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第13話 不死への第一歩(自己再生と血液操作)

 王立魔法学園第三演習場。

 そこは「アルヴィス地獄教室」の本拠地であり、生徒たちが日々、人間の限界を超えていく実験場でもあった。


 聖女候補たちへの「治癒魔法」の指導が軌道に乗ってきたある日の午後。

 アルヴィスは自身のクラスの生徒たちを集め、新たなカリキュラムの発表を行っていた。


「――いいか、お前ら。最近、調子はどうだ?」


 演壇に座るアルヴィスの問いに、生徒たちは自信に満ちた顔で応える。

 赤髪のマルクスが、自慢げに拳を握った。


「絶好調です、師匠! 昨日の模擬戦でも、騎士科の連中をボコボコにしてやりましたよ。魔法(物理)でな!」


「わたくしも、常時重力負荷25Gでの生活にも慣れてきましたわ。最近はベッドが柔らかすぎて、逆に眠れないくらいです」


 エレノアも、涼しい顔で同意する。


 彼らの身体能力と戦闘技術は、すでに常人の域を遥かに超えていた。

 だが、アルヴィスは満足していなかった。


 攻撃力と防御力は上がった。

 しかし「継戦能力」と「生存性」において、まだ決定的なピースが欠けている。


「ふむ。調子に乗るなよ。お前らはまだ、ただの『硬くて速いガラスの大砲』だ」


 アルヴィスの冷ややかな言葉に、生徒たちの表情が引き締まる。


「『攻撃は最大の防御』というが、実戦では想定外の一撃を食らうこともある。不意打ち、罠、あるいは格上の相手からの致死攻撃。……腕の一本や二本、吹き飛ぶことだってあるだろう」


 生徒たちがゴクリと喉を鳴らす。

 彼らは知っている。この教師が言うことは単なる脅しではなく、必ず起こりうる未来のシミュレーションであることを。


「そこでだ。今日は新しい技術を叩き込む」


 アルヴィスは立ち上がり、黒板(異能製)に大きく文字を書いた。


自己再生セルフ・リジェネレーション


「現在、俺はあっち(病院)で聖女候補たちに『治癒魔法ヒール』を教えている最中だが……はっきり言っておく。お前たちには、あのレベルの『他者治癒』は無理だ」


「む、無理ですか……?」


 一人の生徒が残念そうに声を上げた。

 ヒーラー能力は、パーティに一人は欲しい憧れのスキルだ。


「ああ無理だ。諦めろ」


 アルヴィスは無慈悲に断言した。


「先生! 治癒と再生、何が違うのですか! 俺たちだって魔力操作なら自信があります!」


 マルクスが食い下がる。

 彼は「できない」と言われると燃えるタイプだ。


「いい質問だ」


 アルヴィスは指を立てて、解説を始めた。


「まず『治癒ヒール』とは、他者の肉体に干渉し、その生命力を活性化させ、損傷を修復する技術だ。これには他人の魔力波長に同調する繊細さと、人体の構造を完璧に把握する知識、そして何より『他者を癒やす』という特異な才能ギフトが必要になる」


 アルヴィスは聖女候補たちの顔を思い浮かべる。

 彼女たちは魔力そのものが「慈愛」の性質を帯びていた。あれは、生まれ持った資質だ。


「経験不足を補う才能や、他人の痛みを自分のものとして感じる共感能力。これはいくら訓練しても、出来ない奴には出来ない。……特にお前らみたいな、敵を殴ることしか考えてない戦闘狂どもにはな」


「うぐっ……」


 生徒たちが言葉に詰まる。自覚はあるようだ。


「対して『再生リジェネ』は違う。これは自己完結型の技術だ」


 アルヴィスは自分の胸をトントンと叩いた。


「『再生』に必要なのは才能じゃない。『自己認識』だ。お前たちは自分の身体のことを、誰よりも知っているはずだ。指の長さ、骨の形、血管の配置。……自分の『魂の輪郭』を、無意識レベルで把握している」


「魂の……輪郭……?」


「そうだ。肉体が傷ついても、魂のブループリントは傷つかない。その『正しい形』を記憶し、魔力を流し込んで、肉体をその形に合わせて再構成する。それが『自己再生』だ」


 アルヴィスはニヤリと笑った。


「他人の身体の設計図を読むのは難しいが、自分の設計図なら、お前たちの脳味噌のどこかに入っている。だから、どんな怪我も基本的には再生出来る。……理屈はこんなもんだ」


 生徒たちはポカンとしている。

 理屈は分かったような気もするが、具体的にどうすればいいのかイメージが湧かないようだ。


「ふむ。言葉で言ってもピンと来ないか。なら――見るほうが早いな」


 アルヴィスはズボンのポケットからナイフを取り出した。

 そして何のためらいもなく、自分の左手首に刃を当てた。


 ザンッ!


