21. ホラーの夜
第13管理エリアの片隅。私たちの、黒にゃんこちゃんのジャンク修理屋は、開店して一か月以上が経った。私たちのジャンク屋の外は、今日も鉄の匂いがする静寂に包まれていたが、お店の中の空気には清涼感が漂っている。
ある日
「……ねえライラ、この黒にゃんこちゃんステッカー、なんだか最近神様扱いされてる気がする。さっき通ったおばさんが、ここにお賽銭代わりに、貴重なナノマシンネジを置いていったよ……」
翌日
「……ねえライラ、このお店の黒猫さま、最近なんだか威厳が増してない?さっき入口の外で、10歳くらいの男の子が「お猫様、今日もパパを守ってください」って手を合わせてたよ」
私は暇すぎて、作業台の横でリズミカルにエア窓拭きダンスのエクササイズをしながら言う。
「あんたね、その無駄にキレがいい動きやめなさいよ。見てるこっちの視覚センサーがバグりそう。……大体、その獣に拝んで事が解決するなら苦労なんて無いわ……、時間の無駄よ」
「いいじゃない、人は神様に頼るものなんだよ」
ライラが拡大鏡をいじりながら溜息をついた。
その時。ハッチが「……トントン、トン」と、今にも消えちゃいそうな、か細い音で鳴った。
「はーい、御用の方はどうぞー!」
私はいつものように入口へ駆け出した。
ハッチがゆっくり開いて、入ってきたのは、15歳くらいの痩せた女の子だった。
彼女は入り口の黒猫ステッカーを、壊れ物を扱うみたいに、おずおずと撫でてから、泣き出しそうな顔でカウンターに歩み寄ってきた。
「……あの、ここ、なんでも直してくれるって……。私、お母さんの大事なオルゴール型ホロ・メモリーを落として壊しちゃって……。でも、私……クレジット、これしか持ってなくて……」
女の子が震える手で差し出したのは、たったの5クレジット。この世界じゃ、ペースト一食分にも満たないような、ほんのわずかなお金だった。
「……見せて。……あちゃー、これ、外装のクリスタルだけじゃなくて、中のナノ音響チップが完全に割れてるわ。このチップ、今の第13エリアじゃ手に入らない希少品よ。修理代だけで、これの1000倍はかかるわね。……悪いけど、うちも慈善事業じゃないの。他を当たりなさい」
ライラは冷たく言い放って、作業に戻ろうとした。女の子の目から、大粒の涙がボロボロと溢れ出したのを見て、私のお節介魂に火がつく!
「ちょっと待って! ライラ、そんなの悲しすぎるよ! 5クレジットだって、この子には大事なお金なんだから!
「私たちも生きていかないといけないのよ?これはボランティアではないの」
「それなら……よし、決めた。お姉さんが直してあげる!」
「……はぁ!? ななみ、あんた正気? 今の回路の「か」の字も知らないあんたが、どうやって直すっていうのよ!」
「大丈夫だよ、ライラ! 私には気合と根性(本人曰く)があるもん! お姉さんに任せて!」
私はライラの手から、割れたメモリーを奪い取ると、作業台に並べた。女の子は「お姉さん、大丈夫なの……?」と、不安に満ちた目で私を見る。
「えーっと、まずはこのキラキラした粉を、適当にくっつければいいんだよね?こういうのは瞬間接着剤で一発だよ! はい、ペタペタ……」
私は作業台にあった高粘度ナノ結合材(工業用)を、お菓子作りでもするみたいにペトペトとチップに塗り始めた。ライラが後ろで「……っ!?」って息を呑む音が聞こえたけど、気にしない!
