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日替わり異能、24時間後には人間以下  作者: 森鷺 皐月
第一章 日替わり異能編
8/29

第8話 レンタル彼氏はじめました。

 朝食後、専用求人サイトをスマホで検索する澪が唸っていた。


「うーん……なんか仕事の割に給料少なすぎ」


 眉根を寄せて画面をスクロールすると、言真も一緒に求人サイトを覗き込む。


「ま、そういう世の中だから。お金欲しい?」


「そりゃ欲しいだろ。異能だけのためにバイトしてんじゃねぇんだよ」


 視線はスマホに。悪態は言真に。

 ふと、澪が手を止めた。


「何これ。時給高っ! 笑顔で相手を楽しませる仕事?」


「わーお、怪しい。絶対変な仕事だよ」


 言真はそう言いながら、勝手に求人票の番号を押し、肩に挟んで電話をかけ始めた。


「ちょっ、お前何やって――」


『はい、レンタルカンパニーです』


「因課の九重です。綾瀬澪くん、そっちで働かせたいんですけど」


 事務的な口調で淡々と話す言真。

 澪は呆然として固まった。


『……確認取れました。採用です。明日の十時、指定のカフェ前にお願いします』


 電話が切れる。

 言真がスマホを返しながら、にこりと笑った。


「はい、採用。明日から彼氏ね」


「彼氏って何!?」


「いや、レンタル彼氏。お客さんに“理想の彼氏”を演じて、デートして、褒めて、荷物持って……」


「心の重労働じゃねぇか!!」


「時給高いんだから当然でしょ」


 言真は涼しい顔でお茶を啜る。

 澪は頭を抱えて呻いた。


「よりによって俺が彼氏役とか……絶対無理だろ」


「大丈夫大丈夫。“芋虫ヒーロー”でバズったんだから、愛され力は証明済み」


「それ絶対ちがう意味のバズり方だからな!? てかレンタル彼氏って……おい……」


 恋愛経験ろくにない澪にとって、レンタル彼氏はハードルが高すぎた。


「レンタル彼氏なんてどこに書いてあるんだ、この求人情報!」


 スマホを睨みつける澪の指先を、言真がすっと差す。

 画面の端っこに、極小フォントでこう記されていた。


《レンタル彼氏募集》


「……詐欺の契約書か!!」


***


 翌日。

 澪はカフェの前で落ち着きなく足踏みをしていた。


「うわぁ……心臓が爆発しそう……。てか、これバイトなんだよな!? 俺はレンタル……貸し出し男……」


 自分に言い聞かせる澪の前に、ヒールの音を響かせて現れたのは――


 ピンクと黒のツートンヘア、量産型でも地雷系でもない、ギラギラとした圧を纏った女の子。

 ぱっちりした目でスマホを構え、キラキラフィルター越しに澪を映しながら、にこっと笑う。


「やっほ〜。今日からレンカレ担当の彼氏くんだよね? あたし、姫乃つばさ。よろ〜」


「……っ!! か、可愛い……けど、圧がすげぇ……!!」


 澪は固まった。

 その一方で、つばさは当然のように腕を絡めてくる。


「ほら、もう彼氏なんだから、近づかなきゃね? 写真撮って恋人繋ぎしよ〜」


「おい! 開幕オプションMAXかよ!!」


 こうして、澪の本日のバイト【レンタル彼氏】。

 ーー業務開始。


***


 カフェの席につくなり、つばさはパフェを注文して、スマホでカシャカシャと写真を何枚も撮る。

 映え重視の角度を決めると、すぐに澪の方をちらりと見た。


「じゃ、はい」


「……は?」


 スプーンを渡され、澪はぽかんと固まる。


「彼氏役なんだから、あーんして当然でしょ?」


「いや、俺の人生で“当然”って言葉の誤用トップ3に入ったぞ、それ」


 渋々スプーンを手に取った澪は、クリームをすくって差し出す。

 つばさは身を乗り出し、ぱくり。


「ん〜! おいし♡」


「普通に食えよ! 自分の手があるだろ!?」


「いや〜、カップルの醍醐味でしょ。てか、マジで嬉しいんだけど」


「喜ぶの!? こういうの、普通は寒くて冷めるやつじゃないの!?」


「正直でいい〜! 好き!!」


 澪は頭を抱える。

 世間一般なら、澪のこの対応は怒られるはずなのだが、つばさのツボに嵌ったらしく、好感度が爆上がりしていた。


(ていうか、レンタル彼氏で得られる異能って何!?)


