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酸素はタダだと思ってた。2500年の未来で少女は深呼吸!  作者: くろねこ
第二章 救世の代償と、沈黙の誓い

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25. 統括総督ガルト・ヴァレンタインの決意

3日目も議論が沸騰し、椅子を蹴り飛ばす音まで響く。


円卓の最上席に座るガルト総督だけは、ずっと目を閉じて、幹部たちが、ななみを部品だのフィルターだの資産だのと呼ぶ中、沈黙を守り、議論を見守っていた。


「……もう、同じ議論を繰り返すのはやめましょう。時間の無駄ですわ」


技術顧問のセレンが、真っ赤な目でホログラムのグラフを消した。


彼女の隣では、生産部門局長のボルスが、もう怒鳴りすぎて声が枯れたまま、それでも机を叩いた。


「……黙れ、セレン。彼女を……ななみを解剖して原理を特定するなど、……何年かかるか分からん!宝石をスラムのど真ん中に放置するのと同じだ。彼女という機関を手に入れれば、わが街のフィルター問題も、食料生産も、すべてが今すぐに解決するんだぞ!」


他の幹部たちも、ななみを直ちに電池化する計画に、半分くらい傾きかけていた。この世界は、それくらい追い詰められている。


何度も繰り返された問答、そして流れる沈黙……。



ここで初めて統括総督ガルト・ヴァレンタインが、口を開ける。


「……諸君らよ、聞け」


ガルトはゆっくりと立ち上がった。


「……諸君。君たちは、少女の力を出力アウトプットという単一の指標でしか見ていない」


ガルト総督の声が響いた瞬間、部屋の空気がピリッと張り詰めた。


「ボルスよ。そなたは彼女を隔離槽に沈め、栄養剤で生かし、浄化機能を強制抽出すると言ったな。だが、私は彼女と対話し、確信した。彼女の力は、従来の物理法則や、我々の知る生体エネルギーの枠組みには収まっていない」


「……何が言いたいのですか、総督。出力は事実だ。彼女が息を吹きかければ、死の霧は消える。それ以上に何が必要だと?」


ボルスの問いに、ガルト総督は今まで誰も口にしなかった、まったく新しい説得のカードを切る。


「彼女の力は、共鳴なのだよ。ボルス、他者を助けたいという思いに共鳴しておる」


「それは…、他者の問題に無意味に介入する、非合理な行動のことでしょうか?」


「そうだ。そして彼女の浄化は、その無意味な介入に呼応して発動している。」


ガルト総督は続ける。


「……いいか、よく聞け。彼女が、誰かを助けたい、この人を笑顔にしたい、と本気で願わない限り、あの白銀の光は生まれない。……もし、君が彼女を機械に繋ぎ、心から助けたい相手を奪ってしまえばどうなると思う?」


ガルト総督は、鋭い視線を全員に向けた。


「答えは一つだ。彼女は、ただの普通の少女に戻る。……いや、絶望によってその細胞が変質し、二度と機能しなくなるかもしれん。君たちが手にするのは、巨大な浄化装置と、何の役にも立たない、ただ泣き続ける少女の抜け殻だけとなるであろう」


会議室が、一瞬しんと静まり返った。


「情緒的な推測よ……」


セレンが口にした言葉に、ガルト総督はデータを突き付ける。


「推測なんかではない。彼女が第13エリアの中央ユニットを救った時の脳波データを見ろ。彼女は、装置の数値なんか気にしておらん。外で待つ人々の安否にのみ、脳の報酬系が異常なほど反応しておる。……つまり諸君、ななみという存在は、人々の幸福度を燃料にして、物理的な奇跡を起こす触媒なのじゃ」


「それこそ浄化の原理を特定してしまえば、そんな情緒的な不安定さに振り回されないですむわ」


「セレン、君も彼女のバイタルデータを見て分かっておろう。彼女の解析にどれだけのリソースが必要になるのかを。現状の上納分をすべて使っても、我々ではそのリソースを集めることは不可能じゃ」


セレンが息を呑む。


ガルト総督は、一歩踏み出して、幹部たちに問いかけた。


「彼女を装置に閉じ込めることで全てを失うリスクと、彼女を味方とすることで街全体の空気……そして人々の精神衛生を改善させる利益。どちらが上か、計算するまでもあるまい。……彼女が笑っていれば、街は勝手に浄化されていく。我々がすべきは、彼女を全面的にサポートし、全力でその笑顔を守る仕組みを整えることじゃ」


ボルスさんが、拳を握りしめる。


「……しかし、総督。それでは、連合の監視網はどうするのです! 彼女を野放しにしたら、それで清浄な空気が漏れ出せば、すぐにバレてしまう!」


「それこそ、これまで議論し尽くしてきたであろう。彼女が浄化した場所を、我々は確率的局所清浄化という架空の自然現象として定義する。……それには組織が必要じゃ。そして、彼女の周囲に配置するメンバーは、彼女をサポートしながら、同時にその結果を最新の偽装技術で時間をかけて自然現象に見せかけるのじゃ」


ガルト総督は、最後にセレンを真っ直ぐに見つめた。


「セレン。君は技術者だ。……この世界で最も必要なのはリソースじゃ。リソース無しで世界を救えないことは、君が一番よく知っているはずじゃな。だが、もし一人の少女の笑顔を管理するだけで、この腐りきったドームに本物の空気が戻るとしたら……それは、我々が一生をかけて追い求めてきた究極の技術ではないのか?」


セレンの瞳に、初めて迷いではない、微かな希望の光が宿った。


「……分かりました。……ななみという名のブラックボックスを、この街の共有財産としてではなく、守るべき概念として管理しましょう。……彼女に、今のままの心でいてもらうために」


ボルスも、ガルト総督の持続可能な奇跡という論理に、ようやく重い腰を上げた。


「……彼女を使い潰して自滅するより、彼女という気まぐれを飼い慣らす方が、第13エリアの生存率は高い、か。……認めましょう。ななみ専用組織……その設立を」


こうして、三日間にわたる激しい激論は、ガルト総督が、ななみのお人好しを、この世界の最高級の戦略として位置づけたことで、ようやく終止符を打った。


ガルト総督には、ななみの能力がお人好しに共鳴しているかなど、本当のところは分からない。だが、彼は説得する賭けに勝ったのだった。

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