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第21話 王の決断と魔導革命(魔眼・結界・元素体化の評価)

 リリアン王国王都、ライゼンシルヴァリオン宮殿。

 その地下深くに存在する、王族と一部の重鎮のみが入室を許された「深奥会議室」。

 分厚い石壁には強力な防諜結界と遮音魔法が幾重にも施され、ここでの会話が外に漏れることは、物理的にも魔術的にもあり得ない。


 重苦しい沈黙の中、円卓を囲む男たちの表情は、興奮と戦慄、そして抑えきれない歓喜で歪んでいた。


「……して、報告は以上か? 魔導師長ロンウェルよ」


 玉座に深く腰掛けた国王ゼノンが、低い声で問うた。

 彼の目の前には分厚い羊皮紙の束が積まれている。

 表題には『特別講師アルヴィス・フォン・ヴァルドスタによる新規魔導理論および実証実験報告書』と記されていた。


「は、はいっ……! 陛下、以上が……現在確認されている、の神童がもたらした『新技術』の概要でございます!」


 答えたのは、宮廷魔導師団を束ねる老魔導師ロンウェルである。

 この国最高の魔法知識を持つとされる賢者だが、今の彼はまるで初めて魔法を見た子供のように目を輝かせ、同時に未知の恐怖に震えていた。


「信じられません……。いや、目の前で実証データを見せられてなお、私の脳が理解を拒もうとしております。

 これらの一つ一つが、魔法史を百年、いや五百年は進める大発見なのですぞ……!」


 同席していた宰相ギデオン、騎士団長ヴァレリウスもまた、腕を組んだまま唸り声を上げている。

 彼らは武官と文官のトップとして、この報告書が持つ軍事的・政治的意味の重さを痛感していた。


「では、順を追って整理しよう」


 ゼノンは震える手で、報告書の一枚目をめくった。


「まずは……『魔眼ギフト』、そして『結界魔法』の概念についてだ。ロンウェル、お主の評価は?」


「素晴らしいです! 言語を絶するほどに!」


 ロンウェルが食い気味に叫んだ。


「まず『魔眼』。これは古来より、神に選ばれた血筋の者にのみ発現する先天的な異能とされてきました。

 我々魔導師にとって、それは憧れであり、同時に嫉妬の対象でもありました。


 しかしアルヴィス殿は、あろうことかこれを『眼球への術式付与』という技術的アプローチで再現してしまったのです!」


 ロンウェルは、黒板の図解を指差すように、空中に光の図面を展開した。


「眼球を、レンズではなく『魔力の射出砲身』として再定義する、この発想の転換!

 そして、それを実現するための微細な魔力回路の構築理論! 完璧です。あまりにも美しく、そして合理的です」


「うむ。見るだけで発動するか……恐ろしい能力だ……」


 ヴァレリウス騎士団長が、武人の顔で呻いた。


「戦場において、予備動作モーションと詠唱は攻撃の合図だ。

 我々騎士はそれを読んで回避や防御を行う。

 だが『見るだけ』となれば……目が合った瞬間に燃やされる、あるいは凍らされる。対処のしようがない」


「左様でございます。これは魔法戦の前提を根底から覆す『魔眼革命』と言って良いほどの物です」


 ロンウェルが力説する。


「これまでは『魔眼持ち』は突然変異の怪物として恐れられましたが、これからは『魔眼は装備品』となるのです。

 兵士に剣を持たせるように、魔導師に魔眼を持たせる時代が来るのです」


「……それで、実用化の目処は?」


 ゼノンの問いに、ロンウェルはニヤリと笑みを浮かべた。


「ご安心ください、陛下。アルヴィス殿の理論は、驚くほど実践的でした。

 難易度は、宮廷魔導師クラスであれば十分に習得可能なレベルです。

 事実――」


 ロンウェルは、部屋の隅に控えていた三名の若き魔導師たちを前に出させた。

 彼らは緊張した面持ちで、王の前に跪く。


「彼ら三名は、私の指導の下、アルヴィス殿の論文を参考に魔眼作成の儀を行いました。その結果……ご覧ください」


「面を上げよ」


 王の言葉に従い、三名が顔を上げる。

 その瞳には、微かな魔力の光が宿っていた。


「陛下、失礼ながら実演を。……『拘束バインド』」


 一人の魔導師が、部屋に用意されていた実験動物(魔物の子供)を睨みつけた。

 詠唱はない。杖も構えていない。

 ただ視線を向けただけだ。


 ギャッ!


