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酸素はタダだと思ってた。2500年の未来で少女は深呼吸!  作者: くろねこ
第二章 救世の代償と、沈黙の誓い

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17. 沈黙のドームと、一万人の呼吸

アイギス要塞の眩い白銀とは対照的な、煤けた鉄と湿った土の匂いが立ち込める場所。

エリアスに連れられ、私とライラが辿り着いたのは、巨大な膜に覆われた閉鎖都市だった。


「……ここが、これから住むところ?」


私が呆然と見上げると、そこには空を覆う巨大な石鹸の泡のような、虹色の皮膜がゆらゆらと揺れていた。かつての渋谷の青空よりもずっと低く、そして重苦しい。


「管理エリア第13区。かつては地下から湧き出る清浄な酸素が取れる場所だった」


エリアスが、自身の高価な防護服の襟を正しながら、無機質な街並みを指差した。


「だが、その資源も十年前に尽きた。今は連合から廃棄候補とされ、私が個人的な実験場として引き取った......いわば、地図から消えかけた街だ」



浄化膜を通ってエリアの中へと足を踏み入れると、そこには異様なまでの密度があった。半径わずか一キロメートルの円の中に、ひしめき合うように建てられたプレハブの塔。道は狭く、人々が肩を寄せ合うようにして歩いている。


「ななみ、離れないで。ここはスラムじゃないけど、それ以上に……みんな必死に見える」


ライラが私の手をぎゅっと握りしめた。彼女の指先はまだ、私を見失った時の恐怖で微かに震えている 。


「驚くのも無理はない。国という概念が消え、連合が地球を管理するようになってから、人類はこうして管理エリアごとに密集して生きるしかなくなった」


エリアスが、自身の高価な防護服の襟を正しながら言った。


「現在、このドームの中には約一万人が住んでいる」


エリアスの声が、拡声器を通したように冷たく響く。


「ワクチン、レガシー・パソゲンと、病原体、タイラント・セルのせいで、地球上の人口は最盛期の数パーセントまで激減した。このドームは、残された命を繋ぐための器なのだよ」


「一万人……。」


「ドームを覆っているのは単なる分子密閉膜だが、外と繋がるゲートは病原体を原子単位で焼き切る特殊膜、通称アトミック・メンブレンが展開される。一日に数回、出入りが許可されるが、それ以外の時間はアトミック・メンブレンが展開されずにゲートが閉ざされる。ここは、守られていると同時に、完璧に隔離されている」


「管理される自由......。それすら、外で肺を焼かれるよりはマシ……ってわけね」


ライラが吐き捨てるように言った。彼女の視線は、街のあちこちで稼働している膜に取り付けられた巨大な換気扇に向けられている。


エリアスは、行き交う人々を指差しながら、この歪な社会の仕組みを話し始めた。


「いいか、この狭いドームを維持するには、全員が歯車にならなければならない。工場で食料ペーストの原料を練る生産者も 、フィルターの汚れを落とすメンテナンス担当も、全てのものが何かしらの役割を担当している」


「役割がないと、ここにはいられないのね……」


「そうだ。機械をメインに動かして役割をやらせることはできない。なぜなら、回収したリソース源のほぼすべてを上層部へ上納するからだ。生きるためのフィルターを手に入れるためにね」


「フィルターのために全てを捧げているのね……」


「そして、この街で最も尊ばれ、最も高い報酬を得ているのは、彼らだ」


エリアスが指差した先、重厚な装甲と最新のセンサーを身に纏った一団が、特別に仕切られたゲートへ向かっていた。


「彼らは資源奪還者リクレイマー。この汚染された外界へ飛び出し、連合が求める希少資源を回収してくる。彼らが持ち帰る資源の量だけ、この街には清浄なフィルターが支給される」


「彼らがいないと、この街の空気は止まってしまうのね……」


「その通りだ。死が近づき、死と隣り合わせの役割だが、彼らは街の救世主であり、英雄として尊敬を集めている。彼らに与えられる報酬は、他の職種の数倍に及ぶ」





エリアスが私たちに与えたのは、街の端にある、見た目は古びたジャンク屋だった。


「君たちの役割は技術員としてのジャンク修理だ。ななみ、君はライラの助手として振る舞え。ここでは目立たないことが、最大の防御になる」


「防御って……。ここに居たって、結局、前見たいにセンサーに引っかかって捕まるだけだわ」


ライラの言葉にエリアスが続ける。


「まず、この上層エリアのセンサーは、ななみが囚われていたアイギス要塞のものとは目的が違う」


エリアスは、ホログラムで上層と下層の検知器をそれぞれ映し出して言った。


「アイギスのセンサーは、分子一個の揺らぎすら逃さない最新鋭だ。濃度変化を絶対に見落とさない。だが、ここの下層のセンサーはあくまで生存可能かを測ることが目的だ。君の呼吸による浄化も、この広大な区画のノイズの中に紛れ込んでしまう。君がよほどの大あくびをしたとしても、異常値として検出されることはない」


