第4話 脅威のイレギュラー
『さーて! 洛陽名物、異能フードファイトの時間がやってまいりましたー!』
司会者の声が響くと、広場の熱気がさらに増した。
「フードファイトの意味を履き違えている……普通は大食いだろ」
澪が肩を落とすが、会場のテンションは止まらない。
拍手と歓声が一斉に巻き起こり、子供から老人、男女問わず腹の底からの声を張り上げる。
『ルールは簡単! 制限時間三分! 各屋台の代表者が持ち味を活かし、異能を駆使して料理を作りあげる! 完成品を観客に振る舞い、最も盛り上げた者が勝者だ!』
「料理で盛り上げ……? いや、普通に作っても勝てねぇだろこれ。こちとらサラダだぞ」
澪はすでに顔を引きつらせていた。
『さて、記念すべき第一試合!』
司会者が高々と手を掲げる。
『まずは常連中の常連、いつも美味しい焼きそばありがとう! 鈴木さーん!』
「毎度どうもー!」
のっしりと舞台に上がってきたのは、腹巻きに頭にタオルを巻いた中華料理屋店主・鈴木。
手には巨大な中華鍋。腰には、何故か縄束。
『鈴木さーんは異能、自在縄! 鍋を操るか、相手を縛るか!? 自由自在のロープワークは今年も健在!』
観客から「鈴木ちゃーん!」「出たよ縛り焼きそば!」と大声援が飛ぶ。
「縛り焼きそばってなんだよ。聞いたことねえよ!」
澪がツッコむ横で、鈴木はにやりと笑った。
『そして挑戦者は……さっき野菜を宝石に変えた異能アルバイター、綾瀬澪くんだー!』
「いやいやいやいや!! 俺まだ心の準備できてねぇから!」
「もう出ちゃったから諦めちゃいなさい」
背中を押すスタッフに無理やりステージへと送られる澪。
客席からは「野菜細工!」「映えサラダもう一回!」と歓声が飛ぶ。
『それでは両者構えよ! 第一試合、スタート!!』
ゴングの音と同時に、鈴木が素早くロープを投げた。
縄が生き物のようにしなり、澪の手首を瞬時に絡め取る。
「はっ!? ちょ、ちょっと待て! 俺の手がぁっ!」
「フードファイトは料理勝負だが、動けなきゃ料理できねぇだろ?」
鈴木は余裕の笑みを浮かべ、中華鍋を片手で軽々と振る。
ジューッと香ばしいソースの匂いが広場に広がった。
「あ、めっちゃいい匂い」
麺が空中に舞い、ロープが器用にトングのように働いてキャベツや肉を自動で投入していく。
「うおおお! ロープ焼きそばキター!」
「毎年これが見たくて来てるんだ!」
観客が熱狂する。
「よだれ垂らしてる場合じゃねえ! くそ!!」
一方の澪は、縄に縛られたまま必死にもがいていた。
「野菜……! 野菜切らせろ!!」
足でなんとかまな板を引き寄せ、転がっていたキュウリを必死につかむ。
包丁を握れた瞬間、スパッと断面に星型が浮かび上がる。
「おおーっ!」
観客が再びどよめく。
「な、なんとか一個は……!」
澪が汗だくで野菜を切り続けると、花や星の模様が次々と現れ、サラダボウルが彩られていく。
しかし——
「坊主、そろそろ決めだ」
鈴木が鍋を大きくあおると、ロープが澪の体全体をぐるりと巻き付けた。
「ぎゃあああああ!? 俺、完全に巻物!!」
縄にぐるぐる巻かれて転がる澪に、子どもたちは指差して大笑い。
観客の大人たちはスマホを掲げて撮影を始め、会場がフラッシュの海になる。
「映えすぎる……! これがアルバイター!?」
「いや違うだろ、縛られてるだけだろ!」
実況の司会者も笑いを堪えながら声を張り上げた。
『いやぁー毎年波乱を起こしてくれる鈴木さん! 今年も安定感バツグン! アルバイターを完全に縛り上げたぁー!』
その横で、鈴木の焼きそばは湯気を立て、鉄板の上で完成形へ。
「仕上がったぜ! これぞ毎年恒例、鈴木屋特製、縛り焼きそば!」
観客から歓声と拍手が巻き起こる。
司会者が勝ち誇ったように叫んだ。
『勝者! 焼きそば屋、鈴木さーーん!!』
「こんなことある!?」
縄でぐるぐる巻かれて床に転がされ、芋虫状態の澪が叫ぶ。
観客は爆笑と喝采に包まれ、第一試合は幕を閉じた。
***
ステージを降りた澪は、ぐったりと肩を落としていた。
縄で締められた跡が手首に赤く残り、顔色もげっそり青い。
「……二度と縄には関わりたくねぇ」
そんな澪の目の前に、香ばしい匂いが差し出された。
顔を上げれば、牛串焼きを片手にした言真が立っている。
「ナイスファイト。食べる?」
「食べる……!」
受け取った瞬間、涙が出そうになった。
かぶりつけば、肉汁が溢れて口いっぱいに広がり、心と胃袋を同時に癒してくれる。
「完全に地元人気。澪くんは、ていのいい当て馬だったね。人気獲得のための餌だったわけ」
