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第9話 常在戦場と元素体化(エレメンタル・ボディ)理論

  王立魔法学園の片隅、かつては誰も寄り付かなかった旧校舎の第三演習場は、今や学園内で最も危険な場所として認知されていた。

 そこは「特別選抜クラス」改め「アルヴィス地獄教室」の拠点である。


 今日もまた、早朝から六歳の講師による常識外れの講義が行われていた。


「――遅い」


 教室(と言っても机も椅子も撤去された、ただの空間だが)の中央に立つアルヴィスの声が、冷徹に響く。


「魔法の発動に何秒かけている? マルクス、お前の『火球』、着火までに2.5秒かかっているぞ。実戦なら、その間に三回は首を跳ね飛ばされている」


 指摘された赤髪の少年マルクスは、悔しそうに唇を噛んだ。

 彼はすでに、この学園の平均的な三年生よりも遥かに速い速度で魔法を展開している。従来の常識で言えば「天才」の領域だ。

 だが、この教室の基準スタンダードはそこではない。


「いいか、よく聞け」


 アルヴィスは、チョークの粉一つ落ちていない空中に、指先で光の軌跡を描きながら説いた。


「魔法の発動は1秒以下が理想だ。いや、理想と言うよりは『最低条件』だ」


 彼は生徒たちを見渡す。

 彼らの目には、もはや反発の色はない。あるのは、絶対的な強者への畏怖と、食らいつこうとする必死の渇望だけだ。


「厳密に言えば、『発動=思考速度』が望ましい。脳が『撃つ』と認識した瞬間には、すでに術式が完成し、現象が顕現している。それが極致だ。前世……いや、俺の知る強者たちは皆そうだった」


 アルヴィスは、かつて死闘を繰り広げた『厄災の王』や、その配下の異能者たちを思い出す。

 彼らとの戦いに、コンマ数秒の遅れは許されなかった。認識の遅れは即ち死、思考の隙間こそが最大の急所だった。


「だがまあ、お前たちにいきなりそこまで求めはしない。俺は優しいからな。だからまずは1秒だ。1秒以内に魔法を完成させろ」


 生徒たちの間から、「1秒……」と、絶望的な呟きが漏れる。

 従来の魔法教育では、詠唱に十秒、魔力充填に十秒、照準に五秒かけるのが「丁寧で正しい魔法」とされてきた。

 それを1秒に短縮しろというのは、書道の授業で「筆を使わず、念じるだけで半紙に文字を書け」と言われているようなものだ。


「無理だと思うか? 思考のショートカットを作れ。脳の回路を焼き切れ。無駄なプロセスを削ぎ落とせ。『精霊よ~』なんて挨拶はいらない。『燃えろ』という結果だけをイメージしろ」


 アルヴィスは右手をスッと上げた。

 人差し指が天井を指す。


 その動作に、生徒たちの肩がビクリと跳ねた。


「おっと、まだだ。今は説明中だ」


 アルヴィスはニヤリと笑うと、指を下ろした。

 生徒たちが、安堵の息を漏らす。


「さて、なぜ俺がこれほどまでに『速度』にこだわるか。それは攻撃のためだけじゃない。むしろ防御のためだ」


 アルヴィスは、演壇(自作の土魔法製)に座り込み、足を組んだ。


「魔法使いは打たれ弱い。それが、この世界の常識だろ? 肉体は貧弱、鎧も着られない。不意打ちを受ければ即死。だから騎士に守ってもらう。……そんな甘ったれた考えは捨てろ」


