第四話
ファイアス王国、第五号塹壕跡。
何かの黒焦げた匂いがあたり一面に立ち込める。
「立てるか?」
ザイオンがこちらに手を差し伸べてくる。
いつの間にか地面に倒れていたようだ。
リーバはザイオンの手を掴んで立ち上がる。
立ち上がると同時に、頬から血が滴り落ちる。
「…はぁ」
ザイオンは長いため息を吐いた。
「こんなんでへばってるようじゃ、先が思いやられるな…」
落胆の念が入っているような気がする。
二人は馬車に乗り、王国へと帰って行った。
約二時間の間馬車に揺られたが、二人の間に会話の花が咲くことはなかった。
「師団長、着きましたぜ」
馬車の御者の声が聞こえてきた。
ふと隣を見ると、ザイオンは爆睡していた。
リーバは苦笑いをして、ザイオンの肩を揺らす。
「…んぁ?もう着いたのか?」
ファイアス王国近郊、城下町門前。
朝の霧が立ち込めていた時とは違い、正午の陽光がリーバの瞳を刺激する。
咄嗟に太陽を手で隠す。
「行くぞ」
ザイオンの問いかけに応じ、リーバは後を追う形でついていく。
歩く中で、街行く人々に見られていた。
「…あんな小さい子供が…」
遠くから聞こえてきた声。
それもそのはず。
頬に傷を子供、その前を歩く国内の師団長。
そうなるのも必然である。
歩くこと数十分、ついた場所は吹き抜けの大きな場所だった。
外壁部分である外側には、レンガの代わりに鉄格子が張り巡らされていた。
その隙間からは、中の様子が少しだけ見える。
中には、人を模した模型のようなものがあった。
それに向かって銃弾や剣で切り掛かっている人たちが見える。
「入るぞ」
リーバはザイオンについて行くように中に入る。
鉄製の門が音を立てて鈍く開く。
中は灼熱の陽射しと、爆薬と鉄の匂いが入り混じったような空間だった。
そんな空間をザイオンは何事もないかのように突っ切る。
歩いて行ったのは、演習場の端。
そこには、リーバと同等な背丈の少年がいた。
黒髪長髪で後ろ髪を纏めている。
微かに見える右耳には銀の装飾が施されたピアスをしている。
黒い軍服には破り裂かれたような跡があり、他の隊員と違って独特な雰囲気を醸し出している。
横から見える顔は少年の出立ちだが、その瞳に迷いはない。
木刀を一閃。
木造の人形が真っ二つになった。
斬ったと思われた瞬間、その少年は既に5メートルほど後方に下がっていた。
その軌跡には、残像が残っている。
リーバは子供ながらに感じていた。
『人智を超えている』
動きの俊敏さ、木造の人形を木刀のみで破壊できる怪力、どこをとってもおかしいと。
「今日は珍しく重役出勤スカ?師匠」
少年はこちらに気がつくと、木刀を腰に納めてこちらにやってきた。
「そいつは?」
この少年は早速リーバの存在に気がついたようだった。
「紹介しよう、こいつは…」
「【力を持つ者】だ」
「へー…って、え?」
少年は驚嘆の表情を浮かべていた。
「まじスカ?」
少年はザイオンに疑惑の念を浮かべていた。
「ああ、マジだ」
「まだ“発現“には至ってないがな」
少年は目を丸くしながらも、大きく口角が上がっていった。
「やった!やっと仲間ができたんだ!」
興奮した様子でリーバに近づく。
「よろしくっス!俺はザック!」
ザックは手を差し出してきた。
それに呼応するように、リーバは手を握る。
内心、リーバは圧倒されていた。
「師匠が拾ってきたってことは、君も相当な目に遭ってるんすヨネ?目が死んでるっスもん!」
「……」
リーバはザックの距離感に圧倒されて声が出ない。
「でも安心してほしいっス!俺も色々と失ってるっスから!」
ザイオンは静かに告げる。
「ザックは【崇高なる敏捷】の保持者だ」
「去年、リーバと同じ光の崇高者から力を与えられた者だ」
ザックがニヤリと笑う。
「そうそう!だから、ほぼほぼ同級生!仲良くしようっス!」
「ところで名前は?」
