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暁の神話~風と翼の物語~  作者: 暁焔 神楽
第1章 風と翼の出会い
7/10

Fifth Episode 精霊と愛し子

「よい、しょっ……と」


 風の民の集落の一角にある民家から、リースがそんな声を出しながら出てくる。それと同時に、待っていたと言わんばかりに柔らかな彼女の周囲に吹き始め、彼女の衣服と、彼女の密かな自慢でもある三つ編みにした金に煌く長い髪を揺らす。それは陽の光を受け、キラキラと美しく輝いている。

 彼女は大小さらに色調も様々な布の束を一杯に詰め込んだ、蔓を編んで作られたそれなりに大きな籠を細い両腕で抱き抱える様にして運んでいる。見る者が見れば、いや、普通に誰が見てもその布の束が洗濯物だと気付くだろう。二人分の衣服の他にも色々と入っているようで、既に水気を帯びている事もあって割と重そうだが、彼女はそんな様子を欠片も見せない。鍛錬の時にいつも振るっている槍の重さに比べれば、この程度の重さはどうということも無いのだろう。

 それを持って物干し竿のある場所に向かって歩いていると、集落の入口から薄い翠色の小さな丸っこい何かが複数、風に乗ってくるくると回りながら流れて来た。渓谷でヴェントも会った風の下位精霊達だ。


「あら? あなたたち……」

『リース?』『リース』『オヒサシ―』『サシブリ―?』『ヒサシブリ―』

「はい、久しぶりですね、みんな。今日はどうしたんですか?」


 リースの姿を見つけると同時に、彼女に向かって一直線に流れて来た風の精霊達が風に巻かれながらじゃれ付き、彼女の髪や首筋を風でくすぐる。その様子は、まるで主人に遊んで欲しいとせがむ子犬の様にも見える。

 彼等にじゃれ付かれている彼女はくすぐったそうに目を細め、小さくだが笑い声を漏らす。


「ふふっ、くすぐったいですよ、みんな。遊んでほしいんですか?」

『アソブ?』『アソブノ?』『ナニスル?』『ナニ?』『ナニスルノ?』


 リースがそう聞くと、じゃれ付いていた精霊達は比喩表現ではなく、実際に期待で丸い、つぶらな瞳をキラキラと輝かせた。尻尾があればぶんぶんと勢いよく振っていることだろう。完全に子犬である。

 そんな精霊達を見て、リースはクスクスと笑みを漏らす。


「そうですね……なにしましょうか?」

『ミズアソビ―』『カケッコ―』『カクレンボ―』『タノシイノ―』『ン―ト、エ―ト』

「うーん、私としては一つに絞って貰えると嬉しいんですけど。あと、あんまり悩まなくていいんですよ?」


 何をしたいか思い付かず、悩んで唸っている風の精霊にリースはふわりと、見る者を柔らかな気持ちにさせる優しい微笑みを向けてそう言う。

 彼女は籠を抱え直して、精霊達を引き連れて家の側を流れる川のすぐ近くに作られた物干し竿の所に向かう。物干し竿と言っても、間隔を開けて地面に立てた二本の木の棒に縄を結えて作った簡単なものだが。

 

「じゃあ、私は洗濯物を干しますから。何をするか決まったら言って下さいね」

『ワカッタ―』『カンガエルノ―』『キメルノ―』『ハヤク―?』『ネ―』


 着くと同時にリースは彼女について来た精霊達にそう言い、籠を置いて小さく歌を口ずさみながら洗濯物を干し始めた。それを見ながら精霊達は何をするかを考えつつ、お互いにじゃれ合いながら風を引き起こす。それがリースの肌を撫で、髪やスカート、干したばかりの洗濯物を翻らせて流れて行く。