 全く予想出来ずに、とにかくこの地獄から解放されることを祈るしかなかった。


***


「なんか雨降りそうだな」


 店を出た後、重い雲が浮かぶ空を見上げた澪がつぶやいたその瞬間、ぽつりと雨粒が頬に落ちる。

 慌てて空を仰いだ澪の手元に――。


 パッと、真新しい傘が現れた。


「……は?」


 澪が固まっている横で、つばさはキラキラした目を向ける。


「きゃーっ、最高! 彼氏が突然傘出してくれるシチュ!! オプション表に書いてなかったけど、これ神対応じゃん!」


「いやいやいや!! 俺こんなん頼まれてないから!? 異能勝手に発動すんな!!」


 パニックの澪をよそに、つばさは腕を組んでうっとり。


「これもう……公式彼氏に昇格。レンタルじゃなくて、専用がいい♡」


「地獄みたいな人事評価やめろ!!」


 とはいえ、雨天は容赦ない。

 澪が傘を開くと、自然とつばさが寄り添い、がっつりと腕を組んできた。


「ちょっ!? 近っ……!」


「はいはい、これも雨の日相合傘シチュってことで♡」


「姫乃さん、財布大丈夫? オプションどんどん発生してんだけど」


「つばさって呼んで欲しいな、澪くん♡」


「またオプション入りましたー! 俺は知らんぞ!!」


 澪の絶叫を雨音がかき消し、街路に虚しく響いた。


「ちょっと! 雨強くなってきたんだけど!」


「じゃあ雨宿りしよ♡」


 つばさが勝手にコンビニの軒先へ走り込む。

 澪もずぶ濡れにならないよう慌ててついていく。


「……はい、これ。雨宿りで距離近づくシチュ入りました〜♡」


「勝手に進行すんな!」


 濡れた髪を手櫛で直すつばさは、にやにやしながら澪の顔を覗き込む。

 その時、足元が滑った。


「きゃっ!」


「うわっ!? ちょ、待っ……!」


 澪は反射的に体を入れてつばさを支える。

 結果、二人はぴったり抱き合う格好に。


「……これ、突然のハプニングで抱きとめられるオプションだね」


「これは、さすがに事故だろ!」


 澪が叫んだ瞬間、タイマーが鳴った。

 雨は止み、濡れていた地面もすっかり乾いている。

 持っていたはずの傘も消え、人の目もない。


 ――そして。


「あ、時間だね。おつー」


 先ほどまで愛を振り撒いていたつばさは、何事もなかったかのようにスマホをいじりながら、オプション料金を含めて入金を済ませる。


「切り替え早くね?」


「レンタルってそういうサービスでしょ。はい、入金した。それはそれとして、連絡先交換しない?」


 つばさがにこりと笑い、澪は肩を落とした。


「……いいけど、別に」


 渋々スマホを取り出し、つばさとカメラを構えるようにして連絡先を交換する。


 ――そのとき。


「……綾瀬さん?」


 静かな声が背後から落ちてきた。

 澪の背筋が一瞬で凍りつく。


 振り返れば、買い物袋を提げた結衣が立っていた。


「結衣さん!?」


 心臓がバクバクと暴れる。

 今の自分は……側から見れば、女の子と連絡先を交換している男。

 しかも実際、仕事とはいえデートをしていたのだ。


「あ……お仕事中でしたか」


「いえ! 今、終わったばかりで!! レンタルを――」


 そこで言葉が止まる。


 レンタル彼氏のバイトなんて口にして、引かれたりしないか。

 別にやましい仕事じゃない。

 けれど、好きな女の子に言うにはやっぱり抵抗がある。

 「結局はデートしてたんですね」で終わってしまうのが目に見えていた。


「あ、結衣じゃーん。なになに、二人って知り合い?」


 軽い口調のつばさが手を振り、結衣を軽やかに引き寄せる。


「知り合い」


「知り合い! ウケるー。澪くん、不倫バレた旦那みたいな態度してたから、てっきり付き合ってんのかと思ったわ」


 けたけたと笑うつばさ。

 澪は心臓をぎゅっと握られるような痛みを覚えながら結衣を見たが、特に気にした様子はなく、買い物袋が風に煽られてガサガサと音を立てていた。


「ん?」


 妙に馴れ馴れしいつばさの態度に、澪は違和感を覚える。


「二人って……知り合い?」


 問いかけた瞬間、結衣の表情がふっと柔らかくなった気がした。


「うちらマブだよ。同じ大学なの」


「まあ……友人です」


 一気に肩の力が抜ける澪。


(よかった……空気悪くなる要素はゼロ。でも、ほんのちょっとでも結衣さんが俺にマイナス感情抱いたら、俺の心臓ストライキ起こすから! マジで命に関わるんだって!)


「澪くんってさ〜」


 つばさがにやりと笑い、澪の頬を指でつつく。


「わっかりやすく顔に出るよね? “俺、今めっちゃ気にしてます!”って書いてあるもん」


「や、やめろお前!!」


「かわいい〜♡」


 横で結衣は無表情のまま、首を傾げていた。


「と、とりあえず! 俺、事務所行って退勤してくるんで! 結衣さん、また!」


「はい。お疲れ様です」


「おつー」


 バタバタと走り去っていく澪の背中を、結衣とつばさは並んで見送る。


「うーん、澪くんって……おもろ」


「……確かに。楽しい人ですね」


 残されたつばさと結衣の声が、夕暮れの商店街に小さく溶けていった。


 そして、澪の背中を見つめる、もうひとつの視線があった。


 静かで、冷たい。

 眠たげに細めた灰青の瞳が、遠くをなぞるように澪を捉えている。


「……綾瀬澪、か」


 声は小さく、風に溶けそうなほど淡い。


 銀色の髪は無造作に耳元へ落ち、動くたびにふわりと。

 どこにでもいそうで、しかしどこにも属さないそこにいるだけで違和感がある佇まいが、周囲の空気を微かに変えていた。


 薄く開いた唇から零れる言葉は、脅しでも命令でもなく、事実を告げるだけの冷静さを帯びている。


「早めに排除しないとな」


 その一言は軽やかで、残酷だった。

最後まで読んでいただきありがとうございます。

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