20. 究極の洗濯vsお日様の匂い
「ライラ、この全自動クローゼット、私の大事な服をゴミにしちゃわないかな?なんか中でプラズマがパチパチ言ってるんだけど!」
私がビクビクしながら聞くと、ライラは拡大鏡をパチンって跳ね上げて、呆れた顔で言った。
「ななみ、あんたの持ってるその布、21世紀の化石みたいな素材でしょ?プラズマ・ウォッシュは、汚れの分子だけを特定して剥がすのよ。生地を傷めるなんて、旧石器時代の洗濯機と一緒にしないで」
「えー、でも洗濯ってさ、お日様に干した時の柔らかい匂いが大事なんだよ!これ、終わった後が無臭すぎて、なんだか洗った実感が湧かないんだもん」
私が口を尖らせたら、ライラは「出たわね、古の人類のこだわり」って溜息をついた。
「じゃあ、オプション設定でオゾンと重金属の焦げた匂いでも追加してあげるわ。外界の風にさらした気分になれるわよ?」
「それはただの公害だよ!せめて柔軟剤・フローラルの香りを再現してよー!」
「……計算リソースの無駄遣いね。後でデータベースを検索しておくわよ」
結局、ライラがぶつぶつ言いながら操作パネルをいじってくれた。その顔がちょっとだけ楽しそうだったのを私は見逃さなかった。
◇
第13管理エリアの片隅。開店して5日目、私たちのジャンク屋。
暇すぎて、床に座って自分の呼吸に集中しながらマインドフルネス(瞑想)をやっていると、じーっと座りすぎて「ななみ、電源切れたの?」とライラに心配そうに言われた。
「違うよライラ、今、宇宙と繋がってるの……」
「あんたね、見てるこっちのナノマシンまで動作が遅くなりそうよ……」
ライラが診断機の感度を調整しながら溜息をついたその時。ハッチが「トントン……」と鳴った。
「はーい、御用の方はどうぞー」
私は飛び起きて入口へ向かう。
入口がゆっくり開いて、入ってきたのは、全身をピシッとしたエンジニア用のグレーの防護服で包んだ、眼鏡をかけた真面目そうな青年だった。
彼は一度振り返って入り口の黒猫ステッカーを見ると、緊張した面持ちで話した。
「……あ、あの……。ここで聖なる調律が受けられると、上層のメンテナンス担当から伺いまして……。先日バイブロ・カッターを修理されたのはここで合っていますか?」
「……あ、私のことだね! いらっしゃいませ、今日は何を直したいのかな?」
ライラが「あんたはただの居候助手でしょ」って冷たくツッコんでるけど、お兄さんは「ここで合ってた……、あの入口の獣で間違いなかった……」と、ほっとしている。
「……これ、なんです。僕が住んでいる第4居住区の生命線……室温調節最適化マシーンのアンビエント・バランサーです。一昨日から出力が不安定でして……」
お兄さんが震える手で、大切そうに布に包まれた「ラグビーボールくらいの大きさの、銀色の球体」を取り出した。
それを見た瞬間、ライラの目がプロの光に変わった。
「……アンビエント・バランサー? 居住区全体の熱量をナノレベルで管理する、超精密機器じゃない。これ、扱いが難しいから下手にいじると余計不安定になるわ、住居の温度管理が完全に狂うわよ」
ライラが慎重に球体の表面をスキャンし始めた。
「もう、どの修理店に行ってもコアを全交換するしかないと言われて……でも、今のわが区にはそんな予算はないんです……」
お兄さんは絶望した顔になる…。
「ライラ、直せるかな?エアコンも壊れると大変だったけど、今のマシーンはもっと深刻そうね」
「……見てみるわ。でも、内部の熱交換用ナノバルブが、汚染でガチガチに固着してる。物理的な洗浄だけじゃ、回路の奥まで届かないわね」
ライラが手際よく外殻を外すと、中は案の定、真っ黒な煤と変質した物体でドロドロだった。
お兄さんはそれを見て「ああ……あの居住区に住めなくなる……」と膝をつきそうだった。
「大丈夫だよ、お兄さん!ライラがしっかり元通りにしてくれるから!」
すると、意外なことにライラは、現代エアコンと私を交互に見ながら言った。
「ななみ、あんたが直してみなさい」
「えっ!?」と驚く私に、ライラが分解した中心部のパーツを渡してくる。
「お客さん、あなたはしばらくそこに座っててくれる」
と、作業台が見えないところへ案内する。
「このパーツのタイラント・セルの濃度が異様に高いわ。これは回路内部に入り込んでるから外から取り除くこともできない。……あなたの息を試してみたいの」
私はライラの意図を理解し、パーツの奥にある、熱を循環させるための熱交換用ナノバルブの回路に向かって、そっと口元を寄せた。
ゆっくりと、深く、私は息を吹きかけた。私の呼気に含まれる浄化の成分が、この時代に悪さをしている固まってしまった菌を、回路を優しく解き放っていく。
10分後…
「……よし、ライラ。あとはお願い!」
「……ええ。洗浄完了ね。狙い通り異常な数値が消えたわ」
ライラは手際よく既にメンテナンスを終えた部品を組み立てていく。
「……不思議ね、ななみが触ると、金属の表面も新品みたいに輝くわ」とつぶやいて、出力ユニットを再接続、起動させる。
ライラが予備電源を繋いで、スイッチを入れた瞬間。 マシーンから「シュゥゥゥ……」と、驚くほど静かで心地よい音が響き渡った。
私に呼ばれて作業台に来たお兄さん
「……つ、ついた……! 数値が、完璧な適温を示している! それに、このマシーンから出る風……なんだか、温かみのあるような、不思議な清涼感があるぞ!」
マシーンからは、それまでの鉄臭さが消えて、ほんのり甘い、清らかな空気が流れ出していた。
お兄さんは、その風を全身で浴びながら、拝み始めた。
「これです……! これが理想の環境です……! これを居住区に戻せば、みんな喜びます……! ありがとう、凄腕の技師様……!」
「よかった。みんなに、いい風を届けてあげてね」
お兄さんは、お礼に超高純度・冷却用触媒(食用)を置いていってくれた。ライラが「誰が食べるのよ」って突っ込んでたけど、お兄さんは「感謝します」と言って、誇らしげに銀色の球体を抱えて帰っていった。
「……ななみ、今回はあなたの呼気が役に立ったけれど、異常なことをしている以上危険でもあるのよ」
「いいじゃない! この第13エリアが、春の公園みたいな気持ちいい風でいっぱいになる未来! 最高にワクワクするよ、ライラ!」
「……本当、あんたの天然は、時を越えて人を狂わせるわね……」
ライラはそう言って笑った
「ライラ! 明日はその触媒で、お店の壁をピカピカにしよう!」
「……食用って書いてあるでしょ。あんた、絶対に壁に塗り付けないでよ!」
それから1ヶ月が経ち、私たちの店、黒にゃんこちゃんのジャンク修理屋は、この第13管理エリアの風景にだんだんと溶け込んでいった。ジャンク屋の依頼も少しずつ来るようになった。相変わらず入口の建付けは悪いし、暇な日も多いけれど、ここが今の私の日常になりつつあった。




