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酸素はタダだと思ってた。2500年の未来で少女は深呼吸!  作者: くろねこ
第一章 : 白銀の監獄と、神の呼気

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16. 共鳴する呼気

三日目。エリアスはついに、ロジスティクスの数値の異常から、決定的な特異点を導き出した。


それは、大型機械の規則的な振動ではない。人工物ではありえない、不規則で、かつ生命力に満ちたバイオリズム。


エリアスは、自律型掃除ドローンの巡回ルートをハッキングした。 この小さな機械は、セター・ゼロの奥深くから、不自然なほど高濃度の浄化エネルギーを回収し、それを目的の場所へ運んでいることを突き止めたのだ。


「ゼクス司令官、緊急の監査を行う。セクター・ゼロの第4隔壁を開けろ。拒否は、評議会への公然たる反逆と見なす」


エリアスは、自身のバイタル・スキャナーを起動し、防護服の出力を最大にした。


ゼクスは、漆黒のタクティカル・スーツに身を包んだ捕縛部隊を引き連れ、エリアスの前に立ち塞がった。


「……ヴァイン卿。あそこは、卿の想像するようなものはありません。……実験で汚染された地獄の区画です。」


「地獄かどうかは、私が決める」


エリアスは強行突破を命じた。


セクター・ゼロの重厚なハッチが開く。


ガラスの壁の向こう側、そこには複雑に絡み合うパイプと、青白い光を放つ巨大な円筒形のタンクが並んでいた。


無機質な機械音が響き、ナノマシンが忙しなく回路を修復する光景は、どこからどう見ても連合の最新鋭実験装置そのものだった。


「見ての通りです、ヴァイン卿」


ゼクスは平然とした声で、ホログラムの操作パネルを指し示した。


「ここにあるのは、エーテル・パールを精製するための高集積バイオ・フィルター・ユニットです。生体反応に見えたものは、培養されている特殊な酵素の脈動でしょう。卿が期待していたようなものは、ここには存在しません」


ゼクスは一分の隙もない。工学的に完璧に偽造された映像とバイタルデータ。評議会の一般的な監査プログラムであれば、この完璧な嘘を見破ることは不可能だった。


エリアスは無言で、自身の防護服の袖口にあるターミナルに指を触れた。


「ゼクス、君は一つだけ計算を誤った。評議会には君のしらない権限があるのだよ」


エリアスの脳内に、評議会最高権限のオーバーライド・プログラムが展開される。彼の網膜に流れる数千の文字列が、ゼクスの築いた偽造の壁を、内側から食い破っていった。


「システム・強制開錠アンロック。プロトコル・起動」


エリアスが呟いた瞬間、目の前の光景が激しく歪んだ。


パリン、と硝子が割れるような音が司令室に響く。


精緻な実験装置の映像がノイズと共に霧散し、その背後に隠されていた真実が露わになった。


そこには、無数のセンサーに繋がれ、淡い光の中で静かに眠る一人の少女——ななみの姿があった。彼女が吐き出す呼気が、透明なチューブを通ってタンクに圧縮されていく。


「……これが、君の言う装置か」


エリアスの冷徹な問いが、ゼクスの喉元に突き刺さる。


すべてが瓦解した。ゼクスは瞬時に判断した。もはや、この男を生かして返すわけにはいかない。


「……卿は、賢すぎた」


軍人の身体能力を限界まで引き上げるブースト・プログラムを起動すると、ゼクスの右腕から、高周波の振動刃が音もなく滑り出した。


ゼクスは弾丸のような速さでエリアスの胸元へと踏み込み、その刃を心臓目掛けて突き出した。


キィィィィィィィン!


鼓膜を突き刺すような金属音が響いた。


ゼクスの刃は、エリアスの胸元で、見えない力場に阻まれていた。エリアスの防護服の表面に、幾何学的な紋様が浮かび上がる。


「……何だと?」


ゼクスは驚愕に目を見開いた。連合の最新鋭の刃を、防護服ごときが止めるなどあり得ない。


「評議会が所有する中央技術を甘く見ないことだ、ゼクス。」


エリアスは一歩も引かず、ゼクスの瞳を睨み返した。


「殺し合いは終わりにしよう。君を処刑しても、この少女を救うことはできない。」


ゼクスは苦々しく刃を引き、エリアスとの距離を取った。


「……何を企んでいる」


「協力しろ、ゼクス。これまでの通り、評議会には偽造された研究を献上し続けろ。君とカサンドラの秘密は私が守る。その代わり、ここで精製される本物のエーテル・パールを、密かに下層民街へ流す。彼らに、呼吸する権利を取り戻させるんだ」


エリアスの提案は、狂気の沙汰だった。


連合への、そして評議会への完全なる反逆。


「……彼女を、どうするつもりだ。ここに置いておけば、貴様のように、いつか他の評議会メンバーに嗅ぎつけられるぞ」


「ああ。だから、私は彼女をここから連れ出す」


エリアスは、硝子の壁の先の、眠る少女を見つめた。


「ここは最新センサーで溢れているため偽装は難しい。ゆえに古いセンサーしか存在ない下層へ連れてゆく。」





ライラのジャンク屋のハッチが、静かに開いた。


恐る恐る中を覗き込む顔。


「……ライラ?……ライラ!ライラ!無事だったのね、よかった」


そこにはどこか魂の抜けたライラが力なく座っていた。


ななみの声に、作業台で項垂れていた銀髪の少女が飛び起きた。


「ななみ……!?」


五体満足のななみの姿を見て、ライラの瞳から大粒の涙が溢れ出した。


「馬鹿……、本当に心配したんだから……。あんた、無事で……本当によかった……」


二人は抱き合いながら泣きじゃくり、お互いの無事を喜びあった。


「……感動しているところ悪いが、ここはすぐに引き払う。これからは私の用意した住居に二人で住んでもらう。」


ななみをここまで連れてきたエリアスが、無情にも告げる。


1章終わりました。

2章ではななみとライラの下層での生活が始まります。

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