26. エリアスの援助
中央浄化ユニットでの一件の後、私は第13管理エリアの救世主なんて呼ばれるようになったけれど、現実はそんなにキラキラしたものではなかった。
あの後すぐに、私の生活をサポートするという名目で新しい組織が作られた。
でも、その実態は、私をこの街でどうやって浄化をさせるかを話し合うための、大人たちの集まりだった。
今日もジャンク屋の奥で、街の幹部たちが険しい顔で集まっている。
「ななみ君。我々は、この街を数十年かけて、少しずつ、確実に浄化していく計画を立てた」
生産部門のボルス局長が、真剣な目で私を見た。
「君の力で数値を一気に跳ね上げさせるのは避けてほしい。そんなことをすれば、連合のエグゼキューターに即座に察知される。君には、毎日決まった時間に、極々わずかな量だけを浄化に回してほしいんだ」
「数十年……。そんなに長くかかるんですか?」
私が呆然として聞き返すと、技術官のセレンが冷たく補足した。
「目立たないことが、この街で生き残る唯一の戦略なのよ」
「……あの、それならエリアスさんに相談して、守ってもらうのはどうですか?」
私の言葉に、幹部たちはきょとんとした顔をした。
「……エアリス? 誰だ、それは」
「あ、エリアスさんです。とっても頭が良いんですよ。ちょっと繋ぎますね」
私はライラの心配そうな視線を感じながらも、手元の通信端末を操作した。
エリアスさんとは、ここに来てからも定期的にやり取りをしていた。ポチみたいなドローンが私の凝縮された呼気を回収して、彼のもとへ届けてくれているからだ。
「……繋がった。エリアスさん?」
ホログラムが空間に揺らめき、見慣れた、でもいつもより少し疲れ気味なエリアスさんの姿が映し出された。
幹部たちは、突然現れた見知らぬ青年のホログラムを、訝しげに見つめている。
「……ななみか。急にどうした。例の凝縮酸素の回収は明日の予定のはずだが」
エリアスさんの声は相変わらず無機質で、でもどこか安心感があった。
「あの、エリアスさん。実は街の人たちに私の力がバレちゃって。今、新しい組織とかができちゃって大変なんです」
「……何だと?」
エリアスさんの表情が、一瞬で凍りついた。
「おい、君。ななみと親しいようだが、一体何者だ?」
ボルス局長が、横柄な態度でホログラムに詰め寄った。
エリアスさんは無言で、ボルス局長の顔を画面越しに眺めた。その瞳の奥に、冷徹なまでの知性が宿る。
「……第13エリアの統括か。自体はだいぶ深刻なようだな」
エリアスさんが軽く指を動かすと、彼の背後に評議会の紋章が浮かび上がり、彼のステータスが幹部たちの端末に強制的に表示された。
「……なっ……!? 大気最高評議会……!?」
セレンが叫び声を上げ、持っていた端末を床に落とした。ボルス局長は、あまりの衝撃に膝をガクガクと震わせ、その場に崩れ落ちそうになった。
「あ、あなた様は、もしや……評議会議員でございますか?」
「……。君たちの礼儀については後で追求しよう。ななみ、説明しろ。この3日間で何が起きた」
私は、中央浄化ユニットを直したこと、幹部たちが私を監禁したり解剖したりしようと議論していたことを、正直に話した。
エリアスさんの顔から感情が消えた。
「……監禁、そして解剖、だと?」
幹部たちは真っ青になり、必死に手を振って否定し始めた。
「そ、それは誤解です! あくまで街を救うための極端な仮説の一つとして……!」
「黙れ」
エリアスさんの一言で、部屋は静まり返った。彼は信じられないというように、私と幹部たちを交互に見つめた。
「私は、ななみの存在がこれほど早く露見するとは思っていなかった。彼女の浄化能力は、本来は広大なエリアの数値を一気に変えるようなものではないからだ。清浄化の量そのものは、微々たるものなのだよ」
ここで、セレンが震える声で口を挟んだ。
「……微々たる、ですか? ですが卿、彼女は、あの中央ユニットの奥に固まっていたタイラント・セルの塊を、一瞬で、溶かすように浄化してしまったのです! あの光景は、とても微々たるものとは……!」
「……塊を、溶かした?」
エリアスさんの動きが止まった。
「そ、そうです。ななみは……ただ息を吹きかけただけだと言っていますが、あの高密度の汚染源が、跡形もなく消え去ったのです」
エリアスさんは、何か重大な矛盾に突き当たったような顔をした。
「……ありえない。タイラント・セルを分子レベルで書き換えるには、膨大なエネルギーと精密な中和プロセスが必要だ。ななみの呼気だけでは、そんな連鎖反応は起きないはず……」
エリアスさんは、空中にななみのバイタルデータと、浄化ユニットの構造図を同時に展開し、猛スピードで計算を始めた。
「……。ボルス局長、君たちは、彼女の力が凝縮されたタイラント・セルに対して発動したと言ったな?」
「は、はい。あのドロドロの黒い塊に向かって……」
「……そうか。そういうことか」
エリアスさんの声が、発見の喜びに微かに震えた。
「アイギス要塞や上層の居住区には、そこまで高密度に固まったタイラント・セルなど存在しない。常に最高級のフィルターで浄化されているからだ。だから私は気づかなかった」
彼は、計算式の特定の項を強調して表示した。
「ななみの浄化能力は、薄く広がった毒にはあまり反応しない。だが、汚染が極限まで凝縮されている場所――すなわち密度の高い汚染源と接触した瞬間、彼女の生体酵素が触媒となり、一気に連鎖反応を広げるのだ。密度が高ければ高いほど、浄化のエネルギーは爆発的に増大する」
エリアスさんは、私を見て、確信に満ちた顔で言った。
「これは素晴らしいヒントだ。エーテル・パールの開発に、この高密度連鎖反応の理論を組み込めれば、生成効率は劇的に向上する。ななみ、君が今回起こした奇跡は、リソース不足に悩んでいた私の研究を、数十年分進めたかもしれん」
彼はそう言うと、震えている幹部たちに冷徹な宣告をした。
「ボルス局長。このエリアの情報操作は、すべて私が評議会の権限で行う。上層部への報告書も、異常な数値変動ではなく局所的な計測エラーとして当然ながら処理する。君たちは、二度とななみを資源として扱おうとするな。彼女の自由を奪うことは、私の研究……そして人類の未来を奪うことと同義だ。わかったか?」
「はっ……! 承知いたしました、ヴァイン卿!」
幹部たちが平伏する中、ホログラムのエリアスさんは私に向き直った。
「ななみ。事態は想像以上に動いているようだ。だが、ここからは私が君の盾になる。……存分に、君の思うようにやるがいい。この地獄のような世界を変えて見せろ」
エリアスさんの通信が切れた後、部屋には静かな、でも今までとは違う安全な空気が満ちていた。
「……ななみ、あんた。本当に、とんでもないことになったわね」
ライラの呆れたような声に、私は「えへへ」と笑うしかなかった。でも、この深い呼吸が誰かの役に立つのなら、私はどこまでも息を吐き続けていける。そう思った。