 躊躇のない一閃。

 骨と肉が断たれる鈍い音が響き、アルヴィスの左手が、手首から先ポロリと落ちた。


「「「うわああああああああっ!?!?!?」」」


 教室中が絶叫に包まれた。

 エレノアでさえ顔色を変えて立ち上がる。


「し、師匠!? 何を……!」


「うるさい、静かにしろ。授業中だぞ」


 アルヴィスは左手の断面を、生徒たちに見せつけた。


「よく見ろ」


 生徒たちは恐る恐る、その断面を見る。

 そして、ある異変に気づいた。


「……ち、血が出てない?」

「断面が……赤いゼリーみたいに固まってる……?」


「正解だ」


 アルヴィスは頷く。


「腕を切った瞬間に、魔力による『血液操作ブラッド・コントロール』を行った。血管の断面を魔力で塞ぎ、血流を循環系の中でループさせている。……床を汚すと、メイド長にこっぴどく怒られるからな」


 そんな理由かよ、というツッコミは、誰もしなかった。

 自分の腕を切り落としておいて「汚れるから」と血を止める。その異常な冷静さに、生徒たちは戦慄していた。


「さて、この切り落とした片手だが……」


 アルヴィスは、床に転がった自分の左手を見下ろした。

 すると、断面から赤い液体――血液が、まるで生き物のようににゅるりと伸びた。


「ひっ……!」


 血液は触手のように変形し、床の左手を絡め取ると、それを拾い上げた。

 そして、切断された手首の断面へと、パズルのピースをはめるように押し付ける。


「くっつけ」


 アルヴィスが短く呟いた瞬間。

 接合面が淡い光に包まれた。


 シュゥゥゥ……。


 肉が、骨が、神経が、瞬時に繋がり合う。

 光が収まった時、そこには傷跡一つない綺麗な左手があった。


 アルヴィスはグーパーと手を握りしめ、動きを確認する。


「……うん。神経の接続も問題なし。元通りだ」


「おおぉぉぉぉー……!!!」

「すげーな……!! 一瞬で……!」

「魔法ですらない……ただの現象だ……」


 生徒たちは感嘆のため息を漏らす。

 それは彼らが知る治癒魔法とは全く異なる、もっと即物的でグロテスクで、しかし効率的な「修理」だった。


「再生はこんな物だな。その気になれば、無くした手足ぐらいならゼロから生やすこともできるぞ」


 アルヴィスは事もなげに言う。

 トカゲの尻尾切りの応用だ。人間の遺伝子情報には本来再生能力は備わっていないが、異能で細胞のテロメアと再生プログラムを強制的に書き換えれば可能になる。


「まあ、欠損部分を完全に補うのは、それなりに魔力を消費する。カロリーも使うから、腹が減るしな。基本的には切り落とされたパーツがあるなら、それをくっつけるのが一番コスパが良い」


 彼は生徒たちを見回し、ニヤリと笑った。

 その笑顔は、これから始まる地獄の合図だった。


「というわけで実習だ。基本的には、切り傷・刺し傷を瞬時に治癒するのが第一目標だ」


 アルヴィスは木箱に入った大量のナイフを蹴り飛ばして、ばら撒いた。


「各自、ナイフを一本持て」


 生徒たちがゴクリと喉を鳴らしながら、ナイフを手に取る。


「まずは指先だ。指先をナイフで切って、それを『再生』で治癒させる訓練をしろ! 自分の身体だ、どこに血管があって、どういう構造か分かるだろ? 切れた断面をイメージの中で繋ぎ合わせろ!」


