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2.ふたり暮らし

「おはようございます。トオヤ」

 目を覚ますと、超絶に美しい男が、ベッドの傍で微笑んでいた。

 何これ夢?

 一瞬の混乱のうちに、次第に昨日のことを思い出してきた。

 スクラップ屋でローを見つけて買ったこと。それが、ティアレスだったこと。俺の目の前に立っているこいつは、売れば巨万の冨をもたらしてくれる超レアアンドロイドだっていうこと。

「あと5分ほどで、朝食の準備ができます」

 ローの言葉に、俺はちょっと驚いた。

「俺が起きる時間、わかった?」

「睡眠の深度から予測できました」

 ローは微笑んで言った。

 そうか、優秀だなと身支度を整えながら俺は思った。テーブルについて、ローが作ってくれた朝ご飯を一口食べて、しみじみ感動した。ほんと優秀……。

「今日はお出かけになりますか?」

 ローが訊く。

「ん、仕事に行く。遅番だから家出るの11時」

「了解しました」

「あ、その前にスクラップ屋に寄らないと。今日は家出るの10時半だな」

 掃除や洗濯などいくつかの用事をローに頼み、早めに家を出た。

 まず、消費者金融の自動契約機に立ち寄り、315万5千円を借りた。12億の入金予定がある今となっては、まったく不安はなかった。それより一刻も早くローを本当に自分のものにしたい。


 スクラップ屋の店のドアを開けると、ドアベルがやかましく響き渡り、その音に店主が新聞から顔を上げた。

「へえ」

 意外なものでも見るような店主の顔に、俺は眉をしかめた。

「何がへえ?」

「いや、まさか本当に金を持って来るとはね」

「来るっていったろ?」

 俺は、上着の内ポケットから借りたばかりのお金を店主に渡した。ついでに台車も返す。

 店主は、金をバサバサと広げながら、指に唾をつけてゆっくりと数え始めた。数えながら、ちらりとこちらを見る。

「借りて来たな」

「なんで。友達から回収してきたんだよ」

「ふん」

 店主は意味有りげににやりと笑うと、金をもう一度最初から一枚一枚数え直した。

「確かに。で、よかったか?」

「は?」

「アンドロイドだよ。一目惚れってやつか?そのために買っていったんだろ。で、どうだったんだ?あっちのぐあいは」

「な……」

 アホ店主の言っていることが、おぼろげながらわかってきて、俺はあまりのことに口がきけなくなった。無意味に口を開けたり閉めたりしているのをどう思ったのか、店主が追い打ちをかける。

「隠すなって。お前だけじゃない、そういう趣味の奴はうちのお得意さんにも大勢いる。しかしありゃ男性型だったが、お前さんがそっち系の趣味だったとは意外だね」

「ち……!何だよそっち系って、ふざけんな!だいたいあいつ、ついてなかったろ!」

「つまり服は脱がせたわけだな」

「……っ!!」

「領収書はいるか?」

「いるよ!」

 ひったくるようにして領収書を奪うと、俺は足早に店を出た。

 後で、もっとはっきり店主の誤解を解いておくべきかと思ったけれど、ローが超レアアンドロイドだとばれるよりはマシだと、必死に自分に言い聞かせた。


 職場の工場について、いつも通りの作業をこなした。もうすぐ、この単純作業からおさらばできるかと思えば、つらい作業もずっと楽な気持ちでこなすことができた。

 夜勤を追えた帰り道、アパートの自分の部屋を見上げて、明かりがついていることに何だか妙な嬉しさを覚えた。

「お帰りなさい、トオヤ」

 扉を開けると、相変わらず完璧な笑顔でローが俺を出迎えてくれた。

「ただいま」

 つなぎを脱いで着替えるのを、ローがさりげなく手伝ってくれる。

「食事の準備ができています」

「ありがと」

 ホカホカと湯気のたつ美味しそうな食事と、優しげな笑顔を浮かべるローを前にして、俺は幸福感に浸りながら、はたと気がついた。

 これって、まるで新婚さんみたくないか?

 その瞬間、あのアホ店主の顔が浮かび、俺はあわててその妄想を打ち消した。

 いやいや、ローはアンドロイドだから!機械だから!

