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日替わり異能、24時間後には人間以下  作者: 森鷺 皐月
第二章 オーバーライド編
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第40話 終わりのはじまり

 施設の配電盤から火花が散った。

 金属が焼ける匂いが一気に立ちこめ、照明がバチバチと明滅する。

 その中心で、結衣が鋼腕を引いたままの姿勢で立っていた。


 拳は真っ赤に腫れ上がっている。

 それでも、彼女は眉ひとつ動かさない。


「結衣さん! 大丈夫ですか!? 氷出しますか!?」


 慌てて駆け寄る澪の声が、暗がりの中に響いた。

 彼の右手には、即席の氷片が小さく光っている。


「いえ、大丈夫です」


 結衣は短く首を横に振り、腫れた拳を胸元で押さえる。

 痛みを押し殺したまま、前を見据えた。


「早く、つばさを助けないと……」


 その声には焦りよりも、強い決意があった。

 照明が完全に落ち、非常灯だけが薄赤く壁を染める。

 コンクリートの奥からは、止まった機械の低い残響音が響く。


 澪は息を呑み、結衣の隣に立った。

 背中を汗が伝う。

 この空間全体が、何かを隠しているような圧を放っていた。


「完全に停電。電気系統も落ちたな」


 言真が手首の端末を確認し、低く呟く。

 その背後では、結衣が焦げた配電盤を見上げて息を整えていた。

 鋼腕の拳は赤く腫れ、ところどころに火花の煤がこびりついている。


「……壊しすぎたかもしれません」


「かっこよかったです!」


 澪が肩越しに笑い、結衣も小さく頷いた。

 照明の落ちた廊下は非常灯の赤に染まり、金属の壁が鈍く光る。


「よし、三人で一緒に行く。絶対に離れるな」


 言真の短い指示に、二人が息を合わせて頷く。

 足音を潜め、廊下を進む。


 停電で空調も止まっているせいか、空気がやけに重い。

 遠くで水の滴る音がするだけで、世界が静止したようだった。


 錆びた鉄の匂い。

 その奥に、微かに漂う薬品の臭い。


 結衣が警戒しながら鋼腕を構え、澪はその横で指先に橙の光を灯す。

 いくつもの金属扉が並ぶ中、澪の歩みがふと止まった。


「あ、多分この扉」


 囁くような声に、言真と結衣が同時に身を寄せる。

 扉の向こうから、ごく微かな呼吸のような音がした。


「なんとなくだけど……中に人がいる」


 澪の目がわずかに光る。

 結衣は指先を構え、言真は後方で周囲を警戒した。


「合図したら一気に開ける。三人で入るぞ。離れるな」


「おう!」


「了解です」


 三人の声が重なった瞬間、

 沈黙していた廊下に、心臓の鼓動だけが響いた。


 澪が静かにドアノブに手をかける。

 その冷たさが、緊張をさらに研ぎ澄ます。


「――いくぞ」


 その合図と同時に、言真が息を吸った。


「開け」


 その言葉とともに、金属扉が擦れるような音を立ててゆっくりと開く。

 明かりの乏しい室内に、三人の姿が滑り込んだ。


 室内の中央。

 折り重なるように置かれた金属の台と、小型の機材。

 その隣の椅子に、手首を拘束具で押さえられたつばさが座っていた。


 顔は消え入りそうに青く、唇は震えていたが、呼吸は確かにある。


「ビンゴ! 俺すげぇ!!」


「こら、はしゃがない」


 澪が飛び跳ねるように喜んだ瞬間、言真がたしなめて前へ出る。

 澪の肩を押さえつつ、言真は冷静に部屋を見渡した。


「国家異能者登録・管理課だ。誘拐、違法薬物精製および配布の容疑で全員確保する。抵抗するな」


 言真の声は低く、しかし確固たる命令。

 だが、返ってきたのは思いもよらぬ反応だった。


 白衣の男が小さく笑い、タブレットを胸元で抱えたまま澪を見た。


「おや、国の犬に……ああ、そちらは彼女のお友達かな? それに綾瀬くん。またデータをくれるのかな?」


 その言葉に、澪の足元がピキリと凍るように震えた。

 脳裏にあのラボの光景がよみがえる。

 あの光、あの日の音、そして――眠っていたはずの力。


「お前ら……自分たちが何やってんのか分かってんのか! 俺だけじゃなくて、つばささん誘拐して、町の人にも変な薬配って!!」


 澪の声は震え、怒りと恐怖が混ざった糸が裂けるようだった。

 だが言真がその腕を掴み、押さえ込む。


「澪、落ち着け。単独行動は――」

「放せ! 話してる場合じゃねぇだろ!」


 澪がもがく。

 つばさの顔がかすかに上がり、目には頼りないけれど確かな光があった。


「はは……澪くん。かっこいいけど、落ち着きなって」