エリアスは更に続ける。


「ゼクスが君を見つけたのは、君を見つけるがためにアイギス要塞のセンサーを下層に持ち込んだからだ。本来、そんなことはしない。下層を精密に検査する意味がないからだ。」


エリアスは椅子に深く腰掛け、空中に下層世界の立体構造図を投影した。


「この時代の、世界のカタチを説明しよう」


「君が今いるこの階層は、最も過酷な労働力が集積している回収団区コロニーだ。彼らは連合という巨大な機械の筋肉でしかない。彼らの命を繋ぐのは、上納するリソース源に応じて配給される劣化フィルターのみ。空気はDランクからEランクで、常にタイラント・セルによる慢性的な中毒に晒されている。ここでは呼吸がそのまま報酬であり、ノルマを達成できないエリア区画はフィルターを断たれる。また役割をこなせないものは集団から脱落していく」


ななみはライラを見つめながら言う。


「私がライラと出会ったあの場所は……、役割なんて関係ない人がいっぱいいたけれど…」


「君たちが出会った場所……塵のスラム。あそこは連合の計算式から除外された、システムの排泄物が溜まる場所だ」


役割すらない。あるのは、上層から零れ落ちてきた廃棄物の中からわずかな資源を漁るスカベンジング(拾い屋)としての生存競争だけだと、エリアスは説明する。


「空気はEランクよりも下の猛毒で、人々は命を削って稼いだ金で闇市の錆びたフィルターを買う。 連合はここを資源採取のための使い捨て労働力の成れの果て程度にしか考えていない。法も秩序もなく、ただ生きていること自体が絶望的なコストとなる、この星の最底辺だ」


「そんな……、ライラはどうしでそんな場所にいたの?ライラならジャンク屋としてここに居られたじゃない……」


「私のことは、今はいいわ……」


エリアスの語る世界の構図は、あまりにも冷徹で、緻密に積み上げられた絶望そのものだった。


「ライラ、君のことは調べがついている。時期がきたらななみに教えてあげればよいだろう」


この話はもういいとばかりに、エリアスは続ける。


「ななみ、君は人類を救いたいといったな。ゼクスがアイギスで精製していたエーテル・パール、あれがあれば、確かに下層民の肺を救うことはできるだろう、だが……」


エリアスは静かに首を振った。


「あれを一粒作るには、君の呼気を安定させ、効果を増大させるための膨大な計算処理のために莫大なリソースが必要になる。私が今、裏で動かせるリソースをすべて注ぎ込んでも、一日に数粒が限界だ」


「数粒……。それじゃあ、私は街の一つも救えないってこと?」


私の問いに、エリアスは冷たく答えた。


「そうだ。下層民の世界の総数は数千万に達する。救えるのは、数千万分の一の幸運な人間だけだ。誰を救い、誰を見捨てるか……。君にその選択ができるのか?」


「そんな……。」


私の声が、広い部屋に寂しく響いた。


アイギスを抜け出せば、魔法みたいにみんなを救えると思っていた自分の幼さが、胸を締め付ける。


「君の呼気は、周囲のタイラント・セルを中和する。けれど、それはあくまで一時的な、点のような救済でしかない」


「私、明日の朝からずっと深呼吸しまくるよ。ラジオ体操第一から第二まで、全力でやるから、それでも足りないの?」


エリアスは私を真っ直ぐに見つめた。


「下層世界は広すぎる。一人の少女が吐く息だけで、この絶望的なスパイラルを書き換えることはできない。エーテル・パールの生成には、それを安定化させるための高純度有機触媒と、効果を高めるナノレベルでの環境固定圧縮が必要だ。リソースを減らすための、決定的な何かが、まだ足りない」


だが、とエリアスは続ける。


「私も君と同じで人類を救いたい。君は救世主だと、本気で思っている」


エリアスはななみの目を見て告げたのだった。


「私はリソースを減らす研究に入る。君たちはひとまず、ここの暮らしに慣れるとよい」


そういってエリアスは家を出て行った。





エリアスが去り、ようやく二人きりになった時、ライラが私に向き直った。


「……ななみ。あの男、信用できると思う?」


ライラの瞳に、心配が入り混じる。


「大丈夫だよ、ライラ。エリアスは……確かに本心はわからないけど、でも、私をあのアギスから連れ出してくれたのは本当。あそこにいたら、私はずっと実験室のガラス越しだったかもしれない」


私は、ライラの細い肩を抱き寄せた。彼女の体温が、ここが現実であることを教えてくれる。


「あなたが連れ去られたとき、何もできなかった…。連れ去られたあとも、心臓が押しつぶされそうなほど心配で怖かったけれど、でも何も行動できなかったの……」


「ごめんね、怖い思いさせて。私、もうどこにも行かないから」


「……馬鹿。本当、あんたは馬鹿よ」


ライラは私の胸に顔を埋めて、また少しだけ泣いた。


私の息なんて、大海に一滴の真水を落とすようなものに過ぎない。でも、ライラと一緒に楽しく生きたい。そう思いながらライラを抱きしめた。


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