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日替わり異能、24時間後には人間以下  作者: 森鷺 皐月
第三章 変異日常編
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第54話 心の共鳴

 朝の光が、瞼の裏を焼いた。

 目を開けると、天井がやけに眩しく見える。

 胸の奥で、まだ“トクン”という音が残っていた。


(……夢、見てた気がする)


 けれど内容はもう思い出せない。

 ただ、誰かが笑っていたことだけは確かだった。


「澪、起きたか?」


 言真の声。

 澪はゆっくりと身体を起こす。

 手のひらに、じんわりと熱が残っていた。


(俺の身体、あったかい……?)


 胸に手を当てると、心音が速くなっている気がした。

 鼓動のたびに、体の奥がじんわりと熱を持つ。


「澪?」


 言真が顔を覗き込む。

 澪は小さく首を傾げて、呟いた。


「……身体、温かい」


「え、それって……」


 言真が澪の額に手を添える。

 熱というほどではない。

 ただ、掌の下で鼓動だけがやけに強く響いていた。


「体温は普通だな。緊張してる?」


 澪は首を横に振る。

 自分でも理由が分からなかった。

 ただ、胸の奥がざわついて、

 まるで体の中にもう一つ心臓ができたような感覚があった。


「……今日、また検査に行こうか」


「……痛い?」


「痛くないよ。大丈夫」


 言真が優しく微笑む。

 澪は少し間を置いてから頷いた。

 言真がその頭を軽く撫で、立ち上がる。


「それじゃ、飯食おうか。味はしなくても、空気はきっとうまいよ」


 その声に胸が尚更熱くなった。

 ただ、その温かさに不快感はなく、寧ろ心地良かった。


***


 因課・洛陽支部、医療棟検査室。

 診察台に横たわる澪の頭には複数のケーブルが接続され、

 心電図と感情波測定のパッドが淡く光っていた。


「澪くん、不快感とか気持ち悪いところはない?」


 ガラス越しに日菜の声が響く。


「……うん」


 澪が小さく頷くと、日菜は微笑んだ。


「じゃあ、目を瞑って。少し暗くするね」


 パチリと照明が落ち、室内が静まり返る。

 モニターの青い光だけが、脈打つように壁を照らした。


 キーボードを叩く音が続く。

 モニターに並ぶのは、感情波・異能波・心電図のグラフ。

 そのうちのひとつに、日菜が眉をひそめる。


「……異能波、弱い。ほとんどゼロライン……でも、ノイズが安定してる?」


 観測ウィンドウの向こうで、言真が顔を上げる。

 日菜は数値を見つめたまま、小さく呟いた。


「……心拍、二重化? ……いや、待って。これ……」


 画面上では、二つの鼓動がほぼ同時に刻まれている。

 ずれては重なり、またひとつに戻る。


「……多分、再構築体特有の内部同期……。心の波が身体の信号に重なってる」


「感情波が、心臓を通ってるってことか?」


 言真の問いに、日菜は小さく頷く。


「虚無相のとき、澪くんの感情波は完全に直線だった。でも今は、波が生きてる。身体の鼓動と、心の反応が同じ場所で共鳴しています」


「……人格が戻ってるわけじゃないよな」


「ううん。人格構造は空のまま。記憶も、感情パターンも再生されてない。でも、感情の回路だけが再接続され始めてる。心臓の鼓動と一緒に」


 日菜はモニターから目を離さず、微かに笑みを浮かべた。


「これはバグでもエラーじゃない。新しい希望だよ」


 ガラス越しに、澪の胸がゆっくりと上下していた。

 呼吸は穏やかで、目を閉じた顔には不安の影がない。


 モニター上で、二つの波が少しずつ重なっていく。

 揺らぎが収束し、やがてひとつの線になる。


 ――トクン。


 心音が、静かな検査室に響いた。


「……澪くんの身体と心が、やっと同じリズムを取り戻したみたい」


 日菜の声には安堵が混じっていた。

 言真はしばらく無言でその音を見つめ、ゆっくりと息を吐く。


(……ちゃんと生きてる)


 ガラスの向こうで、澪の唇がかすかに動いた。


「……あったかい」


 その一言に、検査室の空気が震えた。

 誰も言葉を返せず、ただその音を確かめるように静寂が続いた。


***


 洛陽市内、某ファミリーレストラン。

 夕陽がテーブルを照らし、グラスの影が伸びていた。


「ねえ、聞いた? 澪くんの件」


 千尋がハンバーグを切りながら言った。

 その向かい、アキはパフェのスプーンを動かし、無表情のまま答える。


「聞いた。ひとつの器に、ふたつの中身。構造的には別プロセス。旧データは消えてる。戻ることはない」


「だろうね」


 千尋は、ハンバーグを口に運びながら肩をすくめた。


「でも、面白くね? 再生じゃなくて生成。澪くんの中で、新しい何かが動き出してる」


「新しい何か……ね」


 アキがパフェのグラスを傾け、氷が音を立てる。


「希望ってやつ?」


「そっ。構造じゃ説明できないノイズ。それを希望って呼ぶの、悪くない」


「……言い方が宗教くさい」


 千尋は笑い、フォークを置く。


「でも、あいつは確かに生まれ直した。死んだデータに新しい命が書き込まれてる」


 アキは黙ってジュースのストローをくるくる回す。

 沈黙の中で、炭酸の泡が弾けた。


「再構築ってさ、修理じゃなくてリビルド。中身も思想も、作り直し。痕跡が残るかは運次第」


「運?」


「そっ。人間なんて、最後は全部運。当たればラッキー」


 千尋は冗談めかして笑い、アキはため息を吐いた。


「再起動じゃなく、新しいOSのインストール」


「うん。でも旧コードの屑が残っててもいい。そういうバグのひとつやふたつ、命の味ってやつ」


「部外者のくせに語りすぎ」


「言論の自由ってことで」


 二人は笑う。


「……澪くんは戻らない。でも、確かに生まれた。それは死の反対だよね」


「再生じゃなく、生存」


「そう。生きてる。俺らとは、違う意味で」


「何これ、命の勉強?」


「ははっ! 俺とアキくんがお勉強とかウケるー」


 グラスが小さく触れ合う。

 その乾いた音が、夕暮れの街に溶けていった。


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