 彼の目が、鋭く光る。


「究極の防御とは何か。盾魔法か? 結界か? 違う。それらは所詮、魔力による壁だ。より強い出力で殴られれば割れる」


 アルヴィスは、自身の身体を指差した。


「数多く存在する魔法の奥義の中に、一つ面白い技術がある。自らの属性へ、肉体そのものを変換する術だ」


「にくたいを……へんかん……?」

 風使いの少女が、ポカンと口を開ける。


「そうだ。俺はこれを『元素体化エレメンタル・ボディ』と呼んでいる」


 アルヴィスが左手をかざす。

 すると彼の手首から先が、ボウッと音を立てて「炎」に変わった。

 幻影ではない。肉体そのものが、高熱のプラズマと化したのだ。


「うわぁっ!?」

「腕が……燃えている!?」


「燃えているんじゃない。燃焼現象そのものになったんだ。見てみろ」


 アルヴィスは、炎となった左手で近くにあった鉄パイプ(訓練用)を握った。

 ジュッという音と共に鉄パイプが瞬時に溶解し、飴細工のように曲がる。

 そして彼は、右手で持っていたナイフを、炎の左腕に突き立てた。


 スカッ。


 ナイフは抵抗なく炎をすり抜け、空を切った。

 血も出ない。傷もつかない。

 刃が通り過ぎた後、炎が揺らめき、再び元の腕の形(ただし炎だが)へと戻る。


「物理攻撃無効。これが『元素体化』のメリットだ」


 生徒たちは言葉を失った。

 剣も槍も矢も効かない。斬っても突いても、そこには実体がないのだから。


「水になれば刃は水を切るだけ。土になれば鋼鉄の硬度を得るか、あるいは砂となって衝撃を逃がす。風になれば、あらゆる攻撃をすり抜ける」


 アルヴィスは炎の腕を解除し、元の白い肌に戻した。


「これこそが究極の防御だ。相手が物理攻撃を仕掛けてきた瞬間、被弾する部位だけを元素化させれば、ダメージはゼロになる」


 それは、魔法使いの概念を覆す理論だった。

 魔法使いは遠距離から撃ち合うものではない。

 近距離で物理攻撃を無効化しながら、相手を一方的に焼き尽くす「無敵の存在」になれるのだ。


「もちろん万能じゃないぞ。反対属性……例えば、俺が炎になっている時に水をぶっかけられれば、実体に戻るどころか大ダメージを受ける。過信は禁物だ」


 アルヴィスは釘を刺す。

 エレメンタル・ボディ系能力の弱点だ。相性関係だけはどうしようもない。


「だが、同属性や物理攻撃に対しては無敵だ。これを習得すれば、お前たちの生存率は飛躍的に跳ね上がる」


 生徒たちの目に、欲望の色が宿る。

 欲しい。その力が欲しい。

 物理無効。それは、貧弱な魔法使いにとって夢のような能力だ。


「ただし」

 アルヴィスは、意地悪く笑った。


「この『元素体化』を発動するためには、相手の攻撃が当たる『着弾の瞬間』に魔法が完成していなければならない。0.1秒遅れれば、剣はお前の心臓を貫いている。死んでから炎になっても意味がない」


 そう。

 ここで最初の「速度」の話に戻るのだ。


「敵の剣閃が見えてから詠唱して、魔力を練って……なんてやってる暇はない。『来る』と思った瞬間に、身体が勝手に元素になっていなければならない。そのためには、どうすればいい?」


 アルヴィスは生徒たちに問いかける。

 マルクスが、恐る恐る答えた。


「……反射神経を鍛える……ですか?」


「半分正解だが甘い」

 アルヴィスは首を振る。


「答えは『常に発動状態スタンバイにしておく』だ」


 彼は立ち上がり、演習場の空を見上げた。


「『常在戦場』……この世界でなんて言うんだ? まあいいや。ともかく、常に戦場にいると思え」


 アルヴィスの放つ空気が、ピリリと変わる。

 殺気ではない。だが、肌が粟立つような絶対的な緊張感。


「家でくつろいでいる時も、飯を食っている時も、クソをしてる時も、寝ている時でさえもだ。常に魔力を皮膚の下に巡らせ、意識のトリガーに指をかけておけ。誰かが殺意を向けた瞬間、あるいは何かが肌に触れる直前、無意識レベルで魔法が発動するように、脳と魔力回路を直結させろ」


