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日替わり異能、24時間後には人間以下  作者: 森鷺 皐月
第二章 オーバーライド編
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第38話 沈む陽、昇る闇

 つばさから連絡を受けた結衣が落ち合ったのは、駅前から少し離れたカフェだった。

 平日の昼下がり、人通りは少なく、店内にはゆるやかな音楽が流れている。


 角の二人席。

 つばさは、どこか緊張した面持ちでスマホと小さな袋を差し出した。


「これが、例の……」


 カプセルと動画。

 結衣は眉をひそめ、無言で画面を見つめる。

 その横顔を見ながら、つばさはストローをいじり、苦笑をこぼした。


「あたしさ、この街……平和すぎるの危ないと思うんだよね」


「同感。冷静で警戒心があれば、こんなセミナー受けようとも思わない」


「だよねー」


 言葉を交わすたび、つばさの声には少しずつ安堵の色が混ざっていく。

 危険なものを持ってきた自覚がある。

 しかし、信頼できる人に話しているという確信も、同時にあった。


「因課にこのカプセルは渡す」


「うん。動画も送っとくね」


「ありがとう。……でも、つばさ」


 名前を呼んだ結衣の声が、少しだけ低くなる。

 いつもの冷静な声の裏に、明確な圧と不安があった。


「無茶しないで。行くときは、私も行くから」


「え?」


 つばさが瞬きをする。

 結衣は、手元のカプセルを見つめたまま続けた。


「一人で危険なところに行かれると……怖くなる」


 その声は静かだったが、どこか震えていた。

 つばさは、息を吐いて笑顔を作る。


「……ごめん。でも、ちゃんと相談したでしょ?」


「結果的にね」


「うわ、正論パンチきた」


 二人の間に小さく笑いが戻る。

 だが、テーブルの上のカプセルだけは、沈黙のまま冷たい光を放っていた。


***


 二人がカフェを出る頃には、すっかり夕方になっていた。

 街を包むオレンジの光が、ガラス越しに二人の影を長く伸ばす。


「それじゃ、また明日ね。気をつけて帰りなよ、結衣」


「それは、こっちのセリフ」


 結衣は小さく笑い、つばさの頭を軽く叩く。

 その仕草に、つばさも照れくさそうに笑った。


 夏の風が吹き抜け、二人の髪を揺らす。

 その一瞬の静けさが、これから起こる嵐の前触れのように思えた。


 駅前へ戻る道。

 人通りはまだ多く、街のざわめきに包まれている。

 つばさはスマホを片手に、結衣へ「帰ったよ」とメッセージを打とうとして立ち止まった。


 ――未送信のまま、画面が光る。


 背後から、足音。

 静かに、一定のリズムで近づいてくる。


(……人、多いし大丈夫)


 そう自分に言い聞かせて振り返る。

 けれど、そこに見えたのは、見覚えのある白衣だった。


「姫乃つばささん、ですよね」


 柔らかい声。

 だが、その目は笑っていなかった。


「先ほどのセミナーで、データの確認漏れがありまして。少しだけ、再検査を――」


 肩を掴まれた瞬間、世界がぐにゃりと歪む。

 甘い匂いとともに、意識が遠のいていった。


***


 数分後。


 結衣のスマホが震える。

 通知には姫乃つばさと名前が表示されていたが――

 開いた画面には、ノイズ混じりの映像と、かすかな息の音だけが残っていた。


***


 翌日の昼。

 因課・洛陽支部の休憩室。

 コーヒーを片手に、結衣は机の上の資料を眺めていた。

 前夜、つばさと別れたときの言葉が頭をよぎる。


(昨日は、普通に笑ってたのに)


 スマホを開く。

 未読のままのメッセージが一件。

 送信者、姫乃つばさ。


《結衣、例のカプセル》


 その一文で途切れていた。

 続きも、スタンプもない。

 それだけが、妙に怖かった。


 小さく息を吐き、結衣は通話ボタンを押した。

 ……呼び出し音が鳴り、止まる。

 また鳴らしても、同じ結果。


 胸の奥に小さな不安が灯る。


「滝口さん、少しいいですか」


 結衣は立ち上がり、登録管理課のドアを開けた。

 デスクで書類に目を通していた梢が顔を上げる。


「結衣ちゃん? どうしたの」


「昨夜会った友人と、今朝から連絡が取れません。イノ研のセミナーに参加してて……」


「……姫乃つばささんね。インフルエンサーの……」


 梢の手が、ほんの一瞬止まった。

 結衣の目が見開かれる。


「知ってたんですか?」


「朝、通報があったの。駅前の監視カメラに、白衣姿の人物と一緒に消える映像が残ってる」


「――!」


 心臓が跳ねた。

 手にしていたスマホが、カタンと机に落ちる。


「まだ“行方不明扱い”だけど……結衣ちゃん、あなたの想像通り、これは偶然じゃない」


「イノ研、ですね」


「……可能性は高い」


 梢の声が低くなる。

 室内の空気が、一気に冷えた。


 結衣は拳を握る。

 脳裏に浮かぶ、昨夜の笑顔。


(――また明日って、言ったのに)


