23. 監視下の三日間
セクター・ゼロで起きた白銀の奇跡の後、私たちの日常は一変してしまった。第13管理エリアの中央浄化ユニットを救った代償は、あまりにも大きかった。
装置を直した直後、私とライラは感謝の言葉を浴びせられる暇もなく、武装した警備ドローンに囲まれて特別居住区という名の監禁部屋に連れて行かれた。
そこは、私たちが住んでいたボロいジャンク屋とは正反対の場所だった。壁は汚れ一つないパールホワイトで、床にはふかふかのバイオ・シルクのカーペット。
でも、天井には常に赤い監視カメラのレンズが光っていて、入口のハッチは内側から開けることができない。
「……ライラ、ごめんね。私が余計なことしたせいで、閉じ込められちゃった」
私は豪華なベッドの端っこで、膝を抱えて呟いた。
「あんたのせいじゃないわよ。……でも、最悪の展開ね。あの幹部たちの目、見たでしょ? 誰一人として、あんたを人間として見てなかった。黄金を生む装置を見つけたって顔よ」
ライラは部屋の隅で、隠し持っていたジャンクの小型スキャナーで脱出路を探していた。
その手は微かに震えていた。
◇
「……まだそんなことを言っているのか、セレン!」
沈黙を切り裂いたのは、生産部門の責任者、ボルス局長の怒号だった。彼は分厚い手のひらで机を叩きつけ、ホログラムの数値を指差した。
「いいか、中央浄化ユニットの効率は、彼女が息を吹きかけただけで修復されただけでは済まず、400%に跳ね上がったんだ。400%だぞ! これを全エリアの換気ダクトに直結してみろ。我々はもう、連合の顔色をうかがってフィルターを乞う必要はない。彼女を心臓として据えるだけで、この第13エリアは地上で唯一の、真の楽園になるんだ!」
「ボルス、あなたの言っていることは狂気の沙汰よ」
技術管理官のセレンが、鋭い声で応戦した。その瞳には冷徹なまでの冷静さが宿っていた。
「彼女は機器じゃない、生身の人間よ。無理に高濃度のタイラント・セルを吸わせ続け、機械の一部として固定すれば、その特異な免疫システムがいつまで持つと思っているの? もし彼女が死ねば、その瞬間に楽園は崩壊するのよ!」
「死なせないように生かせばいいだけの話だ! 栄養剤を直接流し込み、脳内活動を最小限に抑制して、肺のポンプ機能だけを最大化させる。彼女はもはや人間である必要はない。街を救うフィルターになればいいんだ!」
ボルスの言葉は、もはや狂気そのものだった。でも、その場にいた他の幹部たちは、反対するどころか、その効率的な解決策にゴクリと唾を飲み込んでいた。
「……仮に、ボルスの言う直結案を採用したとしよう」
今度は、治安維持を司るジャド隊長が、低い声で議論に加わった。
「だが、どうやってエグゼキューター(執行官)の目を欺くつもりだ? 中央の数値がこれほど劇的に改善すれば、連合は即座に異常と判定する。調査隊が送り込まれ、彼女の正体がバレれば……彼女だけがアイギス要塞に連れ去られ、隠した我々は、第13エリアは丸ごと焼き払われるぞ。よくて廃棄される。それがオチだ」
「だからこそ、秘匿が必要なんだ!」
ボルスが血走った目で叫ぶ。
セレンが立ち上がり、冷静に反論する。
「彼女を部品にして浄化させれば、数値から存在は隠しきれなくなるわ。だから彼女を解剖して浄化の仕組みを特定するの。原理さえ手に入れば彼女が死のうがこの街は救われるわ。そしてその機能を使って作り出す清浄な空気を、少しずつ、まるで自然な改善であるかのように偽装し、数十年かけて街を浄化していく。それしか、我々が生き残る道はないわ」
「数十年だと!? その間に、明日にもフィルターが限界を迎える居住区はどうなる! 目の前に救世主がいるんだぞ。一刻も早くその力を絞り出し、我々の利権を盤石にするべきだ!」
議論はもはや、彼女をどう救うかではなく、どうすれば最も効率的に、彼女を使い潰せるかという、残酷な資産運用の話し合いになっていた。
その議論を静かに見守っていた、エリア最高責任者の統括総督ガルト・ヴァレンタインは、ゆっくりと腰を上げて会議室を去って行った。
◇
ハッチが重々しい音を立てて開いた。入ってきたのは、護衛も連れていない、エリア最高責任者のガルト統括総督という人だった。
彼は手に持っていたデータ端末を作業台に叩きつけると、私を射抜くような鋭い視線で睨みつけてきた。