「最悪じゃん……俺、ほぼ負け確イベントに放り込まれただけじゃねぇか」
「このフードファイトはね、勝敗より“盛り上げ”が大事。人気屋台を光らせれば、客足が増えて元の店の売り上げも上がる。街づくりとしては効率のいい仕組み」
「じゃあ、飛び入りは必ず負けるようにできてる……?」
「まぁ、明るい表舞台には必ず裏があるってこと。もちろん、時には予想外の例外もあるけどね」
屋台からはまだ笑い声と歓声が絶えない。
だがその熱気の中で、澪の心は一気に冷めていた。
(……俺、マジで噛ませ犬だったのかよ)
その時、耳を劈くような歓声が上がった。
『さぁ決勝戦! 異能フードファイトを制するのは誰だ――!?』
司会者が煽り、再び歓声が上がる。
振り返ると予想外の人物がステージに立っている。
「ゆ、結衣さん!?」
ライトを浴びて登場した結衣は、牛串を無造作に手に取り——無表情のまま、肉をドンと刺す。
ギギッと串が悲鳴をあげるほど、豪快に肉が通されていく。
鉄板を片手で持ち上げて傾け、ジュウウと炎を走らせた。
「なにあれ!? 串折れねぇの!?」
「片手で鉄板……!?」
「マジ怪力……! あんな細い女の子が?」
「やっぱり、異能ってすげえのな!」
観客は口を開けて叫び、スマホを一斉に構える。
祭りそのものを楽しむ歓声が、広場を揺らすほどに響いた。
一方、舞台脇の運営席では、スタッフたちが青ざめる。
「……ちょっと待て、これ完全に想定外じゃないか」
「予定では鈴木さん優勝で、商店街中華料理組合のプロモーションに繋げるはずだったのに……!」
「観客の盛り上がりは最高値だが……計算が全部狂った……」
観客と運営、両者の温度差が交錯する中、結衣は最後まで涼しい顔。
焼き上がった巨大牛串を一本、淡々と差し出した。
「……どうぞ」
その瞬間、客席から爆発的な歓声。
子供も大人も、ただひたすらに「すげぇ!」と声を上げる。
『勝者——牛串屋、水瀬結衣さぁぁん!!』
司会者が絶叫すると、会場は熱狂の渦。
だが運営席では頭を抱える声がこだまする。
「……経済回収計画、全部パーだ」
「いやでも客は楽しんでる。これが祭りってことか」
肩を落とす運営ではあったが、なんだかんだ盛り上がりに笑みを浮かべている。
「かっけぇ……!」
目を輝かせる澪に言真が近くで買ったいちご飴を頬張りながら笑う。
「こういう例外もあるから、面白い」
「……マジでお前、食ってばっかいるな」
結衣の勝利に湧く会場。
観客が押し寄せ、巨大牛串を奪い合うように味わっていた。
運営はスポンサー資料をめくりながら青ざめているが、子どもから大人まで満面の笑顔。
(やっぱりすげぇな。異能使いきれなかった俺とは違う)
少し複雑な顔をした澪だったが、結衣が表彰台からフリーパスを渡される。
「いりません」
まさかの優勝景品拒否。
澪も含めて会場大困惑をしている。
「え、あの……」
「頼まれて参加しただけなので、優勝賞品はいりません」
「それは普通にこちらが困るので、もらうだけもらって下さい」
真顔でぐいぐいと司会者がフリーパスを結衣に押し付ける。
結衣は押し付けられたフリーパスを無言で受け取った。
観客席からは「おめでとー!」「使わないなら俺に!」と野次が飛ぶが、彼女は興味なさそうに視線を巡らせる。
やがて、ステージ脇に立つ澪を見つけた。
「……あげます」
「はぁっ!? 俺!?」
「私は屋台に出されただけ。楽しむ権利は……あなたに」
そう言ってフリーパスを差し出す結衣。
澪はあたふたしながら受け取り、頭を下げる。
「ま、マジっすか! ありがとうございます! いや、ほんと……神!」
「……神ではないです」
さらりと切り捨てられ、観客からは爆笑が起こる。
司会者も「おーっと優勝者がフリーパスを譲渡! 異能アルバイター澪くん、棚ぼたゲットだー!」と声を張った。
言真が後ろから肘で小突く。
「せっかくだし、結衣ちゃん誘えば? 優勝者と屋台めぐりとか、最高の思い出じゃん」
「な、なんで……いや、でも確かに」
顔を赤くしながら澪がチラリと結衣を見ると、彼女は相変わらず涼しい顔で牛串を片付けていた。
「……牛串屋からでいいですか?」
淡々と告げられ、澪の心臓は跳ね上がる。
「は、はいっ! 喜んで!」
観客の一部が「デートだー!」と冷やかし、屋台からは拍手と笑い声が響く。
運営席は「完全に台本外だ……」と頭を抱えていたが、広場の熱気は最高潮に達していた。
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