 それは、精神を極限まで摩耗させる狂気の修行法だった。

 24時間365日、一瞬も気を抜くなと言うのだ。


「無理だと言う顔をしているな。だが出来る。俺の弟子エレノアは、もうやっている」


 生徒たちが一斉にエレノアを見る。

 彼女は教室の隅で片足立ちで瞑想しながら、周囲に浮かべた数個の水球を、それぞれ別々の軌道で高速回転させていた。

 マルチタスクの極地。彼女はすでに、日常動作のすべてを「修行」に変えていた。


「あいつに負けて悔しくないのか? 男なら根性見せろ」


 アルヴィスの煽りに、マルクスたちの顔が引きつる。

 悔しい。もちろん悔しい。だが、それ以上にこの教師の要求水準が高すぎる。


「さて、理論は分かったな? じゃあ実践だ」


 アルヴィスは再びニヤリと笑った。

 その笑顔は、生徒たちにとって「地獄の釜の蓋が開いた」合図だった。


「今後、俺の授業中……いや、俺が視界に入っている間は常に警戒しろ」


 彼は右手をぶらりと下げた。


「俺がこうやって指を一本立てたら」


 スッ。

 彼の人差し指が立つ。


「俺に攻撃しろ」


「……は?」

 生徒たちが呆気にとられる。


「全力でだ。殺す気で撃て。座学の途中だろうが、飯を食ってる途中だろうが関係ない。俺が指を立てた瞬間、それが『開戦の合図』だ」


 アルヴィスは楽しそうに、ルールを説明する。


「反応速度は1秒以内。それ以上遅れたら『死んだ』とみなす。俺へのダメージは気にするな。お前ら程度の魔法、俺の『自動防御オート・シールド』の前ではそよ風にもならん」


 絶対強者の余裕。

 だが生徒たちは戸惑っていた。教師に魔法を撃つ? しかも不意打ちで? そんなことが許されるのか。


「おい、何ボサッとしてる」


 アルヴィスの声が低くなる。


「俺は今、指を立てているぞ?」


 ハッとして見れば、彼の人差し指は天井を指したままだった。


「…………1秒経過」


 アルヴィスが指を下ろす。

 同時に、彼の姿がかき消えた。


 ドゴッ! バキッ! ズドンッ!


「ぐああっ!?」「ひでぶっ!」「ぎゃあああ!」


 瞬きの間に、マルクスを含む最前列の生徒三人が、壁まで吹き飛ばされていた。

 アルヴィスによる愛の鞭(物理)である。


「遅い! 遅すぎる! 今のが敵の攻撃なら、お前らは全員首が飛んでるぞ!」


 アルヴィスは仁王立ちになり、倒れた生徒たちを一喝する。


「戦場では『待った』は無しだ! 合図を見逃すな! 常にアンテナを張れ! はい、反応できなかった馬鹿どもは罰として、高重力グラビティ下での腕立て伏せ100回だ! 今すぐ始めろ!」