 それに、俺は近いうちにローを手放すのだ。この便利さは惜しいが、12億には換えられない。

 昨日ネットで調べたところ、次のアンドロイドオークションは、二ヶ月後に開かれることがわかった。出品は一ヶ月前から受付開始される。二ヶ月後、俺は大金持ちになる。

 それまでは、ローのもたらしてくれる快適な生活を、めいいっぱい享受しようと俺は決めた。

 

 そして、俺とローの二人の共同生活が始まった。

 数日で、ローは俺の生活パターンや趣味趣向をほぼ完全に把握したように思えた。俺の仕事のシフトをあらかじめ覚え、ちょうどよい時間に目が覚めるよう、しかもその目覚めが自然なように誘導してくれる。部屋の中はいつもぴかぴかで、風呂上がりのタオルはふかふか。シーツにはピシッとアイロンがあたり、料理は絶品。ローの家事は完璧で、俺の健康状態はかってないほど万全に整えられていた。

 声をかけるタイミングや、視線の合わし方、外し方、やわらかな声と表情、会話の選び方など、ローのコミュニケーション能力は文句のつけようもなかった。動作も、例のローが自分で後付けしたアーム以外は、本当に人間と変わりがない。

 アンドロイドが嫌いな連中は、よくその理由として彼らの微妙に機械くさい動きをあげる。きれいすぎると言うんだろうか、外見はほとんど人間と変わりないのに、その動きが微妙に生き物らしくないせいで、余計に気持ちが悪いというのだ。俺も、今までショッピングセンターなんかで人間と思ってすれ違ったものが、その動きでアンドロイドだとわかり、何とも居心地の悪い気持ちになったことがある。

 でも、ローの動きにはそれがない。変な言い方だけど、気配があるんだ。そこに人がいて普通に作業しているという気配。その上、その動き方は洗練されていて、時に見ほれてしまうほど美しかった。

 ローとどういう風に接したらいいか最初迷った俺は、ローを友人だと考えるようにした。家事能力がずば抜けていて、頼りになるルームシェアしている友人。ローをお手伝いさんとか召使いとか考えるのは難しかった。だって、どう考えても俺よりローの方がスペック高いもん。俺みたいなしがない機械工が、こんなすごい奴をあごで使うなんて、無理です。萎縮してしまう。

 最初は、ちょっと身構えていたアンドロイドとの生活だったけれど、ローは本当に、一緒に暮らすには申し分の無い相手だった。


 そしてもうひとつ、ローと暮らし始めてから、俺には大きな変化があった。

 趣味の機械いじりだ。俺はちょっとした家電製品を作ってネットで売って小遣い稼ぎをしているんだけど、ある日その作業中、ローが遠慮がちに声をかけてきた。

「すみません、トオヤ。わたしが間違っていたら申し訳ないですが、この電流回路ではDCモータが過負荷になり、モータ効率およびモータ寿命の低下の原因となってしまうのではないでしょうか」

 それで俺は、ローにも機械工学の知識があることがわかり、こっちのほうもローに手伝ってもらうことにした。   

 俺の機械関係の知識は工業高校時代のぼんやりした記憶に、ネットの情報やなんかを適当に足したもので、怪しいことこの上ない。一方ローは、どこで学んだ知識なのかわからないけれど、何についてもむちゃくちゃ詳しかった。でもローは、余計なことはけして言わず、俺が悩んだりした時に、必要なアドバイスをくれる。また俺が見落としていたりすることに対して、さりげない助言をくれたりもする。

 そんなふうなので、ローと二人で作業するのは、すごく楽しかった。

 ローは、休憩するときには、最高においしいコーヒーを淹れてくれる。そして、俺が工場でおこった出来事や、周りの人の話をすると、とても興味深そうに聞いてくれた。特にローは、俺の家族や、友達や、過去の話を聞きたがった。俺の学校時代に馬鹿やった話なんかを、愉快そうに聞いてくれるローを見ていると、人と機械の違いって何なんだろうなと考えさせられた。

 ローと暮らし始めて1週間と少したった時、俺は、ローが家に来てからどこにも外出していないことに気がついた。食材の買い物は宅配ですませているし、せいぜい郵便物を取りにアパートの一階の郵便ポストに行ってもらっているくらいだ。

 機械なんだから、多分ローは何とも思ってないんだろうけれど、俺はこれでは息苦しいんじゃないかと思った。それで、どこか行きたいところはあるか聞いてみると、ローは少し考えて、

「図書館に行きたいです」

 と言った。

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