 魔物が悲鳴を上げ、その場に硬直した。

 見えない鎖に縛られたかのように、身動き一つ取れなくなっている。


「おお……!」


 宰相ギデオンが、感嘆の声を上げる。


「ええ、魔眼はすでに3名成功しております。

 動きを封じる簡単な『拘束の魔眼』ですが、これも素晴らしい能力です。


 視界に入れた対象の運動神経に直接魔力干渉し、一時的に麻痺させる。

 暗殺、捕縛、護衛……あらゆる局面で絶大な効果を発揮するでしょう」


 ロンウェルは誇らしげに胸を張った。


「維持コストの問題で長時間の使用は困難ですが、ここぞという時の切り札としては十分すぎます。

 彼らはまだ基礎を学んだばかり。いずれはさらなる魔眼――発火、透視、遠見などを開発出来るでしょう……」


「うむ……」


 ゼノンは深く頷いた。

 たった一枚の論文で、宮廷魔導師団の戦力が底上げされたのだ。

 それも、これまで『不可能』とされてきた聖域の技術によって。


「次に『結界魔法』についてだ」


 ゼノンは次のページをめくった。


「これについても、概念そのものが革新的です」


 ロンウェルが解説を引き継ぐ。


「これまでの防御魔法は『盾』でした。前から来る攻撃を受け止める壁。

 しかしアルヴィス殿の結界は『空間の支配』です。座標を指定し、その空間内の法則を書き換える」


「隠密や防御にも使えるとなると、万能ですな」


 ギデオンが舌を巻く。


「『認識阻害結界』……姿を消すのではなく、認識させなくする。

 これは諜報部隊に、喉から手が出るほど欲しい技術です。


 敵国の城内に堂々と侵入し、重要書類を盗み出すことも可能になる」


「それだけではありません」


 ヴァレリウスが付け加える。


「報告によれば、彼の生徒たちは結界を足場にして空中を移動しているとか。

 空を飛ぶには風魔法の才能が必要不可欠でしたが、結界魔法があれば誰でも高所を取り、立体的機動が可能になる。


 攻城戦の概念が変わりますぞ」


「うむうむ、習得を急げ」


 ゼノンは即断した。


「宮廷魔導師団のみならず、隠密部隊、近衛騎士団にも基礎的な結界術を叩き込め。

 特に『認識阻害』と『物理遮断』は最優先だ。


 防衛と諜報、両面において我が国の優位性を確固たるものにするのだ」


「ハッ! 直ちにカリキュラムを組みます!」


 そしてゼノンは、最後のページに目を落とした。

 そこには、最も危険で最も理解不能な技術の名が記されていた。


「……そして『元素体化エレメンタル・ボディ』か」


 その言葉が出た瞬間、会議室の空気が一気に重くなった。

 先の二つが「便利な道具」だとするなら、これは「禁断の兵器」だ。


「肉体を魔力そのものに変換し、物理攻撃を無効化する……。おとぎ話の精霊や悪魔の所業だな」


 ゼノンが呻くように言った。


「はい。これに関しては……正直に申し上げますと、再現は極めて困難です」


 ロンウェルが悔しそうに唇を噛んだ。


「これは超高難易度です。理論は分かります。『自己の肉体構成を魔力定義に置換する』。

 言葉にすれば簡単ですが、それを実行するには、狂気じみた魔力制御能力と、己の肉体という概念を捨て去る強靭な精神力(狂気)が必要です」


 ロンウェルは首を振った。


「アルヴィス殿の生徒たちは、地獄のような重力訓練を経て脳のリミッターを焼き切ることで、これを体得したそうです。

 我々大人の魔導師は、知識と常識が邪魔をして、無意識のブレーキがかかってしまう。


 ……悔しいですが、現時点では宮廷魔導師団でも、これを習得できる者は皆無でしょう」


「ふむ。元素体化は難しいか」


 ゼノンは顎をさすった。


「だが逆説的に言えば、それを使いこなすアルヴィスの生徒たち――『特別選抜クラス』の子供たちは、それだけ規格外の戦力ということだ」


「はい。彼ら一人一人が、戦略級魔導師に匹敵します。

 物理攻撃無効の炎の魔人、風の魔人が戦場を駆け巡る……想像するだけで鳥肌が立ちます」


「天才ですな……アルヴィスは」


 ギデオンが、畏怖と感嘆の混じった溜息をついた。


「わずか六歳にして既存の魔法体系を解体し、再構築し、実用化まで持っていく。

 彼一人の頭脳が、我が国の百年分の研究機関を凌駕している」