ザックから聞かれ、仕方なく答える。
「リーバ、リーバ・ライオス」
「リーバ…いい名前だね!よし、覚えた!」
「これからよろしくっス!リーバ!」
「挨拶は済んだか?」
ザイオンはザックに聞く。
「あったりまえじゃないスカ!」
ザイオンは小さく頷いた。
「じゃあ、リーバは一旦今日は休め。ザックはそのまま続けろ、後で合流する」
言われるがまま、リーバは病棟宿舎へと帰って行った。
夕刻、部屋でぼーっと天井を眺めている時だった。
「バンっ!」
ノックもなしに部屋に入ってきたのはザイオンだった。
「…あれ?もしかしてお取り込み中だった?」
「…あ。ごゆっくり〜」
ザイオンから変な誤解をされる前に、リーバは首を横に振った。
「違う!ただぼーっとしてただけだ!」
「冗談冗談。あんまり声を荒げるなよ」
声を荒げた原因はお前だろ。
と言いたいところをグッと抑えた。
「さて、飯食いに行くぞ」
リーバはザイオンに連れてかれて行った。
着いた場所は食堂らしき場所だった。
夕食時の喧騒が食堂を忙しなくしている。
二人はできるだけ目立たないような場所に座った。
「お前は座ってろ」
ザイオンはそう言ってどこかへ去っていった。
周りを見渡すと、屈強な男ばかりだった。
リーバは明らかに浮いている存在だ。
案の定、周りからの視線を感じる。
そうしていると、二人分の食事をザイオンが持ってきた。
「ほい、食え」
プレートには粗雑なパン、コンソメ、ハムが数枚載っている素朴な物だった。
ザイオンはコンソメを一口飲み、静かに切り出した。
「…聞かせてくれないか。力を貰った経緯、全てを」
リーバはここに至るまでの経緯を話し始めた。
両親がいなくなった、貧しい生活、光の崇高者との対峙。
至るまでの過程を全て話した。
「聞いたことない症例だな」
ザイオンはパンを咀嚼しながら答える。
「今までの症例だと、能力は一人につき一個まで」
「だが、お前は二人同時に空間に転移されている。もしかしたら、そのジェーンと言った妹も能力を貰っている可能性が高い」
リーバの目が輝いた。
「それって、この世界のどこかで生きている可能性もあるのか!?」
リーバは思わず身を乗り出した。
「…一旦落ち着け…」
周りを見ると、視線が一気にこちらに向いていた。
リーバは席に座り直す。
「正直、生きているかどうかは未知数だ。なんせ、症例として存在していないからな」
「ただ…」
ザイオンが言い淀んだ。
「ただ…?」
「残念だが、可能性としては著しく低いだろう」
その言葉を聞いた瞬間、胸が凍りついた。
「…どう言うことだ?」
「先に言ったように、二人同時にあの空間に転移した症例はない」
「だが、二人分代償を要求した事例はある」
リーバは息を飲む。
「片方は生還し、もう片方は存在ごと消された」
「皆の記憶ごと消された、と言った方が正しい」
「残るものは、最後に共にいた者が抱える記憶のみ」
「つまり…」
「存在していた記録すら抹消される」
リーバはこの言葉に絶望した。
いや、元から希望などなかったのかもしれない。
胸の奥底にあった『ジェーンが生きているかもしれない』と言う希望。
それが今、ガラスのように砕け散ったのを感じた。
耳鳴りが響く。
「…俺だけが、覚えているってことか…」
リーバの口が淡々と事実を述べるが、本人は事実を受け入れられていない。
瞳からは自然と涙が零れ落ちる。
「ああ…」
「だからこそ、お前は生きろ」
「その記憶を武器に、その絶望を武器に、戦うんだ」
ザイオンの言葉が胸に深く突き刺さる。
誓ったはずだ。
『ジェーンを奪った世界を”噛み殺す“』
と。
リーバの瞳には既に刃のような光が差し込んでいた。
ザイオンはそんな瞳を見た。
「ふっ…覚悟は十分なようだな」
「明日から本格的に初めていくからな」
「怪我が悪化しない程度に、な?」
ザイオンは笑い混じりでそう言った。