「……佐藤ななみ。君の目的は何だ。この街を混乱に陥れて、一体何を企んでおる?」
ガルト総督の声は、地鳴りみたいに低く、私は抱き枕にしていたクッションを思わずぎゅっと抱きしめた。
「企みなんて、ありません。私はただ……あのおじいさんや、お母さんの思い出を大事にしてる女の子が、この街の人が苦しむ姿なんて、見たくなかっただけです」
「嘘をつくな! あの状況で、自らの肺を焼くタイラント・セルの霧に飛び込み、あろうことか呼吸だけで装置を書き換えた。……それがどれほどの異常事態か、理解していないわけではあるまい。君は、連合が送り込んだ新種の生体兵器か? それとも、我々を内側から支配しようとする支配種の一族か?」
長官は一歩、また一歩と私に詰め寄ってくる。その気迫に押されて、私は壁際まで後ずさりする。
「支配とか、そんなの知りません!」
「なら、なぜだ! なぜ、あんな危険を冒した! 黙っていれば、君はこの街で腕のいい修理屋の助手として、安全に暮らせたはずじゃ。自らの存在を晒し、管理者の欲望を刺激すれば、どうなるか分かるであろう!?」
ガルト長官の手が、私の肩を強く掴んだ。彼の瞳の奥には、怒りがにじんでいた。
「答えろ! 君のその奇跡の裏には、どんな計算がある! 何を奪うつもりで、一万人の命を救った!」
長官の激しい追及に、私の頭の中は真っ白になった。
計算? 奪う? そんなこと、一度も考えたことなかった。私の胸の奥から、言葉にならない感情が溢れ出してきた。
「……計算なんて、ありません……」
なぜみんな打算、打算と、純粋に人を救うことを考えられないの?
だんだん私の感情が膨れ上がってきて、思わず、長官の手を振り払って叫んだ。
「あそこにいたおじいさん、腰を痛めながら毎日毎日、街を綺麗にしてたんだよ!兄さんは、同じ住居に住む人の安全を守りたくて、必死に動いてたんだよ! それを……隔離しろ、とか、見捨てろとか、打算で支配する、とか、そんなの……そんなの、あんまりじゃないですか!」
「それはこの世界の理だ! 犠牲を払い、より多くの命を繋ぐ。それが正義だ!」
「そんな正義、大嫌いです!困ってる人がいたら手を貸すのは、当たり前のお節介でしょ?電車でお年寄りに席を譲るのと、何が違うの?理由なんてない、ただ……放っておけなかっただけ! 私はライラと、街のみんなと笑い合いたかっただけなのに……! なんでこの世界の人たちは、そんなに周りを貶めて、そして苦しそうなの!?」
私は、涙でボロボロになりながら、長官の目をまっすぐ見つめた。
長官は驚いたように目を見開いて、私の言葉を一つ一つ、噛み締めるように受け止めていた。
「お節介……だと? 君は、自分の命を、……そんな、論理にもならない感情一つで秤にかけたというのか?」
「そうですよ! 私、天然だってよく言われるけど、これだけは譲れません! 誰かが苦しんでる時に、自分だけ安全なところに隠れてるなんて……そんなの、そんなの人間じゃありません!」
総督はゆっくりと力を抜いて、その場に立ち尽くした。部屋を支配していた刺すような殺気が、ふっと消えていくのを感じた。
「……ハハ、ハハハ……。いや済まんかった。君の本心が見たくて揺さぶりをかけたんじゃ」
先ほどまでの怒気が一気にしぼみ、優しさを感じるおじいさんに変貌していた。
「本当に済まんかった。これまで我々が築き上げてきた合理性が、20歳の少女のお節介に、これほど無様に敗北するとは」
総督は笑い声を上げて、天を仰いだ。その顔には、どこか納得したような、穏やかな表情が浮かんでいた。
「ななみ君、君は本当に、心の底から馬鹿正直のようだ。裏が全く感じられん。……だが、そのバカ正直な善意が、わしの心にちゃんと響いたわい」
総督は優しく、私の頭を撫でてくれた。その手は、アイギス要塞の冷たい実験器具とは違う、ちゃんと血の通った温かさだった。
「君がそのお節介を貫き通すというのなら、わしも、わが街の未来を君という名の非合理に賭けてみよう。……君の言う笑い合う幸せを、わしも見てみたくなった」
総督の瞳には、力強い光が宿っていた。彼は、私の本心を聞き出すことで、私を資源ではなく人間として受け入れてくれたんだ。
私は、鼻をすすりながら、ライラに向かってピースサインをしてみせた。ライラは呆れたように笑いながらも、その目には安堵の涙が光っていた




