おかえり
昨日と今日、そしてきっと明日も。
とくに何も変わらない日々が続くのだろう。
多少の変化があったとしても。
失ったものは二度と戻ってこない。
大切なものを失った…。
あの日以降、欠けた日々が始まった。
それでも顔を上げればあの日以前から
変わらずに空は広がっている。
それだけが唯一の心の支え。
昨日も今日も、そしてきっと明日も。
空を見上げながら過ごすのだろう。
この欠けた非日常という日常を。
とくに何も考えず、あたしは
昨日干した洗濯物をたたんでいた。
何の気なしにひっくり返した服を見て
「うわっ!?」
大きなバッタがくっついていた。
幸というべきか?
あたしは女ながら虫は平気なたちだ。
「はぁ…。びっくりしたー」
バッタのついた服を持ったまま安心する。
「ゴキブリかと思った…」
そうだったらもう一度洗濯することになった。
そんなことを呑気に考える余裕もあった。
「ほら。ばいばい、バッタさん」
庭でバッタのついた服をふる。
しかしどういうわけか取れない。
「え?まさか死んでる?」
よく考えたら昨日干した洗濯物。
取り込んだのは昨日。
一日家の中にいたのか、このバッタは。
「おいおい…」
死という言葉は苦い想い出を蘇らせる。
「ふぅー」
思いっきり息を吹くとバッタの足が動いた。
「良かった。生きてるんだね」
その後も不思議なことに服にしがみつく
バッタをどうにか頑張って庭に放し
洗濯物を畳む作業を続けた。
もう虫のついた服はなかったが。
「何だったのかな、あのバッタさん…」
不思議な想いが心に残っていた。
これはまるで…あの時みたい。
ギュッと口を噛み締めた。
あの時。
それは不思議な声を聞いた時のこと。
歩いているとあたしの呼ぶ声が聞こえた。
だけど周りには誰も知り合いなどいない。
気の所為かと思って歩き出したらまた呼ばれた。
懐かしい声。
あたしの口が勝手に懐かしい名前を言う。
「ごめんなさい…」
あれはあいつがあたしを呼んだんだ。
死んだあいつがあたしに何か言いたくて。
あたしもあいつに謝ることができたよね?
そう思った。
今回のバッタの件も何故かその時と同じ感覚。
「まさか…!?」
あたしは慌てて庭に向かう。
そしてまどろっこしくカーテンを開ける。
「やっぱ…そうだよね…?」
堪えきれずあたしは涙を流しかける。
「もう…なんで…あはっ」
あたしはつい笑ってしまう。
「このっ!!」
窓を軽くつつく。
そこにはさきほどのバッタがいた。
まるで部屋に入りたがってるような格好で。
懐かしい名前を口にするあたし。
それに反応するようにバッタも動く。
そして、あたしたちは向き合った。
「おかえりっ」