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日替わり異能、24時間後には人間以下  作者: 森鷺 皐月
第三章 変異日常編
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第41話 査問と再生

 因課・本部。

 白と灰で統一された会議室は、冷房が効きすぎている。

 その静寂を、軽やかな靴音が破った。


 御影千尋が片手で報告書の束をひらひら振りながら入室する。

 髪をかき上げ、無造作に席へと腰を下ろした。


「はーい、お待たせしました。一般通過執行官による地獄の現場リポートでーす」


 明るい声に、役員たちの眉間が一斉に寄る。

 誰もが面倒そうに彼を睨みながら、テーブルに置かれた書類をめくった。


「イノ研関連施設、壊滅。市民救出。オーバーライドが制御された……本当か?」


 最年長の役員が低く問う。

 千尋はあっさり頷き、口の端を上げた。


「本当本当。破壊だけじゃなく“抑制”にも使えるって判明した。ショッピングモールでの異能暴走、あったでしょ? あれも澪くんが止めた。オーバーライドの制御下で、暴走を抑えて、暴走者は怪我ひとつなし」


 数名の役員が顔を見合わせる。

 千尋はそれを見て、わざとらしく肩を竦めた。


「いやー、暴走を止めたってすごくない? 街が崩れる前に止めた子にはさ、感謝状くらい出してもいいと思うんだけどね」


 沈黙。

 誰も笑わない。

 会議室の空気が、ぴりりと張り詰めた。


「……彼は不安定だ。イノ研の影響を受けた異能者を野放しにするのは危険だ」


 冷たい声が響く。

 その瞬間、千尋の笑みがすっと薄れた。


「危険、ねぇ」


 椅子から身を乗り出し、両肘をテーブルにつく。

 目が笑っていない。

 軽口の裏に、鋭い棘が覗く。


「現場で暴走止めて、誰も死なせなかった子を“危険”呼ばわり? ……あんた達、現場の映像見た? 見てもいないのに管理してる気になってんの?」


 役員の一人が顔をしかめるが、誰も反論できなかった。


「まぁ、いいけどさ。澪くんがいなかったら、ショッピングモールは瓦礫。イノ研が残したサプリで暴走した市民も、救えたか分からない。それどころか二次災害で多くの人が危険に晒されたかもね」