「滝口さん。つばさは、必ず私が見つけます」


「結衣ちゃん、勝手な行動は――」


「わかってます。報告はちゃんとします。でも、止まっていられません」


 その目は、まっすぐだった。

 梢は一瞬だけ息を止め、やがて諦めたように頷く。


「……いいわ。ただし、単独行動は絶対にしないこと。いいわね?」


「ありがとうございます」


 結衣は頭を下げ、すぐに踵を返す。

 背中には、迷いも恐れもなかった。


 ただ一つの思いだけ――

 友達を、取り戻す。


***


 因課で報告を終え、結衣は駅前を歩いていた。

 日が傾き、空が茜色に染まっている。

 けれど、その温かさとは裏腹に、胸の奥はひどく冷たかった。


(つばさ……どこにいるの)


 スマホの画面には、何度も更新されたままのチャット欄。

 未読の灰色の吹き出しが、沈黙のように並んでいた。


 人波を抜けたとき、前方で聞き慣れた声がした。


「うわっ、まぶしっ! この角度、太陽が俺を殺しにきてる!」


 聞くまでもなく、澪の声だった。

 コンビニの袋を片手に、眩しそうに目を細めている。

 隣には言真の姿もあった。


「……綾瀬さん?」


 結衣が声をかけると、澪がぱっと顔を上げた。

 オレンジ色の光の中、いつもと変わらない笑顔。


「結衣さん! 今から帰るとこですか? それとも買い物!? 荷物持ちますよ!」


 その明るさが、今の結衣には少し眩しすぎた。

 外の空気も街の喧噪も、いつも通りなのに……自分とつばさだけが違う世界に弾かれてしまったような感覚。


「……いえ、特に」


 巻き込みたくない。

 澪はオーバーライドの件で散々な目に遭った。

 これ以上、彼に問題を背負わせるわけにはいかない。

 けれど、その優しい声が、躊躇いを打ち砕く。


「何かありましたか?」


 結衣は唇をぎゅっと結んだ。

 しかし、言葉は自然とこぼれ落ちた。


「……その……つばさが……」


 小さな声。

 それでも、澪の表情が一瞬で引き締まる。


 今は藁にも縋りたかった。

 澪が大変なことは分かっている。

 でも、つばさがいなくなった恐怖を一人で抱えていられなかった。


「つばささんがどうかした?」


 食い気味に詰め寄る澪の肩を、言真が押さえた。


「澪。落ち着け」


 そのまま結衣の方へ向き直る。

 声はいつもより穏やかで、しかし確実なものだった。


「梢さんから聞いた。……行方不明なんだよね」


 優しい声音に、結衣は小さく頷く。


「彼女、イノ研のセミナーに参加していて……その後、セミナーの話を私にしてくれました。昨日の夕方、別れて……それっきり、連絡が取れません」


 澪の拳が、わずかに震えた。

 言葉を失ったまま、唇を噛みしめる。

 夕陽の色が、彼の表情を赤く染めた。


「イノ研……また、あいつらか」


 低く押し殺した声。

 その奥には怒りと、あの夜の記憶の影が見えた。


「言真」


「ダメだ」


 反射的な拒絶だった。


「まだ何も言ってねぇよ!」


「……助けに行くって言うつもりだろ」


 確信めいた言真の言葉に、澪は息を詰まらせた。

 その表情を見て、言真は小さくため息をつく。


「イノ研にお前が何されたのか、忘れたわけじゃないだろ」


「それでも放っておけるか!」


 澪の語気が、思わず強くなる。

 拳を握り、目を逸らさずに続けた。


「知り合いが被害に遭って、黙ってるなんてできない。……それが、誰であっても」


 その一言に、言真の眉がわずかに動く。

 結衣は静かに二人を見つめていた。


「それに、こないだのショッピングモールの暴走の件。あれだってイノ研関係なんだろ。俺、知らないふりなんて無理だ」


 澪の声には、怒りでも正義感でもなく、ただの本音があった。

 痛いほどまっすぐで、止めようのない心。


 言真は視線を伏せ、しばらく黙っていた。

 やがて、低く短く息を吐く。


「……はぁ。ほんと、お前ってやつは困ったやつだね」


 小さな笑みが零れた。

 呆れと、それ以上に、諦めきれない兄のような優しさ。


「いいか。行くなら絶対に単独で動くな。俺も行く」


「……わかった」


 澪が頷くと、結衣が小さく息をついた。


「ありがとうございます。綾瀬さん、九重さん」


「結衣ちゃんも単独では動かないこと。俺たち三人で行動する」


「はい……!」


 三人の影が、夕暮れの中でゆっくりと並ぶ。

 その先にあるのは、禁断の領域。

 異能を生む闇の源だった。


最後まで読んでいただきありがとうございます。

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