「~♪」


 風に撫でられ、さわさわと涼しげな音を草花が立てる。それを曲にしてリースは楽しげに詩を歌う。綺麗なソプラノの歌声が詩と言う物語を孕んで風に乗り、流れる。

 川の上で風を起こして水を操り、飛沫を散らしながらじゃれ合っていた風の精霊達はその歌を聞き、踊るように風に乗って歌を口ずさむリースの側に流れて行く。


『リース』『リース』『キイテ』『キ―テ?』『リース、キ―テ』

「ん? なぁに?」

『キメタ―』『キメタノ』『キマッタノ』『ケッテ―シタノ』『ケッテ―』

「そうですか。じゃあ何をするのか、私に教えてくださいな?」


 精霊達の言葉にリースは微笑みながら、可愛らしく首を傾げた。そんな彼女の周りをフワフワと楽しげに飛び回りながら、精霊は何をしたいかを彼女に言う。


『ウタ―』『ウタナノ』『ウタニシタノ―』『ウタガイイノ―』『ウタ―』

「歌、ですか? 遊びじゃなくて?」

『……イヤ?』『リース、イヤ?』『ヤ―、ナノ?』『リース、メ―ワク?』『メ―ワク、ナノ?』


 精霊達の言葉にきょとん、とした顔を向けてリースが問うが、それを聞いた途端彼女の周りを飛んでいた精霊達が一様に不安そうな声で聞く。


「い、いえ、別に嫌と言う訳でも、迷惑と言う訳でもないですよ? ただ、ちょっと予想していたのとは違って落ち着いた感じのものでしたから、少し驚いたと言いますか……ああっ、そんな泣きそうな顔しないで下さいっ!?」


 酷く残念そうな、それこそ今にも泣き出しそうな表情を浮かべた風の精霊達を見て、悪い訳でもないのに罪悪感を抱いたリースは慌てた様子で手を振りながら彼等の言葉を否定する。『愛し子』として精霊達に惜しみない愛情を抱かれている彼女だが、同時に彼女自身も精霊達を愛している。流石に血の繋がった、たった一人の家族であるヴェント以上とまでは行かず、向ける愛情も構って欲しいとじゃれて来る子供に対するそれに近いが、それでも深い愛情を彼等に抱いている事には間違いない。

 しかし、子供は自分の思い道理に行かない事等があると泣き出したり暴れたりと、癇癪を起こす事が多い。それは程度にも寄るが、場合によっては親でさえも辟易とさせるものになる。

 現在、彼女の周囲に浮遊している精霊達の精神構造は下位精霊、しかも風の精霊と言う事もあるのか小さな子供のそれに非常に近い。風は気紛れであるため、それが影響しているのだろう。

 流石に風の精霊より加護を与えられた『愛し子』であるリースに物理的な迷惑をかけることはしないだろうが、精神的なそれはかけてしまうかもしれない。現に、彼等はまだ泣きそうな目をして彼女を見ている。

 そんな精霊達を見て、リースは何とか泣き出さないようにしようとしてわたわたと慌てている。その様子は、自分が苦手とする事柄から逃げようとしている様にも見えた。

 世界で現在最も年若い加護持ち、『風月の愛し子』リース・フォルセティ。好きな物は、兄と歌と家事全般、村の周りの風が吹く草原。嫌いな物は孤独と、家族を傷つける者。そして一番嫌いで、かつ苦手な物は、自分よりも小さな子供の泣き顔である。

 精霊達に寿命と言う概念は無い為、目の前に居る精霊達は彼女よりも年上の可能性は大いにあるが、懐かれている彼女からしてみれば十歳以下の子供にしか思えないのだ。

 

「あああ、みんな落ち着いてください、泣かないで下さい! 歌がいいのなら喜んで歌いますから! ですから、お願いですから泣かないでください!?」

『……ホント?』『イ―ノ?』『ヤ―、ジャナイ?』『メ―ワクジャ、ナイ?』『ウタッテ、クレル?』

「迷惑だなんて思っていませんし、嫌だとも思いません! 歌ですよね!? どんな歌がいいですか!?」


 不安そうにリースを見つめる精霊達に焦っているのか、普段の彼女らしくない強い語調でどんな歌がいいかを聞く。が、その口調の激しさに精霊たちはビクリと反応し、さらに顔を泣きそうに歪ませる。どうも、さらに怯えさせてしまったらしい。リースの反応から怒っていると思ったのだろうか。

