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酸素はタダだと思ってた。2500年の未来で少女は深呼吸!  作者: くろねこ
序章:灰色の静寂と、透明な毒

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5. 初めてのお散歩

「いい、ななみ。絶対にヘルメットは脱がないこと。手首でもなんでも少しでも素肌を出しちゃダメよ」


地下室に引きこもって二週間。私はついに外へ出る許可をもらった。


ライラが作ってくれた防護服は、見た目はツギハギだらけだし中身もスカスカ、病原体、タイラント・セルを遮断する機能もない。唯一、大気管理連合や環境再生帝国がもつ生命スキャンをカットする機能だけが入っている。


タイラント・セルをカットするためのフィルターも、見た目は本物だけれど、ただの換気ファンがついているだけ。


「だって、本物のフィルターを入れるお金、もったいないじゃない」


まぁ、いいんだけどさ、言い方ってものがあるでしょ?


ハッチを開け、プラズマの膜を通り抜ける。


再び、あの灰色の世界。


けれど、今度は少し違って見えた。


「……わあ。あのビル、あんなに高かったんだ」


ヘルメット越しに見る廃墟の街は、どこか神秘的だった。


人間が消え、機械のパトロールだけが巡回する静寂の都。


防護服に取り付けたファンから2500年の生々しい空気が流れ込んでくる。


ライラが言うような焼けるような痛みはない。


ただ、少しだけピリッとした、炭酸水が鼻に抜けるような刺激があるだけだ。


そして、何より驚いたのは匂いだった。


錆びた鉄の嫌な感じはあるものの、それだけでは無い、複雑に絡み合った様々な匂い。


「……ライラ、あっち。あっちから、何かの匂いがする」


「匂い? フィルター越しに匂いなんてするわけないでしょ。センサーの故障じゃない?…ってフィルター無いんだったわ……。」


「私の鼻が言ってるの! なんか……懐かしくて、甘い匂い」


私はライラを引っ張って、崩れた高架下の方へ走った。


瓦礫の山を乗り越え、鉄クズの隙間を覗き込む。


そこには、一輪の小さな、本当に小さな花が咲いていた。


それは、202X年の図鑑にも載っていないような、蛍光色に光る奇妙な花だった。


けれど、その花びらからは、確かに命の香りがした。


「……嘘。こんな汚染区域に、自生の植物……?」


ライラが、防護服越しに絶句した。


彼女は震える手で分析デバイスを向けた。


「タイラント・セル含有量……致死レベル。でも、この植物はタイラント・セルを糧にして成長してる?…。」


私は、その光る花をグローブ越しの指先でそっと撫でた。


花は私の刺激に反応するように、一層強く輝き、そして甘い匂いも濃くなる


「この世界、死んでるわけじゃないんだね」


「……。あんたといると、自分の常識が崩れていくわ」


ライラは溜息をついたけれど、その声はどこか優しかった。


「病原体の濃さと甘い匂いは関係があるのかしら?……ねぇ、このお花持って帰ろうよ!」


「バカ、ダメに決まってるでしょ!致死量のタイラント・セルを含んでるのよ!?」


悲壮的に叫ぶライラを見て、この世界はやっぱり理不尽だと思った。






それから一ヶ月。


私の生活は、この2500年に定着しつつあった。


午前中は、ライラのホログラム回路弄りを後ろから眺めてお勉強。


私は21世紀の勘で、「あ、これ繋がるんじゃない!」とか「これ、ここに使えるかも」と、口を出してはライラに煙たがられている。


でもほんと偶にライラが気づかなかった価値を、私の指摘からライラが発見することもある。つまり私は店の売上に貢献しているのだ。たぶん。


午後は、未来のキッチンで創作料理。


フレーバー・キューブを組み合わせて、「テリヤキ・ピザ風ペースト」や「ピスタチオアイス風ゼリー」を開発するのが日課だ。


基となる味成分が違うキューブを組み合わせて自動で指定した料理の味を作ってくれるのだけれど、自分で組み合わせたっていいのだ!


ライラは最初「効率が悪い」と文句を言っていたが、今では「……ななみ、今日のデザートはちゃんと美味しいんでしょうね?」と聞いてくれるようになった。


3日に1 回くらいは成功する。


夜は、二人でホログラム・シアター。


ライラいわく、これは贅沢品らしい。けれど、彼女の店にあるジャンクパーツを組み合わせれば簡単に作れるみたい。


私が記憶している昔の映画やアニメの記憶を映像化しながらのおしゃべりタイム。


「21世紀の女の子は、こんなに恋愛に命をかけてたの? 」


脳波から直接読み取らせてホログラム投影することもできる。


「前髪が命より大事なの?脳のデータ、バグってない?」なんて言い合いながら、私たちは笑う。


ライラがジャンクから直した加湿器からは、202X年の森の香りを再現したミストが漂う。


「ねえ、ライラ。私、ここに来てよかったかも」


ベッドに寝転がりながら、私は天井に映る疑似的な星空を見上げた。


「……バカね。明日には捕まって解剖されてるかもしれないのに」


「その時はその時だよ。今は、このフカフカのベッドと、ライラが淹れてくれた最高(私好みに完璧アレンジ)のハーブティーがあるし」


体温を感知して自動で最適な箇所をマッサージしてくれる機能がついている。


「あぁ~……。これ、202X年にあったら、100万円しても買ったかも……」


「古の人類って、みんなそんな感じなの?」


「さあ? 」


「……。おやすみ、ななみ。あんたの楽観主義は、最強の武器ね」


「おやすみ、ライラ」


私は、空気を深く吸い込んだ。


少しだけ鉄の味がする、けれど私を未来へ繋ぎ止めてくれる、大切な空気。


……けれど、平和な日常の背後で、私たちはまだ気づいていなかった。


ジャンク屋の周囲を、音もなく巡回する大気管理連合の監視ドローンの数が、昨日から三倍に増えていることに。


そして、そのドローンが送っている映像の先では、一人の男が見開いた眼で見つめる。何かを探すように。

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