 掠れた声でつばさが笑うと、ガキィンと音を立てて結衣が拘束具を破壊した。


「つばさ……大丈夫?」

「うん。助けに来てくれてありがとね、結衣」


 つばさの顔色は悪いが、外傷はない。

 結衣は安堵の息を漏らす。


 白衣の男はふと視線を逸らし、ゆっくりと手を伸ばして小さな装置を指で弾いた。

 金属とガラスが混じった冷たい機材だ。

 部屋の空気が、そこに向かって引き締まった――


 筈だった。


「……あれ? 動かない。え、なんで!? 電気切れても予備電源で……!」


 男の顔色が変わる。

 焦ったように何度もスイッチを叩き、機材を揺らすが、どれも反応を返さない。


「くそ、ひとまず逃げ――って、足が……! 動かない!? 冷たっ!!」


 金属の床を見下ろした瞬間、男の表情が凍りついた。

 足首から下が、氷に覆われていた。

 白い霜がじわじわと這い上がり、床一面を青白く染めていく。


「逃がさねぇよ!!」


 怒鳴り声と同時に、澪が両手を突き出す。

 指先から溢れる冷気が蛇のように走り、男の足元を完全に凍結させた。

 氷がギギギッと音を立て、金属と皮靴を締め上げる。


 男が顔を歪め、手にしていたタブレットを床に落とした。


「貴様っ……データが……!」


 その動きを、結衣が瞬時に読み取る。

 鋼腕が唸りを上げ、タブレットを蹴り上げるように弾き飛ばした。

 黒い機材が壁に激突し、火花を散らして砕ける。


 続いて、言真の低い声が響く。


「動くな」


 言霊の力が空気を震わせる。

 男の体がピタリと止まり、目だけがぎょろりと動いた。

 氷の中で全身が硬直し、ただ浅い息だけが漏れる。


 澪は肩で息をしながら、ゆっくりと拳を下ろした。

 吐く息が白く霧散していく。

 冷気の残滓がまだ指先にまとわりつき、氷の欠片が“パキン”と音を立てて落ちた。


「……ああ、オーバーライド」


 静寂を裂くように、男の声が響いた。

 その口元が、ゆっくりと笑みに歪む。

 凍りついた頬がわずかに軋み、冷たく光る瞳だけが動いていた。


「制御できるようになったんだねぇ。素晴らしいよ、綾瀬くん」


 皮肉でも賞賛でもない。

 ただ、実験結果を眺める科学者の声だった。


 澪の表情から血の気が引く。

 静かに、だが確実に怒りが沸き上がる。

 拳を握る音が、氷の割れる音と重なった。


「うるせえ! お前らがやったこと、これで全部終わりだ」


 男の肩を氷が締めつける。

 その痛みすら楽しむように、彼はゆっくりと笑みを深めた。


「……終わり? 本気でそう思ってるの?」


 ぞっとするほど穏やかな声。

 凍りついた唇の端が、ひくりと持ち上がる。


「イノ研を潰したところで、君たちの仕事は減らないよ。むしろ、増える」


 言真が眉をひそめる。


「どういう意味だ」

「君たちが来るまでに、“体験セミナー”でどれだけの人がイノシードを摂取したと思う?」


 その言葉に、空気が一変した。

 沈黙の中で、結衣が目を見開く。


「まさか……あの参加者たちが……」

「そ。体験っていい言葉でしょ?」


 男は喉の奥で笑う。


「今ごろ、洛陽のあちこちで小さな開花が始まってる。あれはね、一度体内で活性化したら、もう止められないんだ。刺激を受ければ、どこでだって暴走する」


 澪の顔が一瞬で青ざめた。

 思い出す。

 ショッピングモールでの地震のような暴走。

 あれが、再び街の中で起きるかもしれない。


「お前、マジでふざけんな……!」


 拳がわずかに震える。

 怒りと恐怖が混ざり合い、澪の声がかすれた。


 男は氷の中で笑い続ける。


「理想の都市を作るためには、進化が必要だろ? 誰かが犠牲になるのは、いつの時代も同じさ。代償があるのは当然だ」


 その言葉が終わるより早く、鋼腕の拳が男の前に突き出された。

 結衣の拳が男の顔の横すれすれに叩き込まれ、壁が抉れた。


「犠牲を当然だなんて言わないで下さい」


 低い声。

 結衣の瞳には、怒りではなく、明確な拒絶が宿っていた。


 男の笑いが止む。

 静寂が、また戻る。


「……行きませんか」


 結衣がつばさの肩を支え、澪と目を合わせた。

 澪は氷を解きながら、もう一度だけ男を睨む。


「ほんと、お前ら最悪だ」


 言真が短く頷く。

 三人と一人の救出者の影が、非常灯の赤に滲んだ。

 その背後で、凍りついた研究室の壁に亀裂が走り、

 冷たい音を立てて崩れ落ちた。


 ――ぱきん。


 澪の手が止まった。 

 次の瞬間、静寂が訪れる。


 誰もその音を聞いてはいなかった。

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