 どうする。リースは怯え、泣きそうな顔で自分を見る精霊達を前に焦る思考でそう思う。泣かせない様に聞こうとしたのに、逆に怯えさせ、泣かせてしまっては意味が無い。

 今までにも何度かこの様な事はあった。それはお菓子作りをしている時であったり、兄の笛を借りて吹いている時であったり、両親の墓の手入れをしている時であったりした。そう言う時は作ったばかりのお菓子を上げたり、慣れない笛で楽しげな曲を精一杯吹いてみたり、手入れが終わった後にたくさん遊んであげて機嫌を取っていた。

 しかし今は、手持ちにお菓子も笛も無い。あるのは風に吹かれてたなびいている、干したばかりの洗濯物を入れていた籠だけだ。


(ど、どうしましょう! 思わず強い感じの声を出してしまいました!? 怯えさせるつもりなんて欠片も無かったのに……!)


 咄嗟だったとは言え、精霊達を怯えさせる様な声を出してしまったリースは焦る。今の彼等の状態では、何もせずとも泣きだしてしまうだろう。それも、そう時間をおかずに。

 泣かれるのは嫌だ。怒りをぶつけられたり、駄々をこねられるのはまだいい。

 しかし泣かれるのだけは嫌だ。自分でも何故ここまで苦手と感じているのかはよく分からないが、とにかく泣かれるのだけは絶対に嫌だ。

 今この場に兄が居てくれればどうにかしてくれただろうか。そう思うが、何故か風で吹き飛ばされるイメージが脳裏に思い浮かんだ。

 何故? と思うが、同時に納得している自分が居る。おそらく風の精霊達が機嫌を損ねたら、誰に対しても想像通りの行動に出て吹き飛ばすのだろう。それを自分がされていないのは、自分が彼等に祝福を受けて生まれた『愛し子』であるから。でなければ、自分もとっくに吹き飛ばされている筈だ。


(……どうして、私だったのでしょうか……?)


 今までに何度か抱いた疑問に、心が暗くなる。気分が沈む。

 思うのは“何故、自分が『愛し子』に選ばれたのか”だ。

 どのような生命も、生まれた時には無垢その物と言って良い。透明な時でもあるその時には誰も彼もが精霊に愛され、『愛し子』となる可能性を持っている。

 しかし精霊達に愛され、『愛し子』に選ばれる者はほんの僅かで、選ばれた者達は一生を畏敬、或いは憧憬を込めた目で見られる。

 『愛し子』となるには二つの方法がある。一つは、生まれたばかりの赤子の時に精霊に気に入られ、加護を与えられる事。リースを含め、六人がこれにより『愛し子』となった。

 もう一つは、下位・上位精霊或いは神霊に愛される程にまで、自ら望んで力を貸したいと思われる程にまで好まれる事だ。だがそれは簡単なようでいてその実、極めて難しい。

 何故なら精霊は心に非常に敏感だ。彼等は嘘を吐く人間や、自分を偽る者、欲望に忠実な者の事を極めて嫌っていると言って良い。

 無論、全ての精霊がそうだと言う訳ではない。人間に個性がある様に、精霊にもそれは存在する。そう言った者を好む捻くれた考えを持つ精霊も居るには居るが、しかし、基本的に精霊は純粋な者や正直者を好む傾向にある。

 人間全てがそうだと言う訳ではないが、人は歳を経るごとに欲深くなり、嘘を吐き易くなっていく生物である。その為、まだ純粋な幼少期はともかくとして、成長しきった大人になってから『愛し子』になれる可能性はそれこそ万に一つ、もしくは億に一つと言った具合だ。どのような試練よりも難しいだろうこの方法で『愛し子』となれたのは、今代では一人だけだ。