「うむ」


 ゼノンは報告書を閉じた。

 その瞳には、冷徹な王としての光が宿っていた。


「これら新技術……特に魔眼と結界は、我が国の国力を飛躍的に高める鍵となる。

 だが同時に、諸刃の剣でもある。


 もしこの技術が他国――特に軍事国家ガルニア帝国などに漏れれば、我々の優位性は失われるどころか、甚大な脅威となるだろう」


 王の視線が、三人の重鎮を射抜く。


「他国に漏れるようなことがないようにな。徹底した情報管制を敷け」


「ハッ! それは、気を使って漏れることのないようにします!」


 ギデオンが深く頭を下げる。


「関連する魔導師、研究員には、最高レベルの守秘義務契約(魔法契約)を結ばせます。

 裏切り者は即座に処断する体制を整えましょう。


 また、アルヴィス殿の論文は原本を王家が管理し、写本は閲覧制限をかけた上で重要部分を暗号化します」


「うむ。頼んだぞ」


 ゼノンは玉座の背もたれに体重を預け、天井を仰いだ。


「アルヴィスの知恵さえあれば、魔法大国となることも不可能ではない!」


 その言葉には、確かな熱がこもっていた。

 小国であったリリアン王国が、大陸の覇権を握る未来。

 それが一人の少年の存在によって、現実味を帯びてきているのだ。


「それだけに……」


 王は苦笑いを浮かべた。


「アルヴィスの好きなようにさせておけ」


「は? ……よろしいのですか?」


 ヴァレリウスが目を丸くする。


「あの少年は気まぐれで、不遜で、常識外れですぞ?

 先日も、学園のプールを水浸しにしたとか、校舎の一部を改造して秘密基地にしたとか……」


「構わん」


 ゼノンは手を振った。


「彼を縛り付けようとしてはならん。彼は、枠にはめればはめるほど、その才能を腐らせるタイプだ。

 あるいは窮屈さを嫌って他国へ逃げるかもしれん。それが一番の損失だ」


 王は、チェス盤を挟んで向かい合った時の、あの少年の瞳を思い出していた。

 退屈そうで、しかし全てを見透かしているような金色の瞳。


 彼は権力にも、金にも、名誉にも興味を示さない。

 ただ「面白いこと」と「平穏(という名のサボり)」を求めているだけだ。


「彼が求めているのは『自由』だ。ならば我々はそれを与えよう。

 彼の思いつき、彼の遊び、彼の実験……その全てを黙認し、支援し、そしてその『おこぼれ』を頂戴するのだ」


 王はニヤリと笑った。


「まだ六歳だしな……。子供の遊びに付き合うのも、大人の度量というものよ」


 それは王としての寛容さであり、同時に黄金を生むガチョウを逃がさないための、老獪な計算でもあった。


「ロンウェル。お主は引き続き、アルヴィスとのパイプ役を務めよ。

 彼の機嫌を損ねず、かつ新技術の断片でも良いから拾い集めてくるのだ」


「ハッ! 喜んで! あの方の『遊び』は、私にとっても至高の授業でございます!」


「ギデオン。お主はアルヴィスの行動によって生じる損害……校舎の破壊やら何やらを迅速に補填しろ。金に糸目はつけるな」


「承知いたしました。未来への投資と考えれば安いものです」


「ヴァレリウス。お主は陰から彼を護衛せよ。……まあ、彼に護衛など不要かもしれんが、彼を狙う輩を事前に排除するのだ」


「御意。害虫駆除は任せていただきましょう」


 会議は終わった。

 リリアン王国は国を挙げて「アルヴィス・フォン・ヴァルドスタを全力で甘やかし、その知恵を搾り取る」という方針を固めたのである。


          ◇


 その頃。


 王立学園の屋上。

 アルヴィスは、自作した結界のハンモックに揺られながら、優雅に昼寝をしていた。


「……むにゃ。なんか寒気が……」


 彼は寝返りを打ち、背中を掻いた。


「また誰か、俺を使って良からぬことを考えてるな……。まあいい、実害がなければ放置だ」


 彼は再び、まどろみの中へ落ちていく。

 その平穏な寝顔の下で、世界を揺るがす知識と力が渦巻いていることを、空を行く雲だけが知っていた。


 現代最強の異能者による「気楽な無双」は、周囲の大人たちの壮大な勘違いと期待を背負いながら、今日もマイペースに進んでいくのだった。

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