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第6話『招かれざる客』

 カーテン越しの陽だまりの中、深月と一緒にお湯を啜る。食事中は生きた心地がしなかったが、食後はそんな、のんびりとした時間を過ごしていた。

 だが、それも長くは続かない。突然、病室の扉が吹っ飛ぶ勢いで開いた。


「ケケケッ……! やっぱりここだったかぁ!」


 反射的に目を向ける。そこにはまたしても知らない女が立っていた。

 ワイドパンツに半袖のTシャツ姿。長い茶髪はボサボサで、首にはカメラを、肩には鞄をぶら下げている。


「いやー、苦労したわよ! 現場から病院を逆算して、院内の患者さんに片っ端から聞き込みした甲斐があったわ!」


 聞いてもいないのにペラペラ喋りながら、女は興奮した様子でベッドの正面に立つ。そして、眼前の俺にピシッと人差し指を伸ばした。


「あんたね! 身代わりサラリーマンは! 週刊ナックルズのエース、権田原(ごんだわら)怜華(れいか)様のご到着よ! 単刀直入に聞くわ! 刺されたときの心境は!? 死ぬかと思ったとかありきたりなのはなしよ!? もっとこう、全身の毛穴がぶわぁぁぁっと開くようなコメントを頂戴! さあ吐け! 今すぐ吐け! 全部吐いて楽になれ!」