「ひひぃぃぃぃ……!」

「あ、悪魔だ……!」


 生徒たちは涙目になりながら、重力魔法で加重された空間で腕立て伏せを始めた。

 腕がプルプルと震え、汗が滝のように流れる。


「腰が高いぞマルクス! 魔力で筋肉を補強しろ! 肉体強化フィジカル・ブーストと、詠唱短縮ショートカットの同時並行処理だ!」


 アルヴィスの怒号が響く。

 これが、アルヴィス・クラスの「日常」の始まりだった。


          ◇


 それからの日々は、生徒たちにとって悪夢と進化の連続だった。

 アルヴィスは、本当にいついかなる時でも「指」を立ててきた。


 魔法理論の講義中。

 黒板に文字を書いている最中に、背中越しにヒョイと指を立てる。


「ッ!! 《ウィンド・カッター》!!」


 最速で反応したのは、風使いの少女だった。

 彼女はノートを取っていたペンを投げ捨て、無詠唱で風の刃を放つ。

 机が真っ二つになり、プリントが舞い散る中、風の刃はアルヴィスの背中に直撃――する寸前で、見えない壁に弾かれて消滅した。


「反応速度0.8秒。悪くない。だが威力が足りん。殺意を込めろと言っただろう。殺す気がない攻撃など、ただの挨拶だ」


 アルヴィスは振り返りもせず、黒板に数式を書き続ける。

 少女は「くっ……!」と悔しがりながらも、安堵する。

 罰ゲーム(腕立て)は免れたからだ。

 反応が遅れた他の生徒たちは、無言で教室の後ろに移動し、重力下スクワットを始めている。


 昼休み。

 食堂で優雅にランチを楽しんでいる時。

 遠くの席でアルヴィスが、フォークを持ったまま小指を立てた(お茶目なポーズではない合図だ)。


「「「《ファイア・ボール》!!」」」

「「「《アイス・ランス》!!」」」


 マルクスたちが、口いっぱいにサンドイッチを頬張ったまま、一斉に魔法を放つ。

 食堂がパニックになる。

 火球と氷槍が飛び交い、生徒たちの悲鳴が上がる。


 だが、それらの魔法はすべてアルヴィスの周囲1メートルで霧散した。

 アルヴィスは優雅にサラダを口に運びながら、採点する。


「マルクス0.9秒。ギリギリ合格。だが食事中は行儀よくしろ。食べ物を粗末にするな」


「むぐぐぐ……(理不尽だ……!)」


 トイレの個室から出てきた瞬間。

 廊下ですれ違いざま。

 さらには移動教室の階段の上から。


 アルヴィスの「指」は神出鬼没だった。

 生徒たちは常に神経を尖らせ、いつ襲い来るかわからない「試練」に備えなければならなくなった。

 リラックスできる時間などない。

 寝ている時でさえ、「夢の中で指を立てられたらどうしよう」という強迫観念に襲われ、飛び起きる者もいた。


 だが。

 その極限のストレス環境こそが、彼らを劇的に進化させていた。


 一週間もすれば、彼らの「魔法発動速度」は常人のそれを遥かに凌駕していた。

 詠唱などしている暇はない。

 脳が「敵(指)」を認識した瞬間、脊髄反射で魔力回路が連結し、現象が構築される。

 それはもはや「魔法」というより、「生体反応」に近かった。


 そしてついに、その時が来た。


          ◇


 放課後の演習場。

 夕日が沈みかけ、辺りが薄暗くなり始めた頃。

 ボロボロになった生徒たちが、整列していた。


「よし。反応速度は及第点だ。次はいよいよ『元素体化』の実践だ」


 アルヴィスは、一人の生徒を指名した。

 マルクスだ。


「マルクス。お前は『炎』への適性が高い。そして、あの日の授業で『熱の操作』という概念も理解したはずだ」


「ははい!」


「今から俺がお前を攻撃する」


 アルヴィスは道端の小石を拾った。

 ただの小石だ。

 だが、彼が持つとそれは凶器以上の何かになる予感がした。


「この石をお前の額にぶつける。速度は音速の半分くらいだ」


「死にますよ!?」


「死にたくなければ、その瞬間、自分の頭部を『炎』に変えろ。物理的な実体を捨て、エネルギー体になれ」


 無茶苦茶だ。

 だがマルクスは知っている。この教師はやる男だ。

 そして出来なければ本当に死ぬ(あるいは、死ぬ寸前で治されるという屈辱を味わう)ことも。


「い、行きます……!」


 マルクスは、死刑台に立つような覚悟で構えた。

 魔力を練る。

 自分の肉体のイメージを捨てる。

 俺は人間じゃない。俺は炎だ。熱だ。揺らめく現象だ。


「いい覚悟だ。では――」


 アルヴィスが投球のモーションに入った。

 振りかぶる。

 その動作が、スローモーションのように見える。


(来る……!)


 マルクスの脳内クロックが加速する。

 腕が振られる。指先から石が離れる。


(今だ!)


 マルクスは、自分の頭部にある魔力回路を限界までオーバーロードさせた。

 肉体を構成するタンパク質や水分といった物質的な結合を、魔力によって強制的に分解し、熱エネルギーへと変換する。


 ――解釈の書き換え。

 ――俺は燃焼する。


 ヒュンッ!!