 彼女は現在、世界で七人しか存在しない『愛し子』の一人だ。七人中最も若い七人目で、さらに自分に加護を与えたのが下位精霊なのか上位精霊なのか分からない身ではあるが、その身に宿す力の大きさは、其処らに居る理術師達のそれを軽く超越してしまっている。

 その力の所為で、彼女は幼い頃に人間の友人と言う存在がほとんどと言って良い程作れなかった。集落に居る歳の近い少年少女達は皆、彼女が『愛し子』だからと言う理由でその力を畏れ、或いは嫉妬し、離れて行った。たとえ友人が出来たとしても、何らかの理由で彼女の力が暴走する事を恐れた子供達の親によって怪我をしない様にと引き離された。人は強大な力に憧れを持ちながら、同時に酷く恐怖する存在である。

 その為に幼少期、リースは孤独だった。好んで話しかけて来る者はほとんどおらず、近付けば罵声こそ浴びせられなかったものの、多少だが恐怖を孕んだ目で大人達に見られた。子供は視線や雰囲気に酷く敏感である。特に幼い子供には、それらはある種猛毒の様な物で、人間不信や対人恐怖症に陥らせる可能性を多分に含んでいる。

 あの時の彼等の視線を、リースは未だに、鮮明に覚えている。


『……リース?』『リース』『ド―シタノ?』『オコッテル?』『オメメ、コワイ』

「え? あ……いえ、何でもありません。少し、考え事をしてて……大丈夫です、怒ってはいませんよ。さっきはちょっと、慌てていて大きな声を出してしまったと言いますか。怯えさせてしまってすいません」


 しかし彼女は人間不信や対人恐怖症等にはならなかった。それは兄であるヴェントと今は亡き二人の両親、風の精霊達、そして血の繋がりは無いがもう一人の母の様に慕っているフィーネが積極的に話すなどして深い孤独を感じない様にかまったからだ。

 そのおかげか、リースは生まれてから現在に至るまでの十六年間、一度も『愛し子』としての力を暴走させる事無く健やかに、真直ぐに成長した。今では集落でも指折りの美少女で器量良しとして、歳の近い少年達に想いを寄せられていたりする。

 尤も、子供の頃の事もあってそう言った者達は、ヴェントがリースに気付かれない様に動いて近寄らせない様にしているのだが。

 

『ソ―ナノ?』『ダイジョ―ブ?』『ヘ―キ?』『ガマン?』『リース』


 黙ってしまっていたリースに、精霊達はまだ若干の怯えを見せながらも近寄り、心配そうに見つめる。

 そんな精霊達にリースは心配無いと微笑みかけ、手を差し出して彼等を優しく撫でた。擽ったそうに撫でられた彼等は目を細める。


「大丈夫ですよ。平気ですし、我慢もしていません……歌は、私が決めても良いですか?」


 そう聞くと、精霊達は彼女の周りをゆっくりと、しかし楽しそうに廻り始めた。どうやら文句などはないらしい。

 そんな彼らを引き連れてリースは集落から少し離れた草原に進んで行き、草の海から僅かに顔を出している岩に腰掛けた。流れる風が彼女の体や草原を撫で、さわさわと音を立てながら流れて行く。

 それを感じながらリースは目を閉じ、すっと息を吸い込み歌いだした。


「空色の風が 髪を撫でるよ

 ふわり吹いて 優しく、柔らかに

 あなたの元へと運んで行くの

 懐かしい想いを


 風が吹く草原で 詠うのは 優しい思い出の(うた)

 風に乗せ 空の彼方へと響く様に

 届く様に声を放とう


 遠い場所(ところ)に あなたは行くの

 私も知らない 名前さえ聞いたことのない場所に

 瞳を輝かせて

 不安と ちょっとだけの憧れを胸に抱いて

 草原を駆けて 遠い場所に


 あなたは今、何を想うの

 家族のことを 想っているの?

 友達や恋人のことかしら?

 それとも遠い 故郷(ふるさと)のことを想っているの?


