第37話 沈黙するカプセル
つばさが案内されたのは、洛陽駅前の雑居ビルの五階。
外観はレンタルスペースだが、フロアに一歩入った瞬間、漂う匂いが違った。
消毒液と、ちょっと焦げた薬品の匂い。
(レンタルスペースで薬の匂い……? ここで作ってるとかないよね)
床はやけに白くて、照明が眩しい。
【異能体験セミナー】
【主催:異能応用技術研究機構】
そんな文字が書かれたポスターが貼られている
受付の人間は全員、白衣。
穏やかで優しげな笑顔。
「ご参加ありがとうございます」
「はい、よろしくお願いします!」
スタッフが端末に何かを入力しながら、笑顔で頷く。
「体験者カードに署名をお願いしますね。あ、SNSでの拡散も大歓迎です」
「え、いいんですか!? じゃあお姉さんも一緒に撮りましょ!」
「え? いや、私は……」
「はい、チーズ」
カシャリとスマホのシャッター音が鳴り、つばさと受付の女性のツーショットが出来上がる。
(これで、何かあったときに使える。ボイレコも電源入れたし、証拠になる)
受付を抜けると、十数脚のパイプ椅子が並べられた部屋へ案内された。
壁際にはパネルやグラフが立てかけられていて、科学展示みたいな雰囲気。
「すぐ始まりますので、こちらのお席へどうぞ」
「はーい」
つばさはスマホのカメラを軽く下げ、動画の録画を継続させる。
表向きは、体験レビュー撮影。
(いいね、ネタになる……。けど、やっぱりちょっと空気重い)
会場全体に響くBGMは、やけにゆったりとしたヒーリング系。
窓は黒いブラインドで閉め切られ、外の音が一切聞こえない。
「皆さま、本日はお集まりいただきありがとうございます」
壇上に立ったのは、白衣の男性。
黒縁メガネに、爽やかな笑顔。
だがその声には、どこか無機質な響きがあった。
「このセミナーは“異能をすべての人へ”を理念に掲げています。特別な訓練も遺伝的条件も不要。あなたの中に眠る“可能性”を、ここで開花させましょう」
スライドに映るのは、派手な映像。
光の粒が人間のシルエットに流れ込み、翼を生やして飛び立つ。
観客の何人かが「おぉ……」と小さくどよめいた。
(演出派手すぎ……でも、再生回数は伸びそう)
軽く笑っていたつばさの視線が、ふと受付の女性に向かう。
先ほどの彼女は、いつの間にか表情を変えていた。
笑顔ではある。けれど、瞳の奥が妙に冷たい。
(……気のせい、か)
背筋に、かすかな寒気が走る。
つばさは無意識にポケットの中のスマホを握り直した。
録画マークの赤い点が、画面の隅で静かに点滅している。
壇上の男性がリモコンを押すたびに、スライドの文字が切り替わる。
《異能を日常に》
《すべての人へ可能性を》
《恐れず、開花を》
まるで宗教の勧誘パンフレットみたいな言葉が並んでいた。
「異能は才能ではありません。正しい刺激を与えれば、誰の中にも“芽”はあるのです」
つばさは頬杖をつきながら、心の中で突っ込む。
(異能は体質とか才能でしょ。てか刺激って……中枢神経にでも異常与えるとか?)
周囲を見れば、真剣にメモを取っている者もいて、逆に怖い。
前列にいた真面目そうな中年男性が何度も頷いているのを見て、つばさは苦笑した。
(詐欺に引っかかるの、こういう人なのかも)
そんなことを考えていたときだった。
壇上の男性がマイクを置き、静かに手を叩いた。
「では、体験の時間です」
照明が少し落ちると同時につばさの心臓がドクンと鳴る。
(落ち着け。まだ何も起きていない。でも、この嫌な予感は……)
別の白衣のスタッフが、銀色のトレイを持って入ってきた。
カプセル状のものが、ずらりと整然と並んでいる。
近くまで来た瞬間、つばさの鼻に鋭い匂いが刺さった。
薬品と、焦げたような臭い。
(やっぱ、薬……!)
スタッフが穏やかな笑顔で説明を始める。
「こちらが“イノシード”と呼ばれる活性サプリです。安全な植物性素材を使用しています。体内で溶けると、神経に作用して潜在能力を引き出します」
ざわ……と、会場に小さなざわめきが走る。
だが、誰も帰ろうとはしない。
人の好奇心と自己承認欲は、本当に厄介だ。
(やばいとこだってなんとなく分かった。因課に提出してないでしょ、こんなの。薬の配布って薬機法違反じゃないの?)
トレイが回ってきて、つばさの手元にも透明なカプセルが置かれた。
中の粉が淡く光っている。
まるで小さな蛍を閉じ込めたみたいに。
「こちらをお飲みください」
柔らかい声。
その優しさが逆に、背筋を冷やす。
(こんなもん飲めるわけない。証拠になる)
つばさは軽く息を吸い、カメラの角度をさりげなく調整する。
スマホのレンズが自分とカプセルをきっちり捉えるように。
「では――3、2、1、どうぞ」
周囲が一斉に水を口に含む音。
つばさもカプセルを持ち上げ、唇に当てて、手のひらで覆った。
カプセルはそのままポケットに滑り込む。
水を飲む仕草をして、笑顔でカメラにピース。
「おお、これで異能が!?」
少しオーバーだったかもしれないが、このくらいの反応が連中も好きだろうと判断したつばさは、周囲を見渡す。
室内に微妙な空気の揺らぎがあった。
息を吸うたび、どこか鉄っぽい味が混じる。
「……あれ? 体、ちょっと熱い?」
前列の女性が首を傾げ、頬を押さえる。
続いて別の男性が、「あー、なんかポカポカする」と笑った。
それだけ。
暴走も発光も、叫びもない。
ただ、ほんの少し体温が上がったような雰囲気だけが残る。
スタッフは穏やかに笑いながらメモを取っていた。
「はい、正常な反応です。異能の芽が活性化を始めています」
穏やかな口調のまま、その言葉だけが妙に生々しい。
(サプリがそんな即効性あるわけないでしょうに。やっぱ、やばいわこれ)
背筋がうすら寒くなり、つばさはさりげなく足を組み替えた。
録画は止めない。
けれど、早く外に出たい気持ちが強くなる。
***
セミナーが終わり、外に出た瞬間。
真夏の熱気が現実を取り戻させた。
ポケットの中のカプセルは、ほんのりと温かいままだった。
胸の奥が、じわりとざわつく。
さっき聞いた“体が熱い”という言葉が、妙に頭から離れない。
つばさはスマホを取り出し、連絡先を開く。
表示された名前は、水瀬結衣。
「結衣。あたしだけど……今から会える?」
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