「よし、次はバラバラになった銀色の線を……あ、これ、丸めた毛糸みたいに絡み合ってるから、いっそ全部ねじってくっ付けちゃえばいいかな? 21世紀の電化製品も、叩くかひねれば直るもんね!」
「な、ななな……ななみぃーー!! あんた、そこ弄っちゃ、ダメーーーーー!!!」
ライラが悲鳴を上げて、光の速さで私を突き飛ばした。
「あんた、バカなの!? それはバイオ・ニューラル回線よ! 無理にねじったら過負荷で二度と戻らないところだったわよ!! ……もうどきなさい! 私がやるから!!」
ライラは血走りながら怒鳴り、目にも止まらぬ速さで精密ピンセットを動かし始めた。
「……っ、結合材が乾く前に、ナノマシンの再配列を完了させなきゃ……。ああ、もう! ななみがメチャクチャにしたせいで、ただでさえ無理難題なのに余計複雑になってるじゃない!」
ライラは文句を言いながらも、私の大失敗(?)をリカバーするために、持てる技術を全て注ぎ込んだ。
30分後、彼女の額からは大粒の汗が滴り落ちていた。
「……ふぅ。……よし、リブート完了。……ななみ、あんたのせいよ。責任取って、仕上げのお掃除しなさい」
ライラが不機嫌そうに、でも誇らしげにメモリーを差し出した。私は頷いて、その歪に繋ぎ合わされたチップの深部に向かって、そっと口元を寄せた。
(お母さんの大事な思い出、どうか消えないで)
ゆっくりと、深く、私は浄化の息を吹きかけた。私の呼気に含まれる中和の成分が、この世界では必ず付着して溜まっていく不純物を、ノイズをサラサラと消し去り、銀色の輝きを蘇らせていく。
「……えいっ! スイッチオン!」
スイッチを入れると、メモリーから、キラキラキラ……と、天使の歌声みたいな綺麗な音が響いて、空中に優しそうにほほえみながら女の子をあやすお母さんのホログラムが映し出された。
「……あ、直った……! お母さんの、子守唄……。ありがとう、お姉さんたち! 本当に、本当にありがとう!」
女の子はメモリーを抱きしめて、何度も頭を下げて、5クレジットを置いて帰っていった。
「……ライラ、結局直してくれたんだね。やっぱりライラは優しいなあ!」
「……うるさい。あんたがあんな危ないことするからでしょ。5クレジットなんて、この基板洗浄液の1滴分にもならないんだから」
ライラはそう言って作業台を乱暴に片付け始めたけど、その耳が少しだけ赤くなっていた。
「ねえライラ、今日はあの子の5クレジットで、美味しいフレーバー・キューブでも買おうよ!」
「……足りるわけないでしょ。全く、あんたの天然は、私の寿命を100年分くらい削ってるわ」
ライラは渋い顔でそういうけれど、その手には、女の子が置いていった5クレジットが、大切そうに握られていた。
私たちの日常は、この部屋の清涼感のある空気と笑い声、そしてちょっとした大騒ぎと共に、ゆっくりと過ぎていく。
「じゃあライラ! 明日はその5クレジットで、お猫様にリボンを買ってあげよう!」
「……だから、足りないって言ってるでしょ!」
◇
仕事が終わった夜は、恒例のホログラム・シアターの時間!私の脳波データから21世紀の映画を投影して楽しむ、ささやかな娯楽。
「……ねえ、ななみ。このホラー映画っていうジャンル、論理的に破綻してない?」
ライラは、私の記憶が作り出したお化け屋敷の映像を見ながら、冷たーいツッコミを入れてくる。
「破綻なんてしてないよ?」
「なんでこの女の子は、暗い地下室に一人で入っていくの?熱源スキャナーすら持ってないの? そもそも、この幽霊とやらは、どの周波数の電磁波で実体化してるわけ?」
「あのね、ライラ、そういうことじゃないんだよ!得体の知れない怖さを楽しむのがホラーなの!」
「非効率的ね。私なら、まずこの屋敷の換気ダクトにナノクリーナーを撒いて、幽霊ごと分子分解するわ 」
「……夢がないなあ。せっかく私が怖がってライラにしがみつこうと思ったのに」
私がわざとらしく肩をすくめたら、ライラは一瞬黙った。
「……しがみつくのは、勝手にすればいいじゃない。……あんたの体温、このハードライト・ベッドの加熱よりは、マシな温度だから」
そう言って、ライラは私の横に座り直した。窓の外は相変わらず不気味な紫色の空だけど、このお店の中だけは、21世紀の感情と2500年の技術が混ざり合っても、不思議と家の匂いがする。




