27. 最終話、ななみの暴走
エリアスさんのお墨付きをもらってからというもの、私の第13管理エリアでの立ち位置は、もはやVIPを通り越して歩く聖域みたいな扱いになった。
「ななみ様、本日のご予定はいかがいたしましょうか? 街のメイン通りを封鎖して、清浄化のパレードを行いましょうか?」
「ななみさん、その……喉の調子を整えるためのナノミスト吸引器(最上位モデル)をご用意しましたわ。これで喉を傷めることなく息を吹きかけられますわ!」
ボルスさんとセレンさんが、必死な顔で私の後ろをついてくる。
この前までの「解剖してリソースを抜き出そう」なんて言っていた冷酷なエリートたちはどこへやら。
今の彼らにとって私は、機嫌を損ねればエリアス・ヴァイン卿の雷が落ちる、恐怖の対象でしかないらしい。
でも、エリアスさんに「存分にやるがいい」と言われたんだ。21世紀の感覚をそのまま持ち込んだ私が、このガチガチに管理された暗い2500年の未来を、私のセンスで変えさせてもらうことにした。
「……よし、次はあれ。あの変なトゲトゲの塔をお掃除しよう!」
私が指差したのは、路地裏の広場にそびえ立つ、高さ5メートルほどの不気味な黒い柱だった。表面は凝縮タイラント・セルがカサブタみたいに何層にも重なっていて、まるで猛毒を吐き出す巨大な炭の指みたいに見える。
「な、ななみ様! あれは24世紀初頭に設置された大気感情同期スパイアの残骸です!街のストレスを光の色で示す装置でしたが、今は完全に汚染され、近づくだけで防護服のフィルターが焼き切れる死の特異点となっております!」
ボルス局長が慌てて叫ぶ。セレン管理官も、計測器の数値を見て顔を真っ青にしていた。
「あんな高密度の汚染源、放置するのがこの街の鉄則なんです!」
「いいの。汚染が濃ければ濃いほど、私の拡散反応はすごくなるんでしょ? 自分で言ってた理論を信じてよ」
私はライラの止める手もひらりと交わして、その黒いトゲトゲの前に立った。
近くで見ると、黒いヘドロが脈動しているみたいで、本当に気持ち悪い。
でも、この下にはきっと、かつての人たちが作ったものが隠れているはずだ。
私は大きく息を吸い込んだ。肺の奥で、私の体温と混ざり合った酵素が、シュワシュワと熱を帯びるのを感じる。
「……はぁーーっ!!」
思い切り、そのトゲトゲの根元に息を吹きかけた。
――パキパキパキパキッ!!
氷が砕けるような、あるいはクリスタルが成長するような、澄んだ音が響き渡った。
私の呼気が触れた一点から、白銀の閃光が稲妻のように塔のてっぺんまで駆け上がっていく。
瞬間的拡散反応。エリアスさんの言った通りだ。毒が濃い場所ほど、私の力は爆発的に連鎖する。
数百年かけて積もった真っ黒なヘドロが、内側から弾けるようにして透明な粒子に書き換えられていく。その光景は、汚れた殻を脱ぎ捨てて宝石が現れるみたいで、何度見ても飽きない。
光が収まったとき、そこにあったのは――。
「……わあ、すごい! 浮いてる!」
黒いトゲトゲの正体は、透明な特殊合金と重力制御ユニットで作られた、芸術的なフローティング・ライト・スパイアだった。
中央の芯となるパーツから、数枚の透明なパネルが空中に浮いてゆっくりと回転している。
「ば、馬鹿な……。あんな死の塊が、かつての感情同期モードを維持したまま再起動したというのか……?」
セレン管理官が、信じられないものを見る目で計測器を振り回している。
「これ、いいじゃん! ボルスさん、これをもっと面白くしようよ」
「は、はあ……。どのようになさるおつもりで?」
「このパネル、今は淡い青色だけど、変えられるようにして。あ、あと、街の全ドローンのライトと連動させて、誰かが良いことをしたり、美味しいものを食べたり、幸せを感知したら虹色に光るように設定してよ」
「な、ななみ様……。それは監視システムの回路を大幅に書き換えることになりますが……」
「エリアスさんが自由にしろって言ったんだから、いいよね? セレンさん、回路の書き換え、得意でしょ?」
「……ヴァイン卿の……研究のため、いえ、ななみさんのご要望通り、全力で書き換えますわ」
エリート技術官のセレンさんが、泣きそうな顔で重力制御ユニットのハッキングを始めた。
私のセンスはこれだけじゃない。
「あと、このスパイアの周りに、あそこの光ってるパネルを敷き詰めて。そこに足跡をつけたら、その形に光が残るようにしてほしいの。子供たちがケンケンパして遊べるように!」
「……軍用素材を、子供の遊び道具に……?」
ボルス局長が脂汗を流しながらメモを取っている。さらに私は、後ろをゾロゾロついてくる警備ドローンを捕まえた。
「このドローンたち、ウサギにデコって。うーん、ただ浮いてるだけじゃつまんない。スパイアから流れる音に合わせて音楽を流して、簡単なダンスを踊るようにして。ほら、みんながマネできるように簡単なステップを教えてあげてよ」
「デコったドローンに……ダンスを……。……承知いたしました……」
もはや、第13管理エリアの幹部たちは、私の奇想天外な要求に振り回される大道具係になり下がっていた。
ライラが横で「あんた、本当にこの街をひっくり返す気ね」と呆れながらも、その瞳には少しだけワクワクした光が宿っている。
「いいでしょ、ライラ。2500年の地球には、もっと無駄と遊びが必要だよ。エリアスさんも、この結果を見れば、新しいアイデアが浮かぶかもしれないし!」
私は、輝きを取り戻して虹色に点滅し始めたスパイアを見上げて、満足そうに頷いた。
空は相変わらずドス黒い紫だけど、この広場だけは、私の吐息でパキパキに浄化されて、なんだか未来のテーマパークみたいな空気が漂い始めている。
「よし、次はあそこの配給用ダクトを浄化して、甘い香りのナノミストを出すように改造しにいこう! ボルス局長、バニラとかイチゴの香料、大至急用意して!」
「は、はいいいいいっ!!」
「資源はエリアスさんに用意してもらえば大丈夫だよ」
ドスドスと走り去る局長の背中を見送って、私はもう一度大きく深呼吸した。
私は、止まらない。この絶望的な未来を、もっとハチャメチャで、もっとカラフルな世界に塗り替えてやるんだから。
ここまでお付き合いいただきありがとうございました。
ななみの物語はこれでおしまいです。
次は、この世界観を保ったまま、全く話が変わる新作を投稿します。
科学要素が強くなるので好みは分かれるかと思いますが、
宜しければそちらもご覧ください。
https://ncode.syosetu.com/n4867lx/
1億人が住む月世界、30年後に酸素が尽きて全員窒息?