 空気を切り裂く音がした。

 小石が、マルクスの額を貫通した。


 バシュッ!


 だが血は出なかった。

 小石が触れた瞬間、マルクスの頭部は爆発したかのように四散し――いや、激しい炎となって揺らめいた。

 小石は何の抵抗もなく、その炎の中を通り抜け、背後の壁にめり込んだ。


 ボウッ……。


 炎が収束し、再びマルクスの顔が形成される。

 彼は自分の顔をペタペタと触った。

 ある。

 鼻も口も目も。

 傷一つない。


「……で、できた……」


 マルクスは震える声で呟いた。

 自分の身体が一瞬だけ「消滅」し、そして「再生」した感覚。

 それは、人間を辞めた瞬間の、恐ろしくも甘美な感覚だった。


「ふん。形にはなったな」


 アルヴィスはつまらなそうに言ったが、その口元はわずかに緩んでいた。


「タイミングはギリギリだ。あと0.1秒遅ければ、脳漿をぶちまけていたぞ。だが、成功は成功だ」


「や、やった……! やったぞおおおお!!」


 マルクスが歓喜の叫びを上げる。

 他の生徒たちが、驚愕と羨望の眼差しで彼を見る。

 「すげえ……!」「本当に物理無効化しやがった!」


「調子に乗るな」


 アルヴィスが、冷水を浴びせる。


「頭だけ炎になっても、胴体を斬られたら死ぬぞ? 最終的には全身を、それも無意識下で変換できるようにしろ。道のりは長いぞ」


「ははいッ! 師匠!」


 マルクスの返事には、もはや一片の迷いもなかった。

 彼は知ったのだ。

 この地獄の先に、誰も見たことのない「高み」があることを。


 それからアルヴィス・クラスの訓練は、さらに過激さを増していった。


 風使いの生徒は、飛んでくる矢を、身体を霧に変えてすり抜ける練習を。

 土使いの生徒は、剣撃を受けた瞬間、皮膚をダイヤモンド並みの硬度に変化させる練習を。

 水使いの生徒は、打撃を受け流すために身体を液状化させる練習を。


 演習場は、毎日が命がけのサーカス小屋のようだった。

 悲鳴と爆発音と、そして狂気じみた笑い声が絶えない。


 そんな彼らを学園の他の生徒たちは、もはや「落ちこぼれ」とは呼ばなかった。

 「戦闘狂バーサーカー集団」。

「アルヴィスの狂信者たち」。

 畏怖と恐怖を込めて、そう呼ぶようになっていた。


 ある日の夕暮れ。

 全ての訓練を終え、ボロ雑巾のようになった生徒たちを見下ろしながら、アルヴィスは独り言ちた。


「……まあ、こんなもんか。基礎はできたな」


 彼の目には、生徒たちの体内に流れる魔力が、以前とは比べ物にならないほど太く、そして鋭く練り上げられているのが見えていた。

 彼らはもう、ただの魔法使いではない。

 魔法という概念を物理次元で体現する、生ける兵器となりつつあった。


「これで俺の代わりに働いてくれる駒が、揃ってきたな」


 アルヴィスは本来の目的(隠居生活)を思い出し、満足げに頷いた。


「あとは実戦経験か……。まあそれは、向こうからやってくるだろう」


 彼は遠くの空を睨んだ。

 魔物のスタンピードか、あるいは他国との小競り合いか。

 トラブルの予感は常にある。

 だが今の彼らなら、俺が手を貸すまでもなく、大抵のことは解決できるだろう。


「よし、今日はここまで! 解散! 明日は水中での魔法発動訓練だ! 溺れるなよ!」


「「「イエッサー!!!」」」


 生徒たちの軍隊のような返事が響き渡る。

 その声には、もはや悲壮感はなく、どこか清々しい充実感さえ漂っていた。


 こうして、現代最強の異能者による「魔法使い改造計画」は、着々と、そして最悪の方向(最強への道)へと進んでいくのだった。

 学園長が増え続ける備品修繕費の請求書を見て胃薬を飲み続けていることなど、アルヴィスは知る由もなかった。

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