスト領は栄えてはいるがまだまだ自然が多かったためこのように自然を近くに感じれる街づくりというのはこれから暮らす田舎者としては嬉しかった。

 そして馬車は木材と石で作られた帝都の役所前に停まった。

 馬車の扉を開け私に仰々しく話しかけたのはラカイエルスト家に使えるもう初老に入ったであろう執事のアデラード・グルトリカだった。


「アデラード、私は手続きを済ませたら徒歩で学院へと向かうよ」


「では、お嬢様私共はこれより寮の方へ荷物の運び入れと家具の設置をしてまいります」


「ああ、そうだたまには休暇をとったらどうだ、帝都なのだ見るものも多くあるだろうさ」


「いえ、お嬢様すでに老骨の身と言えど、お屋敷で行う仕事は多量にあります故、休暇はまたの機会に取らせていただきます」


「そうか、分かった。」


 そう答え、私は馬車から降りた、その時にアデラードから私自身の専用武器であるカタナを受け渡され、それを腰のベルトにつけると役所へと歩を進めた。後ろではアデラードとメイド二人が私の姿が見えなくなるまで頭を下げていた。





「アンナ・バルトロ・ラカイエルストさんですね、すでにご両親からの通達は来ておりますのでこちらの欄にサインをお願い致します、30分ほどで帝都滞在証明カードの発行となります」


「……」


 無言のまま私はサインを済ました所で受付嬢が周りの喧騒に溶けこむように小さな声で話しかけてきた。


「すみませんラカイエルストさん、所長が呼んでいますので、左側にいる守衛に声をかけていただけませんか?」


「ああ、問題ない」


 そう答えると受付嬢は真っ白で何も書かれていない紙を渡し、一礼すると次の番号を告げた。おそらくこの紙は特殊な魔力インクで書かれているのだろう、紙からは薄くぼんやりとした魔力を感じる。

 受付所から左に進み守衛にこの紙を渡した。紙を見た守衛はすっと横にどき、扉の前を開けて低い壮年の男性の声でどうぞと言った。


 扉をくぐると先ほどまでの喧騒は消えた、防音の魔法でもこの部屋にはかけてあるのだろうか。


「お疲れの所申し訳ありません、ラカイエルスト卿。私はここの所長をしております、グドー・リク・ハイムであります」


 一見してだらしないようにも見えるグドーの体、だがその体からにじみ出る魔力は系統魔法の習熟者と言ったものであり、所長と言うより武官といった方が似合うほどである。


「構わんよ、私の方こそ予定を前倒しして来たわけだしな」


 私は今14歳、そして本来ならば16になるまではラカイエルスト家の中で教育を受け、16になったら帝都の騎士団に入る事になっていたのだが、私自身、学院という所に入ってみたかったのと、屋敷にいるだけではあまりに人と接していなかった、様々な人と接する事ができる学院は人を見る目を養うためには最適だと考えたため無理を言って学院に入ったのである。


「いえいえ、ラカイエルスト卿はこれからの帝国を担っていく必要不可欠な人材ですので、そんな貴女が学院で学びたいことがあるならばこの国に仕えるものとしては尊重して行きたいのですよ」


 愛想笑いなのだろう、顔が若干引きつっている、彼の着ている役所服の階級章を見る限り高級貴族なのだろうそんな彼が中級貴族の娘相手にここまで恭しく声など掛けたくないのだろう。

 まあ、実際そういう風に機嫌取りをしなければならないと言うのは客観的に見てわかるが、もっと高圧的にでても良いというのに私はそこまで起こりやすくなどは無いのだがな。


「で、話とは何だ」


「ああ、すみません。バルトロの名を授かっているラカイエルスト卿はご存知だとはお思いですが、神の恩恵(ギフト)の方を見せていただきたいのです」


 バルトロ、この名は帝国でギフト保有者にのみ渡される称号である、事実今から350年前にはバルトロの名を関した人物がいたという、とは言え、この名の意味を知っている人間は帝都に両手の数ほどしか居ない。そもそも遠い昔のことなのだ忘れている人間のほうが多いだろう。


「……定期検査か、確かに時期は近いが何故今なのだ?」


「これからは学院生となります、そして学院内では中々特別扱いと言うものは出来ません、ですので我らが直接行って騒ぎを起こすよりも入学前のこの時期に見せて頂いた方が良いと思ったのです。来年からも春季休暇中に見せていただく事になりますな」


