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第三話

ファイアス王国、ヴァイス領。

早朝の偵察前哨基地、第五号塹壕。

空は雲が立ち込め、地面は雨が降ったように泥濘ぬかるんでおり、靴が地面を踏む度に嫌な音を立てて沈み込む。

周りには誰も見当たらず、代わりに金属と血の生臭い匂いが漂っていた。


「さて…」

ザイオンは塹壕の淵に立ち、神妙な面持ちで水平線を見つめる。

その先を同じように見つめると、

「お前も来い」

リーバは言われるがまま、地面に足を取られながらも塹壕から這い上がりザイオンの隣に立つ。

「どうだ?何か感じないか?」

リーバは目を閉じ、五感全部で感覚を研ぎ澄ませる。

朝特有の冷たい風が体を突き抜けていくが、その中に雨催あまもよいを感じる。

だが、何か特別な感覚がある訳ではない。

「寒い」

リーバはぶっきらぼうに答える。

「はぁ…」

ザイオンの口から苦笑いが漏れ出す。

「下がってろ」

リーバはそう言われ、塹壕の中に再び隠れた。

「聖なる御霊が神を降臨させし時」

ザイオンが低く、しかし確実に響くように詠唱を始めた。


この世界における詠唱は、基本的に祭事や冠婚葬祭の時にしか使われない。

『なぜ…?』

リーバは見守りながらも、心の奥でそう感じていた。

だが、心深の中にあった微量の不安はかき消されることになる。


「フゥゥゥゥ」

ザイオンの詠唱と同時に、まるで嵐の中心部にいるような暴風が吹き荒れ始めた。

「っ…!」

塹壕の中にいたリーバにもその衝撃が伝わってきており、咄嗟に手で目を覆う。

祿禊ろけいの力を分け与えし崇高なる神へ告ぐ」

暴風の中でも、ザイオンの声はしっかりと伝わってくる。

「永久より伝わりし不変なる力」

「神が私に与えたもうた力…」


「『崇高なる厳耐(エンデゥ)』」


その言葉が発された瞬間、暴風がピタッと止んだ。

止んだと同時に、ザイオンが放った言葉が空間に木霊する。

瞬間、リーバの頬を鋭い風が掠めた。

「……スッ」

直接何かを感じたわけではない。

ただ、明らかな違和感。

まるで空気が一瞬だけ刃に変わったような、皮膚を這う冷たさと同時に走る熱。

リーバはその感覚を辿るように頬を触る。


次の瞬間、頬を何かが掠めた。

今度ははっきりと、鋭い痛みが走った。

目線を下に落とすと、頬から真紅の血が一筋、泥の上に滴り落ちていた。

「……っ!」

痛みよりも、驚愕が先に立った。

距離は十メートル以上ある。

ザイオンは微動だにしていない。

なのに、なぜ——


「砕け散れ」

「…完遂パーフェクシ


ザイオンが静かに口を開いた瞬間、空気が歪んだ。

肉眼では捉えきれない“何か“が一斉に凝縮し、まるで水面に落ちた石の波紋のように放射状に広がる。

その中心——ザイオンの左手が紅蓮に輝き、まるで太陽を握り潰したかのような熱を放ち始めた。


千魔アクシスロー!!」

轟音が遅れて届いた。

最初は一筋。

次に十。

百。

そして、千を超える光り輝く刃物が空気を切り裂きながら顕現する。

まるで

朝靄の中でわずかに光を屈折させ、まるで無数の氷の刃が一斉に舞い降りるように輝いていた。


それは単なる風圧ではない。

“刃”そのものだ。

一枚一枚が、まるで生きているかのように弧を描き、角度を変え、加速しながらリーバを狙い打とうと構えている。

最初の一本が頬を掠めたとき、リーバは確かに“見た”。

いや、目ではなく、もっと深い場所で。

魔力の流れが、銀色の糸のように視界を横切り、刃の軌跡が脳裏に焼きついた。


次の瞬間、体が勝手に動いていた。

首をわずかに捻る。

肩を沈める。

膝を曲げる。

千本の千魔アクシスローのうち、最初の一波——三十本の刃が髪の毛一本分すら触れずに通り過ぎた。

「——っ!」

息を呑む間もなく第二波が襲う。

今度は横から、斜めから、上から。

無数の角度から死が降り注ぐ。

リーバの視界が歪み、時間が引き伸ばされた。

まるで世界がスローモーションになったかのように、刃の一枚一枚が個別に認識できた。


右から来る刃は0.3秒後、左から来る刃は0.7秒後、頭上から落ちてくる刃は1.2秒後——

すべてが、頭の中で“線”として引かれていく。

回避するための予測線が脳内で変換される。

頬を掠めた二本目、三本目、四本目。

血が飛び散り、泥に赤い花が咲いた。

だが致命傷は一つもない。

千魔アクシスローのうち、致命的な十数本を、紙一重で避けていた。

まるで『操られている』かのように。


終幕エンド

ザイオンの静かな一言。

完遂パーフェクシ

投擲物が一斉に収束し、轟音と共に空中で炸裂。

リーバが立っている場所の外側に巨大なクレーターが生まれ、半径三十メートルが一瞬で更地と化した。

焦げた匂いと塵と化した物体だけが立ち込める。


暴風が収まったとき、ザイオンは静かに左手を下ろした。

千魔アクシスローは一瞬で霧散し、空気中に溶けるように消滅していた。

左手だけが、紅蓮の残光を放ちながら白い煙を上げている。

ザイオンがこちらを向いてきた。

「…かすり傷で済んでいるのか。いい動きだな」

リーバはザイオンに向けて困惑の目を向ける。

「今の謎現象は…一体…?」


「……これが、俺の力だ」

ザイオンは静かに言った。

「空気中の【魔力】を自信の力として隷属させ、幾千の投擲物として結晶化させる」

「その名も千魔アクシスロー


「単純な筋力強化と魔力の隷属——これこそが、俺が光の崇高者(あいつら)に与えられた力…」


「【崇高なる厳耐(エンドゥ)】の力だ」


「だがな、リーバ。お前が今感じた“違和感”……あれが、お前のにあるはずの“力“だ」

リーバは息を荒げながら立ち上がる。

頬の血を拭い、震える拳を握りしめた。

確かに——

魔千刃が来る瞬間、頭の中で“線”が引かれた。

攻撃の予測線、のようなものだろうか。

「……俺は、避けた……?」

「ああ」

ザイオンは初めて、優しい笑みを浮かべた。

千刃アクシスローのうち、致命傷になるはずの刃をすべて避けた」

「10歳にも満たない子供、しかも戦闘員ではない者が、だ」

ザイオンはゆっくりと近づいてきて、リーバの肩に手を置いた。

「明日からだ。お前が、本当にこの力を望むのなら…」

ザイオンが言葉を放つ前に、リーバが口を開いた。

「答えなど決まっている」

リーバは顔を上げる。

「…余計なお世話か」


ザイオンは朝日が出ている方向を向いた。

「だが…覚えておけ」

「この力は、代償を伴う」

「お前は…」

ザイオンは言葉を切り、リーバの目を見つめた。

「もう二度と失わない為に力を使えると、誓えるか…?」

リーバは深く頷く。

鉛色の雲の切れ間から、薄い朝日が差し始める。

ヴァイス領の風はまだ冷たい。

だが、リーバの胸の奥だけは、確かに熱を帯び始めていた。


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