 唾が飛んで汚いんだが……。

 加えて、土足で人のプライバシーを踏み荒らす厚かましさ。

 週刊ナックルズ。媒体名は聞いたことないが、発言からしてマスコミ関係者で間違いないだろう。


「ちょっと!」


 嵐のような登場に呆気に取られていた深月が、やや遅れて椅子から立ち上がった。


「困ります! ここは病室ですよ!?」

「シャラァァァァップ! 今は一般人のコメントなんて1ミリも――んっ?」


 虚空を払いのけるように女は手を振るが、突如その動きが静止した。

 女――権田原が深月に迫っていく。


「ちょっとあなた、もう一回言ってくれる?」

「はい? ですから、ここは病室で」

「その鼻にかかったようなハイトーンボイス……」


 権田原は握っていたスマホを操作すると、なにやら動画を再生してスピーカーに耳を当てた。


「この声は……!」

「あっ」


 深月がしまったとばかりに口を手で覆う。だが時すでに遅し。

 次の瞬間、病室には絶叫が轟いた。


「キェェェェェェッ!」

「ひっ!?」

「大当たりィィィッ! まさかご本人様がいるなんてねぇ! あなた十六夜ナギちゃんでしょ!? うっそ、超ツイてるじゃん私っ!」


 権田原は下卑た笑みを浮かべながら、カメラを構えて猛然とシャッターを切り始めた。


「すごい! これはデカいわ! 活動休止中の人気VTuberが恩人の病室で看病!? いやー、ゲスい! 最高にゲスくて金になる匂いがするわぁ! これは絶対バズる!」

「や、やめてください! 撮らないで……!」


 顔を隠しつつ深月は叫ぶ。


「私がお見舞いに来てることは非公開なんです! 顔出しだってしてなくて!」

「んなの調べりゃわかるわよ! だから伸びるんじゃない!」

「本当に駄目なんですって! お願いですから話を!」

「えぇーっ……」


 権田原の押し一辺倒になるかと思ったが、意外にも勢いが収まった。深月の必死さを汲んだのか、人の心はギリギリ持ち合わせているらしい。

 権田原は不満げに唇を尖らせた。


「でもぉー、絶対に数字取れるしぃ? 私だって必死だしぃ? 今月のノルマ達成しないと編集長に海に沈められちゃうのよねぇ。ナギちゃんは私に死ねって言うの?」


 前言撤回。なんつう理屈だ。

 しかも、不貞腐れながらまたシャッター切ってるし。


「…………」


 深月の顔が深刻そうに青ざめていく。

 さすがに見過ごせないな。


「いい加減にしろよ。彼女だって被害者だぞ」

「だからこそニュースバリューがあるんじゃない! 世間はね、被害者のその後を知りたがってんのよ! それも、こういうドロっとした人間臭いやつをね!」

「だったら俺のことだけ書けばいいだろ。休止中の彼女を、あんたらの金儲けに巻き込むな」


 言い返すと、権田原はフッと口角を吊り上げた。


「そこまで言うなら仕方ないわね。じゃあ、代わりと言ってはなんだけど」


 なんだこいつ。急に手のひらを返したぞ。


「私の紹介ってことで番組に出演してくれるなら、このことは伏せてあげてもいいわよ?」

「は? 番組?」

「そう! ウチの雑誌が運営してる公式チャンネル『ナックルTV』よ! ちょうど新しい企画を探してたところなの!」

「いや、俺は一般人だし。テレビとかそういうのは」

「テレビぃ? ハッ! 古い古い! 今どきテレビなんて爺婆しか観ないわよ! んな化石コンテンツ、痰壺にもなりゃしないわ!」


 かなりの広範囲に喧嘩を売っているが大丈夫だろうか……。

 ていうか、それを言い出したら雑誌だって……いや、思考には気をつけよう。いつか言葉になったりしないように。


「世はまさに大SNS時代! 番組ってのはミーチューブ番組のことよ!」


 権田原は鼻息荒く捲し立てる。


「VTuberを命がけで救ったアラフォーサラリーマン! 十六夜ナギの名前で話題性は取れるし、絶対にバズるわ!」


 要するに、事件をダシにして再生数を稼ぎたいということか。

 黙って聞いていた深月が、そこで声を荒げた。


「ふざけないでください! 片桐さんは見世物じゃありません!」

「あらそう? じゃあ、来週には『十六夜ナギ、入院中の恩人と禁断の院内恋愛!?』って見出しが踊ることになるけどいいのかしら? 表紙用の写真もたくさん撮ったことだし!」


 この権田原とかいう記者、道化っぽく振る舞っているが案外やり手だったりするのか。

 要求の通し方が上手い。あくどいと呼んでもいいが、事実、深月に迷惑をかけるぐらいなら話を受けてしまった方が早いと俺は思ってしまっている。

 まさか、最初からそれが狙いだったのか。深月を十六夜ナギだと見破ったときからこの算段を組み立てていたなら油断ならない女だ。

 まあ、単に勢いだけの説もあるが。


「…………」


 言い返せず、深月は俯いてしまった。

 言葉に詰まったのかと思ったが、違う。


「――ッ」


 俺は一瞬、悪寒を覚えた。前髪の隙間から、深月が恐ろしく冷たい表情をしているのが見えたからだ。

 瞳に光がなく、人でも殺しそうな目つきをしている。

 幸い、権田原の位置からは見えないだろうが……ここで放置するのは危うい気がした。


「わかった。いいよ、それぐらいなら」


 その言葉に、咄嗟に深月は俺の方へと振り返り、権田原は満面の笑みを浮かべた。


「片桐さん!?」

「イェェェーイ! 話が早い! さすが、命を駆けた男は決断力が違うわねぇ! 好きよそういうの!」

「ただし、会社に聞いて許可が出たらだ」

「大丈夫! ウチは緩い社風だから!」

「違う。俺の会社だよ」

「はあ!? なによそれ! 許可なんていらないでしょ!? あなた個人の話なんだから!」

「名前が報道されてるんだ。一応、会社に迷惑かかるかもしれないだろ」

「かぁぁぁぁぁっ!」


 権田原は憤慨するように髪を掻き毟った。


「もう! 編集長といい、これだから昭和の人間は! 指示待ち確認待ちのポンコツだらけ! もっとスピード感を持ってやれないわけ!?」

「失礼な……」


 そも、世代で括るには昭和は広過ぎるだろうに。

 ……こいつは何歳なんだろう。外見的に30代は行ってなさそうだが。なんにせよ、社会人としてリスペクトできる要素が一切見当たらない。


「要は、会社さえOKなら出るってことね? 言質取ったわよ!」

「ああ。その代わり、十六夜ナギがここに居ることは口外しないでくれ。記事にもするのも禁止だ。約束を破ったら出演の話は白紙にする」

「はいはい、わかりましたわかりました」


 投げやりに返事をしながら、権田原は手帳とペンを取り出した。サッと書き込んで紙を破り取り、それをテーブルの上に置く。


「これ、私の連絡先よ! ちゃんと電話かけてくれないと何度もお見舞に来るから!」


 こんなのに何度も来られたら癒える傷も癒えない。


「わかったよ。空いてるときにかける」


 電話番号が書かれた紙を、俺は渋々こちらに引き寄せた。


「じゃっ、期待してるわよ! アデュー!」


 来訪と同じく、権田原は嵐のように病室を出ていった。扉の向こうから「編集長! 特ダネゲットしましたー!」という絶叫が遠ざかっていく。

 あとに残されたのは呆然とする俺たちだけだ。


「……ごめんなさい」


 沈黙を破ったのは、深月の申し訳なさそうな声だった。


「私のせいで迷惑ばかりかけて……。メディアに出るなんて嫌ですよね」

「まあ、デマ記事出される方が俺としても面倒ですし。不運だったと思うしかないでしょう」


 変に勘繰られて、会社で「あいつVTuberと付き合ってるらしいぞ」などと噂される方がよっぽど実害がある。それに比べれば、一度きりの恥晒しなど安いものだ。

 しかし……ストーカーに刺され、今度はマスコミのおもちゃにされ。

 俺の人生は一体どこへ向かおうとしているのだろうか。

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