「なるほど、分かった。ここで抜刀しても構わんか?抜刀しなくても使えるが指向性があるとはいえ何かに当たったら壊してしまうかもしれんしな」


「ええ、もちろん良いですとも」


 先ほどまで若干怯えと機嫌取りに染まっていた目はこの瞬間に好奇心の塊へと変貌していた。まあ実際この力を見たことのある人間などそうはいないだろう。数百年に一人と言った程の希少価値があるのだから。

 一拍おいて私は腰のカタナを抜刀した、刀身は黒く染まった黒打ちであり、通電性と帯電性が高い特注のカタナだ。


「――雷鳴」






 一瞬部屋の中に雷光が輝いた、窓の外から見ている者がいれば何か爆発でもあったのかと言うほどの光の奔流だった。

 その雷光が消えると黒い刀身のカタナは赤く熱せられた様相をし、周りには青白い光の束が巡っていた。そして最もグドーが驚いた事は彼女の黒い髪が薄っすらと発光し、前髪はメッシュのように一部分が白くなっていることだった。


「いかがかなハイム氏、これで神の恩恵の確認は」


「――あ、っはい、結構です。ラカイエルスト卿もう技を解いて頂いて構いません」


 そうか、と彼女は呟き彼女は神の恩恵を解除し先ほどまで私の前にいた少女へと戻った。グドーは白き雷鳴をこの目で見たことはなかった、王の側近らが年一回の確認を依頼しに来た時に話を聞いた程度だった。

 だが彼らが言うには電雷の姫は圧倒的な雷鳴を操り、天候すら変えることができると、曰く白く輝いた彼女は天使のごとき姿だと。

 確かに元々の顔立ちの良さに加え白く輝く彼女は天使のようだった、だが武官として戦争にも出兵した事のある自分はひしひしと感じ入るものがあった。


(この光は神聖さよりも暴威の塊だ、本当に我が帝国に生まれてくれてよかった……だが本当に帝国のために彼女は動いてくれるのか……?)


 一抹の不安も感じるが、今は安全装置など無いし、あっても無意味だろう、この雷鳴はそういったもの全てを焼きつくすだろうから、神を封じるには神をぶつけるしか無いのだから。



(それとこの貫禄、本当に14歳なのか……?)






「……ハイム氏?聞いているか?」


「あ、申し訳ない。少し呆けておりました」


 初めて私の力を見る人間は二通りの反応しかしない、脳天気なヤツや無能なヤツはまず驚き、神聖視し、力の余波に飲み込まれる、そして有能な人間やリスク管理のできる人間は驚愕し、この国に反旗を翻すのでは無いかと考える。

 私はこの国を裏切る気も無いし、乗っ取る気もないからいらぬ苦労なのだろうが役人とはそうなのだろう、リスクを考えずにはいられない。


「……そろそろ30分ほど立ちますね、恐らく証明カードの方がもう発行出来ていると思いますので、取ってきますね。それまではこの部屋でお寛ぎください」



 そう言いグドーはローテーブルに用意されていた紅茶とお茶菓子をすすめると部屋から退室していった。


(私の事に対して全く本音を見せなかったな、あの引きつった笑みも演技か、私の神の恩恵を見て少々動揺していたようだからそれを隠すために態々自ら証明カードを取りに行ったのか中々食えんヤツだ。)


 そう一頻り思考すると、紅茶とお茶菓子に手をつけグドーが帰ってくるのを待つことにした。





 数分たってグドーは戻ってきたのでカードを受け取りすぐに役所を後にした。


「少し街を見て周るか」


 カタナの調整をしてくれる良い店が見つかると良いのだが、ラカイエルスト領に一々戻って専用技師に調整を頼むのも面倒だしな。




 一時間ほどあたりを見て回ったがそれらしい店はなかった。あっても武器や道具を売る店ばかりでその中には技師も居たがどれも二流三流ばかりだ。それよりもこの辺りの店ではダメなのかも知れない、こうなったらグドーに紹介してもらうか、そう考えて役所に向かおうとした。


「……たすけてください! 誰か!! 助けてください!!」


 歩行者が全員振り返るほどの大声だった、その声の主は金色の髪に翠の瞳に大きく盛り上がった女性の象徴、腰には細身の剣、服装は白く体の線を隠すかのようにふんわりとしつつも胸を強調するようにデザインされたワンピース。そして後ろからは悪漢だろうか大男と数人の部下と思しき人物が追いかけていた。

 最初女性を見て助けようとした人たちは後ろの男共を見て一瞬にしてやめたようだった。後ろの男共は明らかに手練だろう、大男は身の丈もある大きな斧、部下と思しき人物達は明らかに魔道士と言った体だ。