 その言葉に、一瞬、部屋の空気が重く沈む。

 千尋はそれを見逃さず、軽く笑った。


「でも澪くんなら、守れると思うんだよね。少なくとも、机の上で安全確認してるあんた達よりは」


 乾いた沈黙。

 誰も言葉を返さない。


 千尋はポケットに手を突っ込み、テーブルの上の書類をトン、と指先で揃えた。


「報告書はそこに全部あるから。あとは好きに判断して。現場の判断が気に入らないなら、次は自分で行けば?」


 そう言い残し、手をひらひら振ってドアへ向かう。

 扉の前で一度だけ立ち止まり、肩越しに呟いた。


「イノ研は終わった。でも、街の火種はまだ残ってる。暴走したくない普通の人まで巻き込まないように、今度こそ、上がちゃんと仕事してくれよ」


 そして、軽い足取りで部屋を出ていった。


 重い扉が閉まる音が響く。

 その後の会議室には、誰も口を開けなかった。

 沈黙と冷気だけが漂う。


 その空気を破ったのは、ノックの音だった。


「失礼します」


 低く落ち着いた声とともに、ドアが再び開く。

 入ってきたのは、眼鏡をかけた水島詩と、その隣に立つ黒いスーツ姿の男――

 特災観所属・城戸廉だった。


 白と黒の対比が、室内の空気をさらに引き締める。

 役員たちの背筋が、わずかに強張った。


「な……特災観? なぜここに」


 誰かが小声で呟く。

 それに答えるように、詩が静かに前へ出た。


「……特災観の決定を無視し、執行官を派遣して、綾瀬くんを殺害しようとしたのは本当ですか」


 その声は震えていた。

 怒鳴りもせず、淡々とした口調。

 しかしその一言に、室内の空気が一瞬で凍りつく。


 詩の眼鏡が逆光で光り、表情は読めない。

 だが、言葉の端々には確かな怒気が宿っていた。


「わ、私はそんな命令を――」

「では、なぜ執行官派遣の事故死想定処置依頼が出ていたんですか?」


 詩の声が、低く重なった。

 静かに、だが逃げ場を与えない。


 役員の一人が口を開きかけたが、

 隣の城戸が一歩前に出た瞬間、その声が喉の奥で凍りついた。


「特災観の決定に意見があるのならば、言えばいいものの……困ったものだ」


 低く通る声。

 それだけで室内の温度が数度下がった気がした。


 城戸は淡々と息を吐き、

 鞄から書類を取り出して机に置いた。


「――此処の者全員、研修課からやり直してもらおうか」


 乾いた紙の音。

 それが落ちた瞬間、役員たちの表情が一斉に強張る。


「は!? 研修課って……新人の教育課程の、あの!?」


「冗談だろ! 我々は上級管理官クラスだぞ!」


 狼狽の声が重なる。

 だが城戸は眉ひとつ動かさず、冷ややかに言葉を続けた。


「立場に関係はない。特災観の命令系統を無視し、独断で執行官を動かした。その事実だけで十分に“再教育”に値する」


 誰も反論できなかった。

 室内に沈黙が落ちる。


 詩が一歩前に出た。

 カーディガンの袖を握り、俯いたまま、低い声で言う。


「……因課は、彼らをサポートするのが仕事です。切り捨てることじゃない」


 その言葉に、何人かの視線が動く。

 詩はゆっくりと顔を上げ、眼鏡の奥の瞳で役員たちを見据えた。


「綾瀬くんは、殺されかけても誰も傷つけなかった。それでもあなたたちは彼を“処分対象”と呼んだ。あれを倫理と言うなら、僕はその倫理を信じません」


 声は震えていた。

 だが、そこに迷いはなかった。

 役員たちの中に、わずかな動揺が広がる。


「水島君、君は感情的になって――」


「感情的で結構です」


 詩の言葉が鋭く割り込む。

 珍しく強い声音だった。


「現場で人を救うのは理屈じゃない。“感情”を失った判断が、何を生むのかあなたたちが一番分かっているはずでしょう」


 その一言に、誰も口を開けなかった。

 ただ、沈黙の中で詩の息遣いだけが響く。


 城戸は静かに頷き、短く言葉を継いだ。


「……特災観は今回の一件を正式に査察対象とする。本日付で本部および洛陽支部の監査を開始する。異議は認めない」


 机上の書類に刻まれた赤い封蝋が、重く沈んだ光を放つ。

 その印章には、明確に“特災観査察局”の名が刻まれていた。


 詩は眼鏡の位置を直し、静かに続けた。


「……これは罰じゃありません。人を守るという原点を、もう一度思い出してもらうための処置です。因課は切り捨てることはしない。あなた達のような方でも」


 その声は小さいが、確かな温度を持っていた。

 怒りでも冷笑でもない、まっすぐな言葉。


 城戸は無言のまま書類を整え、出口へと歩き出す。

 詩もそれに続き、扉の前で一度だけ振り返った。


「綾瀬くんを殺そうとした責任は、必ず取ってもらいます」


 扉が閉まり、静寂が戻る。

 役員たちは動けないまま、赤い印章だけを呆然と見つめていた。


***


 因課・本部。休憩室。


「全く、困ったものだ」


 城戸は深く息を吐き、肩を落とすように眉根を寄せた。

 その声音には、呆れとも諦めともつかない静かな重みがある。


 だが、次の言葉はあまりに軽かった。


「だが、今後は大丈夫だろう。……水島本部長?」


 その瞬間、室内の空気が一瞬止まった。


「……え?」


 詩が反射的に顔を上げる。

 今、確かに聞こえた。

 “本部長”と。


「え? え、いま、本部長って――」


「やはり、君のような芯のある若者に引っ張ってもらわないとな」


 城戸は真顔のまま、さらりと言い放つ。

 まるで前々から決まっていたかのように。


「え、えええええええ!?!?」


 詩の声が廊下に反響する。


「ちょ、ちょっと待ってください! 僕、そういうの無理です! 性格的にも肩書き的にも! あと精神的にも!!」


「安心したまえ。特災観の補佐がしばらくつく」


「それ、余計怖いです!!」


 詩が両手をばたつかせる。

 城戸はそんな彼を横目に、淡々と書類を鞄にしまいながら小さく笑った。


「現場を知っていて、なお筋を通せる人間は貴重だ。君にしかできない」


 その一言が、詩の動きを止めた。

 心臓の鼓動がひとつ跳ねる。


「……僕にしか、できない」


 その呟きに、城戸は短く頷く。


「期待しているよ。本部長」


 詩の顔が一瞬で真っ赤になった。


「だからその呼び方やめてくださいってば!!」


 詩の慌てふためく声と、城戸のくぐもった笑いが重なり、重苦しい空気はようやく少しだけ、和らいだ。


最後まで読んでいただきありがとうございます。

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