 きっとこの手は あなたに届かない

 きっとこの声も あなたには聞こえない

 だけど私は詠い続ける

 蒼空を見上げながら 刹那と言う名の永遠の中

 風の旋律を 声高らかに(そら)へと放とう

 いつか あなたに届くと願って


 たとえ世界の果て 時の果て

 手が届かない場所に 居たとしても

 あなたに この歌を届けたい

 今はもう遠い 思い出の(うた)


 どこまでも流れ行く この風に乗せて

 想いと一緒に 声高らかに天へと放とう

 今はもう遠い 故郷の詩を

 懐かしさ詠う 空色に染まる望郷歌(ノスタルジア)を」

 

 紡がれる歌を聞いて、彼女の周囲を回ってはしゃいでいた精霊達も黙る。

 彼女の口から流れる様に紡ぎ出されるのは、旅に出て遠くへと行ってしまった人を想って作った詩。誰も居らず、精霊達が聞く中、ただリースが詠う声だけが草原に流れて行く。

 そして彼女が詠い終わった後、何処か哀しげなそのメロディは、風に乗って消えて行った。


「……その、どうでした?」


 詠い終わって閉じていた目を開き、彼女の前に浮く精霊達にやや恥ずかしそうに頬を染めてそう聞くリース。歌は好きだが、誰かに聞かせたりすると言うのは恥ずかしいものがあるのかもしれない。

 しかし精霊達は何も言わず、ただ彼女の周囲を楽しそうに舞うだけだった。どうやら、お気に召しはしたらしい。内心で、ほっと一息吐く。


『リース』『リース』『オシエテ』『オシエテ』『ウタノ』

「教えてって、何をですか?」

『ダイメ―』『ナマエ―』『ウタノ―』『イマノ―』『ダイメ―』


 急に教えてと言われて何をと戸惑ったが、どうやら精霊達は彼女が詠った歌の題名を知りたいらしい。

 そんな彼等を見て、リースは僅かに苦笑する。


「題名ですか。実は考えてないんですよね」

『ソ―ナノ?』『ナイノ?』『ナマエ?』『ムメ―?』『ナナシノウタ?』

「そうなりますね。そうだ、もし良かったら名前を考えてくれませんか? 私も考えますけど、良い名前が付くかも知れませんし」

『イイノ―』『ワカッタノ―』『カンガエル―』『ナマエ―』『ル―?』


 リースの言葉に口々にそう返し、精霊達は彼女の周囲を舞い踊る。

 しかし直後、渓谷の方から強い風が吹いた。その風を受けて、フヨフヨと浮いていた精霊達は動きを止め、渓谷の方を向いた。


「どうしました?」

『モドッタ』『ヴェント』『モドッテキタ』『モウヒトリ』『イッショ』

「兄様が? いえ、それよりもう一人って?」


 急に動きを止めた精霊達に問い、リースはその返答に疑問を持つ。兄は一人で渓谷に行った筈だし、彼が行くよりも前に渓谷に向かった集落の人間は居ない筈だ。それなのに、戻ってきたのがヴェントともう一人とは、どう言う事だろうか。


『イッショ』『ヴェント』『ケガニン』『イッショ』『オオケガ』

「!?」


 だがその疑問は、彼等が言った「大怪我」と言う言葉で微塵と砕けた。

リースの脳裏に大怪我を負い、血塗れになったヴェントの姿が浮かび上がる。精霊達の言葉を冷静に聞いていれば、大怪我を負っているのはヴェントと一緒に居るもう一人の方だと分かりそうなものだが、つい三週間前に彼は熊と戦い大怪我を負ったばかりだ。


 もしかしたら、たった一人残った兄まで自分を置いて逝ってしまうかもしれない。彼女にとって、最悪のイメージが脳裏に浮かぶ。


 ――嫌だ。家族を失うのはもう、嫌だ。


「あにっ、兄様ぁっ!!」


 居ても立っても居られなくなったか、気付けば彼女は走りだしていた。現在の自分が出せる最速で、兄の安否を確認する為に。


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