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酸素はタダだと思ってた。2500年の未来で少女は深呼吸!  作者: くろねこ
第一章 : 白銀の監獄と、神の呼気

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14. 司令官への恭順と防壁

評議会員のエアリス・ヴァインは思考する。


ゼクスとカサンドラが作り出したエーテル・パール、データ上では0.005%の改善に過ぎない。


しかし、その微細な曲線が上昇に転じたことは紛れもない事実。


「……未だに信じられない。これは軍が合成できるレベルの酵素ではない。もっと……もっと原始的で、純粋な自然の力なのではないか?」


これは世界を変える。だが、同時にゼクスのような欲望の化身が独占していい力では断じてない。





「ヴァイン卿、身に余る光栄です。私の如き現場の武官に、卿のような聡明な方の視察を賜るとは」


ゼクス・ヴァンは、エリアスの前で深々と頭を下げた。


その態度は、評議会議員に対する完璧な恭順を装っている。しかし、ゼクスの内面には、エリアスに対する底知れぬ警戒心が渦巻いていた。


この若き人物は、頭がよく、弱点を嗅ぎ分ける猟犬として有名である。


「私は卿の命令に従うのみです。プロジェクト・エオンのすべては、評議会の、そして卿の管理下にあります」


ゼクスは微笑を絶やさない。彼はすでにカサンドラと共に、アイギス要塞のログを三重に書き換えていた。


ななみが幽閉されているセクター・ゼロは、公式記録上では高濃度汚染物質を処理する自動プラントとして登録され、そこへのエネルギー供給は実験用バイオ・フィルターの稼働コストとして偽装されている。


「謙遜はよしたまえ、ゼクス」


エリアスは、司令室のメインコンソールに指を滑らせた。


「このエーテル・パールが、単なる人工触媒だとは信じがたい。なぜなら…。」


エリアスはゼクスを試すように続ける。


「人工物であれば、これほどまでに複雑な、自然の揺らぎに似たエネルギー特性を持つはずがないからだ」


ゼクスの心臓がわずかに跳ねた。


エリアスが、まだななみの存在に辿り着いていないのは確かだ。


だが、彼は嘘を見抜く鋭い嗅覚をもって、ゼクスが築いた防壁の最も薄い箇所を突き始めていた。


「卿の仰る通りです。これは、特定の微生物と抗菌体の反応から抽出される、極めて繊細な酵素を用いています」


ゼクスは、あらかじめ用意していた偽の理論を流暢に語った。


「その自然の生命的な揺らぎこそが、タイラント・セルを欺く鍵なのです」





エリアスは、ゼクスの案内で要塞内部を視察して回った。


しかし、彼の目的は物理的な捜索ではない。情報の隙間を見つけることだ。


「ゼクス司令官、セクター・ゼロの廃棄物処理記録を見せてくれないか。新型触媒を抽出しているのなら、必ず特有のゴミが出るはずだ」


エリアスの問いは、鋭い。ゼクスは、カサンドラが構築したカモフラージュを使う。


「ヴァイン卿、その記録はカサンドラ指揮官の監査権限下で現在管理されております。バイオハザードの懸念があるため我々の手から離れておるのです。」


「……なるほど。監査か」


エリアスは立ち止まり、窓の外に広がる灰色の雲を見つめた。


彼は知っている。下層民たちが、わずかなフィルター代を稼ぐために命を削っていることを。


彼は、水面下で進めている下層区への支援ネットワークを通じて、ある噂を聞いていた。市場マーケットで、ある少女が連合の部隊に連れ去られたという話を。


「ゼクス、君はオリジナル・サピエンスという言葉を信じるか?」


突如投げかけられた問いに、ゼクスは表情を凍らせた。


「……伝説に過ぎません。我々の血にはすべて、過去の遺産であるワクチンの呪いが刻まれているのですから」


「そうだな。だが、もし、その呪いを持たない者がこの世に一人でもいるとしたら……。その者は、我々にとって、どんな価値を持つだろうな?」


エリアスの瞳に、冷徹な知性が宿る。彼はゼクスを試していた。


ゼクスの反応、視線の動き、指先の微かな震え。それらすべてをデータとして取り込み、パズルの欠けたピースを埋めていく。


「……私のようなものには想像もできません」


エリアスからの質問を曖昧に交わしながら、本日予定していた簡単な視察が終わった。


ゼクスは、エリアスを最高級のゲストルームへと案内した。


「今夜はゆっくりとお休みください。明日は、さらに詳細な製造プラントのデータをお見せできるでしょう」


ゼクスは恭しく一礼し、部屋を去った。通路に出た瞬間、彼はカサンドラへの通信を開いた。


「状況は最悪だ。エリアスはエーテル・パールが人工物という点を疑っている。そして確信に近づいている。彼を殺すわけにはいかない……が、このままでは持たない」


「……焦らないで、ゼクス。彼はまだ証拠に辿り着いていないわ。セクター・ゼロのホログラム投影をさらに強化しなさい。彼がそこに入ったとしても、見えるのはただの巨大な培養槽だけよ。ななみは、その層の奥、光学的死角に隠すの」


一方、エリアスはゲストルームの中で、ポータブル端末に要塞の換気システムの構造図を映し出していた。


(ゼクス、君は巧妙だ。だが、君はこの環境を管理しすぎている)


エリアスは、要塞各所の環境センサーが示す酸素濃度の微細な上昇曲線を追っていた。それらは一見、新型フィルターの性能向上に見えるが、エリアスの計算によれば、あまりにも秩序が保たれすぎている。


まるで生命の鼓動から出る波を打ち消しているような、そして人工産物から出る独特のノイズも無い、完璧に作られた環境がそこにはある。


エリアスは部屋の中で確信していた。


この要塞の深部でゼクスは何かを隠している。そしてそれは人工的に作られた産物なんかではない、もっと生命の輝きのようなものだ、と。

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