22. 街の心臓
その日の夕食、私は密かに計画してた21世紀の味再現プロジェクトを決行した
「じゃーん!今日のメニューは、ななみ特製・超激辛ジャパニーズ・カレー風ペーストだよ! 」
私は意気揚々と、茶色のインジケーターが激しく点滅するカップをライラに差し出した。
「……ななみ。これ、インジケーターが腐食性の危険な赤色に近いんだけど。あんた、何を混ぜたの?」
「ベースは多糖類キューブだけど、刺激・カプサイシンのパラメーターを最大にして、さらに焦がし玉ねぎのエッセンスをぶち込んだんだ!」
「……2500年の人類はね、味覚も効率化されてるのよ。こんな暴力的な刺激、脳が拒絶反応を――」
ライラが恐る恐る一口、ペーストを口に運んだ瞬間!
「…………っ!!ゲホッ、ゲホゲホッ!!な、ななみ……あんた、私を暗殺する気!?喉が……喉がタイラント・セルに焼かれた時より熱いんだけど!! 」
「あはは!それがスパイスっていう魔法なんだよ!ほら、だんだんクセになってこない?」
「くるわけないでしょ!!水!低ランクでも何でもいいから水を持ってきて!! 」
顔を真っ赤にしてバタバタ暴れるライラを見て、私はおかしくてたまらなかった。未来人は、激辛には勝てない、っと!
◇
次の日は、朝から穏やかだった。私は無重力ヨガをしながら、ライラの作業を眺めていた。
でも、その平穏は、ハッチを突き破らんばかりの激しい叩き音で粉砕された。
「……おい! おい・ジャンク屋、いるか!?」
現れたのは、煤けた作業着の一般客じゃない。エリアの紋章が入った重厚な防護服を纏った、顔色の真っ青な役人だった。
「……何よ、騒々しいわね。」
ライラが不機嫌そうに顔を上げると、役人は彼女の肩を掴んで、叫ぶように言った。
「……頼む、あんたの腕を見込んでの依頼だ。街の心臓……第13エリア中央浄化ユニットが、さっきから異常値を出力し続けている!エンジニア総出で当たっているが、誰も原因を特定できない。このままじゃ、あと数時間でドーム内の酸素供給が止まるんだ!」
藁にも縋る思いだという役人の目は、恐怖で血走っていた。ライラは一瞬、私の顔を見て、それから深く溜息をついた。
「ななみ、道具箱を持って。……仕事よ」
◇
私たちは役人の先導で、ドームの最深部、厳重に隔離されたセクター・ゼロへと連れて行かれた。
そこは、巨大なパイプが脈動し、唸りを上げる鉄の要塞。中央には、街のすべての人々に空気を送る巨大な浄化装置がそびえ立っていた。
部屋に入った瞬間、耳をつんざくような警報音と、幹部たちの怒号が飛び交っていた。
「酸素供給量が20%低下! フィルターの逆流が止まらない!」
「予備ユニットもバグを起こしている! このままでは気圧が崩壊するぞ!」
ライラは幹部たちの騒ぎを無視して、巨大な浄化装置に診断端末を繋いだ。
彼女の指先が目にも止まらぬ速さで空中にデータを展開していく。その横顔は、みるみる険しくなっていく。
「……これ、フィルターの劣化じゃないわ。内部の熱交換器の隙間に、浄化しきれなかったタイラント・セル(病原体)が濃縮されて、物理的な詰まりを起こしてるのよ」
ライラの言葉に、幹部たちの顔がさらに凍りついた。この時代の人間にとって、タイラント・セルは死そのものだ 。
「なんだと!? タイラント・セルが濃縮されているだと? なんでそんなことが分かるんだ、タイラント・セルの数値は特段上がっているわけではない!」
「数位感応型トレーサーを使うのよ。ナノレベルで共鳴発振が検知されれば濃縮されたタイラント・セルが存在するということ。あとはこのルミナス・インデックスが、固形化して濃縮した場所を教えてくれる」
技術者たちが絶句する。専門家の自分たちが知らない方法をライラがなぜ知っているのかと、驚愕の目で見つめる。
一人が叫ぶ。
「そんなもの、一度でも粉塵となって漏れ出せば、この部屋にいる全員が内側から自爆するように死ぬぞ!」
役人たちはパニックになり、即座に叫び出した。
「すぐにこの区画を完全に溶接・隔離しろ!」
「最悪この中央エリアを放棄してでも、ドーム全体を守るしかない!」
隔離。放棄。……この世界で何度も聞いた、冷たい言葉。
でも、その言葉の向こう側には、私がお世話になったおじいさんの笑顔や、居住区を守るお兄さんの優しさ、お母さんの大切な道具を持っていた女の子の涙がある。
(……このまま隔離されたら、ここの空気は止まってしまう。みんなが、息ができなくなっちゃう)
私の胸の奥が、ぎゅっと締め付けられた。
私は21世紀の、どこにでもいる普通の女子大生だったはず。でも、今、私の前で震えている人たちの命を救えるのは、私しかいない。
私は、ライラの制止の手を振り切って、高濃度の病原体が渦巻くスリットへと歩み寄った。
「おいお前!何をする気だ!? 離れろ、それは死の塊だぞ!刺激するんじゃない!」
幹部の一人が叫ぶ中、私は装置の奥で、ドロドロと蠢く黒い煤のような塊を見つめた。
私の肺は、この猛毒を毒だとは感じない。私の中にあるオリジナルの細胞が、これは書き換えられるべきバグだと教えてくれる。
私は、ゆっくりと、肺の奥底まで汚れた空気を吸い込んだ。
(……怖くない。私は、みんなを守る歯車になるんだ)
私は装置の詰まりに向かって、全霊を込めた呼気を放った。
「……届け、清らかな風!」
その瞬間、それまでタイラント・セルの場所を教えていたルミナス・インデックスが、部屋全体が眩い白銀の光に包まれたかのように輝きだす。
私の呼気に含まれる未知の生体酵素が、回路にこびり付いていたタイラント・セルの構造を次々と書き換え、無害な中性物質へと変質させていく。
暫くすると、ホログラムの警告パネルが示す危険数値が下がっていく。
ゴォォォ……という、それまでとは違う澄んだ駆動音が響き渡った。
そして、正常(Normal)を示す鮮やかな青色へと変わった。
「……そんな、馬鹿な。今、何が起きている?」
唖然とする幹部たち。
ライラは絶望したように顔を覆い、壁に寄りかかっていた。
装置の数値を凝視していた一人の技術者が、震える声で呟いた。
「バイタル・センサーが、タイラント・セルの中和を確認しました。……この少女の息が、病原体を完全に消滅させています。フィルターを通さずに、彼女の存在そのものが、環境を浄化している……?」
静寂が支配する部屋の中で、幹部たちの視線が一斉に私に突き刺さった。
それは、さっきまでの普通の女の子を見る目じゃない。
アイギス要塞のゼクスが持っていたのと同じ、歪んだ独占欲と利用価値を計算する、獲物を品定めする蛇のような目にみえた。
「……ななみ、あんた……なんてことを……」
ライラの掠れた声が聞こえた。 私の秘密は、もう、隠し通せないところまで来てしまった。




