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第1話 ミネバ・アーランド(未来の悪役令嬢)

目を覚ましたアーク――いや、ミネバ・アーランドは。

のそりと身体を起こすと、すぐに形容しがたい違和感を覚えた。


「……なんだ、この身体。重い……いや、軽すぎるのか? というか、全く力が入らねぇ……」


鏡の前に立つ。

正確には、狼狽する侍女に抱えられて、無理やり立たされた。

そこに映っていたのは――。

淡い金髪をゆるやかにウェーブさせた、あどけない少女の姿。

頬はもちもち。手足はふにふに。

胸元は当然のごとく、真っ平らな地平線。


「……ちょっと待て。誰だ、これ」


否、疑いようもない。

鏡の中でマヌケに口を開けているのが、今の自分――ミネバ・アーランドだ。


かつて拳一つで銀河を粉砕し、

剣を振れば神すら斬り伏せた“最強の戦士アーク”の面影は、微塵もなかった。

鏡の向こうにいるのは、ただのぷにぷにとした幼女。

まばたき一つが愛らしく、吐息を漏らすだけで尊さが溢れ出すような、究極の愛玩存在。


「……俺、こんなんだったっけ……?」


恐る恐る、手を握ってみる。

――ぷに。

自分の頬を、指でつねってみる。

――ぷにゅ。


「…………」


じっと、鏡の中の自分を見つめる。

前世のアークは、己の武勇と同じくらい、その端正な容姿を愛していた。

控えめに言って、重度のナルシストだったのだ。

そんな彼の審美眼が、現在の自分を冷静にジャッジする。


(……やべぇ。俺、今めっちゃかわいい)


――広くて静まり返った自室。天蓋付きのベッド、銀の燭台、そしてぬいぐるみだらけのソファ。

その甘い空間の中に、ひとつだけ異質な存在があった。

世界を救った英雄、アーク。

今はただ、小さな身体で自分より大きな犬のぬいぐるみを抱きかかえている。


「……こんなバカでかい犬を抱いて、物思いにふける日が来るとはな……」


ミネバ・アーランドとして目覚めてから数時間。侍女たちの喜びの涙、家族の過剰なまでの安堵。

そこにあるのは、まるでおもちゃ箱をひっくり返したような、宝石のようにキラキラした世界だ。

だが、アークの魂は納得していなかった。


「……おかしい。俺は、あの時たしかに『消えた』はずだ」


最大にして最高のライバル、アレクとの最終決闘。

神を超え、宇宙を越え、究極を超えた一騎打ちに敗北して、存在そのものが崩壊したはずだった。

魂も記憶も、ひとかけらも残らないはずだった。なのに今、自分はここにいる。しかも、あの不可解な『声』を聞いたあとで。


『……助けて……だれか……』


確かに、誰かが叫んでいた。

あれは死の間際の幻覚ではない。あの切実な叫びが、自分をここ(異世界)へ呼び出したのだ。


「まるで――誰かに『呼ばれた』みたいだった、そして呼んだのは恐らく、このミネバ・アーランド」


ぷにぷにの頬をぬいぐるみに押し付けながら、アーク――いや、ミネバは目を閉じる。


「……ま、調べてやるさ」


転生した理由など、今はどうでもいい。

再び生のチャンスを得たのだから


朝。

ミネバ・アーランド――かつて英雄アークと呼ばれた存在は、純白の羽毛布団の中で目を覚ました。

窓から差し込む、柔らかな陽光。小鳥のさえずり。

すべてが平和すぎて、かえって毒を盛られたかのような錯覚さえ覚える。

――その静寂を、乱暴な足音が踏みつぶした。


「ミネバ! 起きているのかッ!?」

「もう……! オルキスったら! 廊下を走らないでって言ったでしょう!」


扉が勢いよく撥ね飛ばされ、一人の男が飛び込んできた。

金の装飾が施された豪華な服を纏った男――父、オルキス・アーランド。

その後ろから、美しい亜麻色の髪を揺らして母、エミリアが続く。


「よかった……本当によかった……っ!」


二人はベッドに駆け寄るなり、ミネバを壊れ物を扱うように、けれど力強く抱きしめた。

オルキスの腕は岩のように逞しく、エミリアの抱擁は日向のように温かい。

二人からは、一切の計算も裏切りもない、純粋な『無償の愛』が奔流となって伝わってきた。


「お前の容態が急変したと聞いたときは、もうダメかと……。ああ、目を覚まして本当に良かった!」

「ごめんなさいミネバ……。もう二度と寂しい思いなんてさせないから。もう、大丈夫だから……!」


……おいおい。待て。この感情は、なんだ。

アークだった頃の俺なら、こんなものは鼻で笑って一蹴していただろう。『情は成長の足を鈍らせる』。それが、宇宙の覇道を歩むアークの自論だったはずだ。


それなのに――。なぜか、視界が熱い。

意識とは無関係に、ミネバの小さな指先がオルキスの服をぎゅっと掴んでいた。


「……ぱぱ……まま……」


声が震える。喉の奥がキュッと締め付けられる。

こんな弱々しい反応、自分らしくない。断じて、俺様らしくない。――なのに。涙が、止まらない。


「……ありが、と……」


絞り出すようなその一言に、両親はさらに強く娘を抱きしめた。


それは、本来の体の持ち主である"ミネバ"のものだった、そしてアークはもやもやした感情を抱えながら、それを拒むことはできなかった。


(……ちくしょう……なんだこの“あったけぇ”の……)

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