 確かに挑んだら厄介だろうが、それで良いのか見ている者達よ、お前らそれでも男か。


 瞬時に思考を切り替えた。


「――雷速」


 小さな声で自身の力を呼び出す、これは魔道士で言う身体強化の魔法のようなものだ。脳から人体へと命令を送るレスポンス速度を雷の速度まで上げる事でかなりの強化になる。


「――きゃっ!? 雷!?」


 金髪の女性が声を上げる時とほぼ同時に空気を切り裂く爆音が周囲に響いた。

 流石に帝都で殺しはダメだろうと私は考えカタナの背でまずは数人の魔道士の意識を刈り取り、大男に死なない程度の電撃を叩き込んだ。


「ガッ!? 体が……ぐっ」


 大男はそのまま膝をつくと気を失ったのだろうピクリとも動かなくなった。プスプスと黒い煙が体から漂い若干人肉の焼ける匂いが立ち込めたが気にしない事にした、恐らく死んでは居ないだろう。


「――え……あ、ありがとうございます」


「ああ、気にするな。誰も助けなさそうだったからな」


 カタナを納刀し、立ち去ろうと歩を進めようとすると金髪の彼女は私の前に回りこみ笑顔でこちらに語りかけてきた。


「私の名前はマリアンヌ・カルフォーチです! お礼をさせてください!!」


「いや、大丈夫だ、私はこれから――」


「遠慮しないでください!さあ!!」


 ガシっと右手を握られそのまま私は連れられて言った。

 なんというか手を引かれてどこかに連れて行かれるのは幼少期以来かな、と私は考えるのであった。






(見つけました!見つけました!私の王子様!)


 アンナが救った相手であるマリアンヌは運命の出会いだと心の底から思っていた。


 ああ、格好良かったなぁ、名前なんて言うんだろう。

 切れ長の目と言い流した髪、女性的な顔だけどイケメンには違いないし、それに身長も160センチ位かしら、でもまだまだ大きくなりそうだし、ダメよ焦っちゃ...!マリー貴女は落ち着いて可愛らしくなるのよ!


 彼女マリアンヌはいわゆる恋愛脳なのだ、お伽話のような恋愛に憧れ、焦がれているのだから。






 一見してかなりお洒落なカフェなのだろう、オープンテラスの一番端に位置する席には切れ長の目、腰まで伸ばした髪の少女――アンナが優雅に紅茶を飲みながら座りその対面にはテーブルに突っ伏ししたマリアンヌがいた。


「ふふっ……くく、そんなに私が男に見えたのか……?」


 笑いがこみ上げてくる私は久々に笑っていた。確かに女性らしさはあまりないと自分でもわかってはいるからそれほど怒る気にもなれないが、マリアンヌの先程までの必死さと女と知った時の絶望した顔が面白すぎて笑いが止まらないのだ。


「だって……あの場面で助けてくれたら男の人だって思うじゃん……運命の出会いだって思うじゃん」


 机に突っ伏しながら呪詛のように言葉を吐露するマリアンヌは通行人にも奇っ怪な目で見られていた。


「ああ、そうだまだ自己紹介をしていなかったな、私はアンナ・バルトロ・ラカイエルスト、よろしくなマリアンヌ」


「マリーで良いわよ、そっちもアンナって呼ぶわ……はぁ」


「ああ、アンナで構わんよマリー」


 やっぱり学院に入って正解だった、こんな面白い人物には屋敷の中では出会えなかっただろうし、それにこの紅茶も大衆向けであり味は屋敷のものよりは数段落ちるが気軽に飲めるのは良い。


「……はあ、ところでアンナって何歳なの? 見た感じ私より年上そうだけど」


「私は14だ、明日から学院生になる」


「14!? うっそ全然見えない……」


「む、そんなに見えないか……?」


「多分しゃべり方ね、14歳でそんなしっかりしたしゃべり方の人なんていないわよ、それも女なら尚更ね」


 実年齢より上に見られていたのは少し悲しかった。


「ていうか明日から学院生なら私と同じね!」


「話し方は癖みたいなものでな、直せんよ。マリーも明日から学院生か、私は田舎者だからな色々とよろしく頼むよ」



 


 一時間程度時間が過ぎ、日も傾き周囲が朱色に染まり始めた。

 マリーとも別れ、寮へと向かう道をゆっくりと歩きながらこれからの学院生活が面白くなりそうだなと私は思った。


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