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酸素はタダだと思ってた。2500年の未来で少女は深呼吸!  作者: くろねこ
序章:灰色の静寂と、透明な毒

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1. 消失した日常

初めての作品です。

読みづらいかと思いますが、楽しんでいただけたならば幸いです。

「あー、今日のアイス、新作のピスタチオにすればよかったかな……」


それが、202X年の私が最後に考えた、平和すぎる悩みだった。


私の名前は、佐藤ななみ。どこにでもいる、大学の単位とバイト代の使い道に頭を悩ませる20歳の女子大生。


手に提げたビニール袋には、少し溶けかかったカップのバニラアイスと、明日提出のレポートを書き上げるためのエナジードリンク。


東京、渋谷の路地裏。街灯がチカチカと瞬いた瞬間、足元がぐにゃりと歪んだ。


「えっ、地震!?」


叫ぶ間もなかった。視界が真っ白に染まり、耳元でキーンという高い音が響く。


ジェットコースターで急降下するような浮遊感。胃がせり上がる感覚に、私はギュッと目を閉じた。




……ドスン。


アスファルトの硬い感触ではなく、ひんやりとした金属のような、それでいてザラついた床の感触が肌に伝わってきた。


「……いたたた。お尻打った……」


恐る恐る目を開ける。


そこは、私の知っている渋谷ではなかった。


空はどす黒い紫色に濁り、太陽は煤けたフィルターを通したように弱々しい。


周囲には、ビル……だったと思われる鉄クズの山が連なっている。植物の一切生えていない、灰色と錆色の世界。


「……嘘でしょ」


指先から、冷たい感覚が消えていく。


足元にあるのは、細かく砕かれた、コンクリートのような、あるいは骨の成れの果てのような、不気味な灰色の砂だった。


「……え、待って。何。ドッキリ? 誰かいるの?」


震える声を出してみる。けれど、返ってくるのは不気味なほどの「静寂」だけ。


渋谷の喧騒はどこへ行った? スクランブル交差点の大型ビジョンの音、行き交う人々の話し声、遠くを走る車のエンジン音……。


20歳の私の日常を構成していたすべての音が、まるで掃除機で吸い取られたみたいに消えていた。


空を見上げた。


そこには、私が知っている青空はなかった。


どす黒い紫と、濁った橙色が混ざり合ったような、病的な空。太陽は雲の向こうで、崩れた卵の黄身みたいにぼんやりと光っているだけ。


空気は、鉄の錆びたような臭いと、焦げたビニールのような異臭が混ざり合っている。


「ゲホッ……ゲホゲホッ!」


反射的に咳き込む。喉の奥がチリチリと焼けるような感覚。


でも、息ができないわけじゃない。酸素はある。


ただ、その酸素が、202X年の東京の排気ガスとは全く別種の、何かが決定的に違う空気であることに、本能が警鐘を鳴らしていた。


「夢だ。これは夢。お昼寝のしすぎ。単位落とす恐怖が見せてる悪夢……」


自分に言い聞かせながら、ふらふらと歩き出す。


周囲には、ビルだったと思われる鉄骨の残骸が、巨大な肋骨のように地面から突き出していた。


ガラスは一枚も残っていない。看板の文字も風化して読み取れない。


ただ一つ、足元に半分埋まっていたかろうじて見覚えのある風化した石像の一部が見えた。


「……これ、ハチ公……?」


その瞬間、指先がガタガタと震え出した。


これはドッキリじゃない。映画のセットでもない。


この空気の重さ、肌にまとわりつく湿り気、そして絶望的なまでの静寂。


私は、私の知らない場所に、たった一人で放り出されたんだ。





どれくらい歩いただろう。


スニーカーの中に灰色の砂が入り込み、足首が擦れて痛い。


お腹が空いた。喉もカラカラだ。


手元に残っているのは、さっき拾い上げたコンビニの袋だけ。カップアイスはいつの間にか無くなっており、エナジードリンクの缶を手に取る。私と同じ唯一の生き残り。


これを開けてしまったら、私の知る世界との繋がりが本当に切れてしまう気がして、指がタブにかからなかった。


「……だれか、いないの……?」


その時だった。遠くで、規則的なカツン、カツンという音が響いた。


金属が地面を叩くような音。


私は突然の恐怖心から、咄嗟に崩れた壁の影に身を隠した。


心臓が耳元でうるさく脈打つ。


影の隙間から覗いた先にいたのは――怪物だった。


全身を光沢のある漆黒の装甲で包み、頭部には継ぎ目のない滑らかなバイザー。


背中には巨大な生命維持装置のようなタンクを背負い、手には無機質な銃器のようなものを携えている。


人間……なのだろうか。形は人間だ。でも、肌の色ひとつ見えないその姿は、まるで深海から現れた異形の生物に見えた。

「―ピー、ガガッ――汚染濃度、基準値内。清浄プロトコルを開始する」


機械的な合成音声が、静寂を切り裂いた。


彼らが手に持っていた銃のようなものから、青白い炎が噴き出す。


それは地面に溜まった灰色の砂を焼き、一瞬でガラス状に変えていく。


「な、なにしてるの……?」


恐怖で足がすくむ。


彼らの動きは冷酷で、一切の迷いがない。


防護服と、呼ぶべきなのだろうか の隙間から漏れる蒸気が、シューッという不気味な音を立てる。


ふと、そのうちの一人が立ち止まった。


バイザーが、ゆっくりとこちらを向く。


「――生命反応を確認。未登録のバイオサイン」


「ひっ……!」


見つかった。


私は袋を抱えて本能的に走り出した。


背後で「待て。隔離対象だ。逃走を許可しない」という冷たい声が響く。


私は夢中で瓦礫の山を駆け上がった。


肺を刺すような冷たい空気も、もう気にならなかった。


ただ、あの黒い機械に捕まったら、私の人生は終わる。


そう直感した。

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