「じ、自分の指を……切るんですか……?」


 気弱そうな女生徒が震える。


「当たり前だ。痛みを知らない奴に、痛みをコントロールすることはできない。それに、指先の切り傷程度なら、今日中に出来るようになる。……いや、出来るまで帰さん」


 アルヴィスの威圧が教室を満たす。

 やるしかない。


 彼らは覚悟を決めた。


「……くっ!」


 マルクスが一番手として自分の指にナイフを当て、スッと引いた。

 鮮血が滲む。

 ズキリとした痛みが走る。


「集中しろ、マルクス! 痛みに意識を持ってかれるな! 傷口を見ろ! そこを塞ぐイメージだ! 細胞よ戻れと命じろ!」


「は、はいっ! ……戻れ、戻れぇぇぇ!」


 マルクスの指先が微かに光る。

傷口がムズムズと蠢き、血が止まり、そしてゆっくりと塞がっていく。


「おおっ!? 治った……治ったぞ!」


「遅い! 傷が塞がるまで10秒もかかってる! 実戦なら失血死だ! もっと速く! もっと鋭くイメージしろ!」


 アルヴィスは容赦ない。

 だが、成功体験は彼らに自信を与えた。


 他の生徒たちも、次々と自分の指を切り始めた。

 教室中に微かな悲鳴と、成功した時の歓声が入り混じる。


 数時間後。

 全員が、指先の切り傷程度なら、数秒で完治させることができるようになっていた。


 床は血で汚れているが、彼らの表情は晴れやかだ。


「よし。基礎は理解したようだな」


 アルヴィスは頷いた。

 だが、生徒たちは知っている。

 この教師がこれで終わるはずがないことを。


「じゃあ次は応用だ」


 アルヴィスは新しい課題を提示した。


「次は指を一本、完全に『切断』して、それをくっつける修行だ!」


「「「はぁぁぁぁぁぁっ!?!?」」」


 教室中が絶叫した。

 切り傷と切断では、わけが違う。


 精神的なハードルが、段違いだ。

 自分の体の一部がポロリと落ちるのだから。


「え、先生……さすがにそれは……」

「痛いとか、そういうレベルじゃ……」


「甘えるな!」


 アルヴィスが一喝する。


「戦場で指を飛ばされることなんて、日常茶飯事だ! その時になって『あわわ』とパニックになっていたら、次は首を飛ばされるぞ!」


 彼は黒板に人体図を描きながら、説明する。


「これは、そこそこ難しい。単に傷を塞ぐだけじゃない。神経、血管、骨……全てを正しい位置で接続しなきゃならない。適当にくっつけると、指が動かなくなったり、感覚が麻痺したりするからな」


 恐ろしい注意事項を、さらりと言う。


「そして並行して、『魔力で血を操作して止血する』訓練だ! 切断面から血を吹き出させるな。血は生命力そのものだ。一滴たりとも無駄にするな」


 血液操作ブラッド・コントロール

 それは水魔法の応用であり、同時に自己の肉体支配の極致。


「自分の血を、自分の意思で操れ。傷口に蓋をしろ。そして落ちた指を拾う『触手』として使え」


 アルヴィスはエレノアの方を見た。

 彼女はすでに左手の小指を切り落とし、それを空中に浮かせた血の滴で操り、元に戻す作業に入っていた。


 顔色は少し青ざめているが、その目は真剣そのものだ。


「さすがだな、エレノア。……おい、他の連中も負けてるぞ! さっさとやれ!」


「くそっ……! やってやるよ!」


 マルクスが吠えた。

 彼は震える手でナイフを握りしめ、自分の左手小指に刃を当てた。


 恐怖。本能的な拒絶。

 だが、ここで引けば、あの「怪物アルヴィス」には一生追いつけない。


「ううおぉぉぉぉッ!!」


 気合一閃。

 小指が飛び、床に転がった。


「ぎゃあああ痛えぇぇぇ!!」


「叫ぶな! 止血だ! 血を止めろ! 魔力で血管を締め上げろ!」


 アルヴィスの指示が飛ぶ。


 マルクスは脂汗を流しながら、噴き出す鮮血に魔力を干渉させる。

 赤い液体が彼の意思に従って傷口に留まり、凝固する。


「よし止まった……! つ、次は……くっつける……!」


 彼は床の指を拾い上げ(手で拾った)、切断面に押し当てる。

 正しい位置に。神経を繋ぐイメージで。


 骨が癒合する音。肉が盛り上がる感覚。


 数分後。

 マルクスの小指は元通りに動いていた。


 少し曲がっている気もするが、機能に問題はない。


「はぁ……はぁ……死ぬかと思った……」


「よくやった。だが接続に3分かかってる。実戦なら30回死んでるぞ。次は1分を目指せ」


「鬼畜か、あんたは……!」


 その後、教室は異様な光景に包まれた。


 あちこちで、自分の指を切り落とす生徒たち。

 飛び交う悲鳴と、止血の指示。

 床に転がる指。それを必死に拾う姿。


 普通に見れば、狂気のカルト集団の儀式である。

 だが彼らの目は死んでいなかった。


 「自分の身体は自分で治せる」という確信が、恐怖を乗り越えさせていた。


「よし、では初め!! 全員が全部の指を一度ずつ切断・接合するまで終わらんぞ!」


 アルヴィスの無慈悲な号令の下、地獄の「再生訓練」は深夜まで続いた。


          ◇


 数週間後。

 アルヴィス・クラスの生徒たちは、新たな「常識」を手に入れていた。


 模擬戦で腕を折られても、「あ、折れたな」と冷静に判断し、戦闘を続行しながら数秒で治癒する。

 刃物で斬りつけられても、傷口から血を出さずに瞬時に塞ぐ。


 彼らにとって肉体の損傷は、もはや「致命傷」ではなく、単なる「リソース(魔力)の消費」という認識に変わっていた。


「……最近、あいつら人間辞めてきてないか?」

「ゾンビ軍団だろ、あれ」


 他のクラスの生徒たちは、彼らを遠巻きに見ながら、恐怖と共に噂しあった。


 痛みを感じないわけではない。

 だが、痛みに動じない精神と、それを即座に無かったことにできる技術。


 それが彼らを「不死身の兵団」へと変貌させていた。


 演習場の片隅で、アルヴィスはその様子を見ながら、満足げに紅茶を飲んでいた。


「うんうん。これで多少無茶な任務に放り込んでも、簡単には死ななくなったな」


 彼の「隠居計画」における「最強の護衛たち」は、着実に、そしてグロテスクに、その完成度を高めていたのである。


「さて、次は内臓の修復訓練でもやるか。……いや、さすがにそれはまだ早いか。まずは骨折からだな」


 最強の教師のカリキュラムに、「休息」の文字はなかった。

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