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第4話『学校なんて行ってませんよ』

 目を覚ましてからの初日は、主治医や看護師たちとの会話、検査の連続で慌ただしく過ぎ去った。


 医師の診断によると、幸いにして内臓への深刻なダメージは免れていたらしい。出血量は多かったものの、処置が早かったおかげで命に別状はないとのことだ。すぐに救急車を呼んでくれた深月の功績と言える。

 もっとも、腹に穴が空いたのだから痛くないはずがない。麻酔が切れるたびに激痛が襲ってくるし、絶対安静の指示が出ているため、トイレに行くのさえ看護師の手を借りなければならない情けない状態だった。

 また、警察から「意識が戻り次第、事情を伺いたい」との言伝を預かっているらしく、近いうちに刑事が病室を訪れることになっていた。


 ――そんなわけで目覚めてからの翌日。


 深月は本当に俺の世話を焼くことにしたらしい。備えつけのウォーターサーバーから水を汲んだり、加湿器の調整をしたりと、来てからずっと専属のメイドのような振る舞いを見せている。

 今はベッド脇の椅子に腰掛けて、紙コップを手に待機してくれている状態だ。コップには寝たままでも飲めるようにと、曲がるストローが差してある。

 ありがたい。ありがたいのだが、俺は疑問を抱かずにはいられなかった。


「深月さん。学校は大丈夫なんですか?」


 平日の昼前だ。活動休止中とはいえ、学生なら授業があるはずだろうに。


「学校?」


 深月はキョトンとした顔になる。そして小さく吹き出した。


「私、学校なんて行ってませんよ」


 なら、中卒でVTuberをやってるってことか……?

 それはなんというか、中々にロックな生き方だ。

 そう思ったが、どうやら違ったらしい。


「もうとっくに卒業してます。これでも社会人です」

「えっ。でも、プロフィールには16歳って」

「それはガワの設定で、中身は普通に24歳ですよ」


 マジかよ。ずっと少女だと思っていたのだが……。

 しかし、24歳ならサバを読まなくても十分若いのに、どうしてわざわざ16歳に設定するのだろう。この業界ではその数年の差が重要だったりするのか?

 つくづく、よくわからん世界だ。


「ていうか片桐さん、私のこと本気で16歳だと思ってたんですか? いえまあ、若く見られるのは嬉しいですけど」


 えへへ、と綻ぶ深月。

 プロフィール情報とは別に、俺にはもうひとつ論拠があった。


「いえ、配信での喋り方とかもJKっぽかったので。語尾とかテンションとか」

「えっ!?」


 瞬間、ぐしゃりと潰れる音がした。深月が力を込めたせいで、持っていた紙コップがへしゃげて水がこぼれてしまう。


「あわわわっ! ご、ごめんなさいっ!」

「急にどうしたんですか」

「観たんですか!? 私の配信!」

「あっ、すみません。暇だったのでつい。昨晩、過去のアーカイブをいくつか」

「うぅ……恥ずかしい……」

「仕事熱心ですごいなと思いましたよ。プロだなと」

「フォローになってませんから! 深夜テンションの悪ノリを見られてるようなものなんですからね……!」


 顔を覆った指の隙間から、潤みを帯びた瞳がこちらを睨んでいる。

 やっぱり24歳には見えないな。

 内心で苦笑していると、病室に控えめなノックの音が響いた。


「どうぞ」


 返事をすると、3人の男女が顔を出した。

 全員知らない人だ。先頭に立つのはキリッとしたスーツ姿の女で、その後ろには如何にも刑事といった風貌の、中年男性と若い男性が控えている。


「失礼します」


 スーツの女が前に進み出た。

 何者だろうか。


「初めまして、片桐さん。十六夜ナギのマネージャーをしております黒鉄(くろがね)律子(りつこ)と申します」


 VTuberにもマネージャーがいるのか。嘘とは思えないが、念のために視線で深月に確認を取る。すると、肯定を示すように頷きを返された。本当らしい。

 年齢は20代半ばぐらいで、肩で切り揃えられたボブカットに銀縁の眼鏡。深月とは対照的に、理知的なキャリアウーマンといった雰囲気を纏っている。


「この度は弊社のタレントが原因で怪我を負わせてしまい、誠に申し訳ございませんでした」

「ああいえ、どうかお気になさら、っ……」


 頭を下げる黒鉄マネージャーに、俺も居住まいを正そうと上体を起こしかける。

 だが、その些細な動作だけで傷口が悲鳴を上げた。


「ぐっ、ぅ……」

「ああっ、お構いなく!」


 痛がる俺を、黒鉄は慌てて手で制す。

 その後、後ろの刑事たちに場所を譲った。


「警視庁の須藤(すどう)です。こちらは部下の木村(きむら)

「お加減の悪いところ申し訳ありません。事件について少しお話をよろしいでしょうか」


 須藤、木村と名乗ったふたりの刑事は、スーツの下から警察手帳を提示した。刑事はペアで行動するというのは本当だったらしい。


「ええ、大丈夫です。僕も気になっていたので」

「そう言っていただけると助かります」


 深月と黒鉄マネージャーは、邪魔にならないようにと壁際へ移動していく。

 話を切り出したのは若い方の刑事だった。


「まず、被疑者の蛭田は依然として行方をくらましたままです。自宅にも戻らず職場にも連絡がない。完全に潜伏している状態です」

「……そうですか」

「蛭田の動機は深月さんへの執着で間違いないでしょう。調べによると、消費者金融で借金をしてまで投げ銭を行っていたようです」

「その歪んだ愛情が憎悪に反転した。典型的なストーカーですな」


 部下の説明を、上司である須藤刑事が端的に補足する。ただ、それは報道されている情報からでも読み取れることだ。わざわざ俺に会いに来たからには、なにか別の目的があるはず。

 と、そこで壁際に控えていた黒鉄マネージャーが悔しそうに口を開いた。


「もっと早くなんとかならなかったんでしょうか。以前から何度も警察には相談していたんですよ? 粘着行為がエスカレートしてると」


 須藤刑事は苦い顔で小さく唸った。


「記録は確認しています。ただ、あの段階では具体的な脅迫や物理的な被害がなく、法的に事件として扱うには証拠が不十分でして」

「被害が出てからじゃ遅いってあれほど言ったのに!」

「りっちゃん、もういいよ。警察の方だって、できる限りのことはしてくれたんだから」


 声を荒げる黒鉄を、深月が冷静に制止する。

 警察沙汰にする予兆はあったのか。

 しかし、なにか起きないと動けないのが警察という組織。無情だが、仕方のない話なのかもしれない。


「我々としても忸怩たる思いです。だからこそ、今回の事件を以て蛭田を捕まえなければいけません。ですから――」


 一度言葉を区切り、須藤刑事は高崎さんから俺に向き直った。


「片桐さん。蛭田に対する被害届の提出と、供述調書の作成にご協力いただけないでしょうか」

「と言うと?」

「蛭田の身柄を確保したあとの話になりますが、殺すつもりはなかったと殺意を否認する可能性があります。傷害罪ではなく殺人未遂で立件するためには、被害者であるあなたの証言と処罰感情が必要なんです。無論、強要はできませんが」


 つまり、俺の意思が蛭田に制裁を下す決定打になるということか。

 十六夜ナギを、深月を殺そうとした男。その結果、俺の腹を刺した男。

 当然、許すつもりは毛頭ない。


「わかりました。ご協力します」

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