13. 評議会への供物
天空の議事堂。大気管理連合の中心となる要塞の最上階。重々しい雰囲気のなか、そこには評議会のメンバーが揃っていた。
評議会員たちの前で、ゼクスとカサンドラは緊張した面持ちで最初の成果を披露した。
それは、指先に乗るほど小さな、半透明のカプセル。エーテル・パール V1。
今回のカプセルは、意図的に効果抑えている。ごく少量タイラント・セルが中和されるよう調整されていた。
第14要塞の実験室。強化ガラスの向こう側に、一人の下層民の男が座らされていた。彼の肺は、長年の劣悪なフィルター生活で、タイラント・セルによる壊死が始まっている。
最長老グラハム卿が、静かに言う。
「開始せよ」
それを受け、ゼクスの合図とともに、男にV1カプセルが投与された。評議会員たちは、固唾を飲んでモニターの数値を凝視する。
直後、男のバイタルデータに微かな変化が現れた。 現代人類の身体では、レガシー・パソゲン(ワクチン遺伝子)がタイラント・セル(病原体)を検知すると、互いに激しく反発し、細胞を内側から腐らせる毒素を生み出す。だが、カプセルから放出されたななみの呼気が男の血流に乗ると、その反発がわずかに静止した。
ななみの呼気に含まれる成分が、タイラント・セルを無理やり結合させ、一つの安定した生体物質(中和体)へと作り変えたのだ。
さらに、この新しく生まれた物質は、体内のタイラント・セルを次々と吸収し、極わずかに、しかし連鎖的に無害化していく。
そして一定の濃度が下がったところで連鎖が止まる。
「……見てください。主観的な苦痛に変化はありませんが、体内の毒素レベルが0.005%低下しました。」
ゼクスが淡々と解説する。低下――その二文字に、評議会の老人たちは身を乗り出した。悪化を止めることすら不可能だったこの世界で、わずかコンマ以下の数値であっても改善が見られたことは、彼らにとってハンマーで頭を叩かれるほどの衝撃だった。
ななみの存在を秘匿しながら、評議会から莫大なリソースを引き出す。
この矛盾を解消するために、ゼクスとカサンドラが打ち出したのが、大規模環境改変計画プロジェクト・エオン(Project AEON)だ。
彼らが評議会に説明したのは、新合成触媒の研究とその成果である。
「我々が発見したのは、微生物と抗菌体の反応から抽出される酵素が、タイラント・セルを中和する効果を持っていたことです。今はごく少量しか抽出できませんが、解析を大規模化すればあるいは。」
ゼクスは評議会に対し、あくまで軍のラボが開発した人工合成物として提示。この架空の触媒を増量するためのプラント建設、およびナノマシン制御アルゴリズムの開発という名目で、莫大なリソースを消費する理由を作り上げた。
◇
天空の議事堂。そこは、地上を覆う灰色の絶望から最も遠く、最も清浄で、そして最も傲慢な場所だった。
その議会の末席に、エリアス・ヴァインは座っていた。
彼は、大気最高評議会の中では異質な存在だった。二十代後半という若さで末端の席を手に入れたのは、その類まれなる頭脳ゆえ。
だが、彼の瞳に宿る光は、他の老いた評議会員たちが持つ支配欲とは無縁だった。
「……0.005%の改善、ですか」
エリアスは、目の前のホログラムに映し出された数値を見つめ、指を固く握りしめた。
デモンストレーションで投与された下層民の男。その苦悶の表情が和らぐことはなかったが、バイタルデータは嘘をつかない。
タイラント・セルが減少したのだ。それは、この歴史において、神の奇跡にも等しい現象だった。
エリアスの脳裏には、彼が水面下で支援している下層区の惨状が浮かんでいた。ひび割れたバイザー、肺を焼く鉄臭い空気、そして静かに廃棄されていく命。
(これが……これさえあれば、あの地獄を終わらせられるかもしれない)




