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日替わり異能、24時間後には人間以下  作者: 森鷺 皐月
第二章 オーバーライド編
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第34話 力を与える嘘

 大学の中庭で、結衣はつばさと昼食をとっていた。

 膝の上に広げたのは、自作の弁当。

 栄養バランスも彩りも完璧で、まるで料理雑誌の見本のようだった。


 少し前までなら、こんな風に綺麗な弁当なんて作れなかった。

 力の加減が利かず、握った箸を折ったり、卵焼きを潰したり。

 鋼腕の名残りが、日常のあらゆる場面に顔を出していた。


 けれど、最近は違う。

 物を壊すこともなく、包丁を握る手も穏やかに動く。

 全ては澪と一緒に訓練をして、あの日、異能を吸われてから。


 かといって、異能が消えたわけではない。

 むしろ、暴れ続けていた力が静まり返り、ようやく自分のものになった感覚だった。


 コップから溢れていた水が、すっと静かに元の水位へ戻るように。

 そんな穏やかさが、今の結衣にはあった。


「最近、壊さなくなったね。結衣、パワーアップした?」


「……むしろ落ちた気がする。溢れ出てた力が、ようやく正常に戻った感じ。綾瀬さんには感謝しないと……」


 穏やかな声で答えながら、結衣はタコさんウインナーを口に運んだ。

 そのとき、少し離れたベンチから、他の学生たちの賑やかな声が聞こえてきた。


「で、そのセミナー受けてサプリ飲んだらさ、次の日に異能が手に入ったの!」


「いや普通に考えて危なくね? 身体、大丈夫なの?」


「むしろ超元気! 足がね、バイクに追いつくの。てか、追い越すの! すごくない?」


「うわ、しょうもな……」


 結衣は箸を止め、そっとそちらに目を向ける。

 風に揺れる木の影の向こうで、笑い声が弾けていた。

 けれど、その軽さの裏に、どこか危うい響きがあった。


 結衣は急いで弁当を掻き込み、お茶を飲んで片づけると立ち上がる。

 学生たちの元へ、ずんずんと歩いていった。


「すみません。今の話、聞かせてもらっていいですか」


 結衣に驚いた学生たちは顔を見合わせ、少し戸惑いながらも口を開いた。


「え、えっと……ネットで見たんです。『明日から新しい自分に。異能体験セミナー』って広告で。登録すると無料で参加できて、サプリも貰えるんですよ」


「場所は?」


「洛陽駅の近く。貸し会議室みたいなってとこでやってました。講師の人が白衣着てて、なんか研究者っぽくて……」


「主催は?」


「うーん、変な名前だったような。イノ研……だっけ。大学サークルみたいな名前だった気がします」


 結衣は、表情を崩さずに頷いた。


「そのサプリ、どんな見た目ですか?」


「カプセル状で、光る粉が入ってるんです。飲むと身体が熱くなって……で、次の日には力が出るって感じで」


「医療機関には行きました?」


「行ってないです。だって、元気だから!」


 学生は笑ってみせる。

 その無邪気さに、結衣は胸の奥がざらつくのを感じた。


(飲むだけで異能が? そんなもの、聞いたことがない……)


 ゆっくりと息を整え、頭を下げる。


「教えてくれてありがとうございます。そのサプリ、できれば飲まないほうがいいです」


「え? なんで?」


「異能は、手軽に手に入るものじゃありません。非合法の薬は、そもそも危険です」


 静かに、しかし鋭く言い切る。

 学生たちはぽかんとした顔を見合わせた。


 それだけを残し、結衣はその場を離れた。


 中庭を吹き抜ける夏の風が、彼女の髪を揺らす。

 歩きながらポケットからスマートフォンを取り出し、連絡先を開く。


 表示された名前は、滝口梢。


『……結衣ちゃん? どうしたの?』


「滝口さん。相談があります。少し、時間をいただけますか」


 声に迷いはなかった。

 背後では、蝉の鳴き声が、熱気に滲んで空を震わせている。


(……放っておけない。なにか、嫌な予感がする)


 その決意は、静かな昼下がりの光の中で、確かに燃えていた。


 結衣の背中を見送っていたつばさが、スマホを取り出し、画面をスクロールする。


「……イノ研?」


 呟かれたその言葉が、蝉の声の中に静かに溶けていった。


***


 因課・洛陽支部。

 夕刻の応接室に、冷房の低い唸りと紙の擦れる音だけが響いていた。


 結衣と梢は、テーブルを挟んで向かい合っている。

 異能体験セミナー、異能を得られるというサプリ、そして“イノ研”。


「……本当に、イノ研って言ったのね」


「はい」


 梢は、こめかみに指を当て、深くため息をついた。

 その動作のあと、テーブルの上に置かれた菓子箱からチョコレートを一つ取り出し、無言で口に放り込む。


「イノ研。正式名称、異能応用技術研究機構。綾瀬くんの脳を薬で掻き混ぜて、オーバーライドを再覚醒させた連中よ」


 その一言で、結衣の背筋が凍る。

 目を大きく見開き、唇を噛んだ。

 膝の上で、握った拳が白くなる。


「……綾瀬くんの異能データを使って、異能薬というものを研究していたらしいわ。誰もが異能を使える社会にする……なんて、狂気の沙汰としか思えないこと言ってたらしいの」


 梢の声は低く、冷ややかだった。

 けれど、その奥にはわずかに怒りが滲んでいる。


 結衣は、ゆっくりと息を吸い込んだ。

 胸の奥が熱を持つ。


「……そんなもの、放っておけません」


「ええ、私も同感。異能社会の秩序の乱れと混乱しかならない。でも……」


 梢は目を細め、椅子の背にもたれた。


「結衣ちゃん。あなたは一般人。警察でも因課の職員でもない。これ以上、首を突っ込むと本当に危険よ」


「……でも、放っておくわけには」


 その返答に、梢は苦笑を浮かべる。

 しかし、すぐにその笑みを消した。


「……やっぱり、そう言うと思った」


 机の引き出しを開け、数枚の資料を取り出す。

 表紙には《異能活性剤試験体・流出案件》と印字されていた。


「イノ研の実験体が、市内で暴走した形跡がある。最初は未登録のチンピラかと思ったんだけどね」


 梢は資料を指で弾く。乾いた紙の音が、部屋の空気を震わせた。


「あなたが聞いたサプリも、その派生品だと思う」


「……暴走、ですか?」


「そう。異能を無理やり覚醒させた結果、制御が効かなくなったの」


 結衣の眉がわずかに動く。


「あなたは守る側じゃない。異能を持っていても、守られる立場だと忘れないで。分かるでしょ?」


 梢の声は静かで、しかし鋭い。

 職務としての冷たさではなく、心底からの心配が滲んでいた。


 結衣は小さく息を吸い込み、しばらく黙ってから口を開いた。


「……分かっています。分かっていますけど、もし――」


 言葉を探すように、指先が膝の上で握られる。


「もし、大切な友人や、近所の人が被害にあったことを考えると……何もしない選択は、できません」


 梢は目を閉じ、静かにため息を吐いた。

 その表情には、諦めと少しの誇りが混ざっている。


「……ほんと、似てきたわね」


 結衣はきょとんと顔を上げる。

 梢は椅子の背にもたれ、天井を見上げた。


「綾瀬くんも、突っ走るタイプでしょ。止めても聞かないところまで、そっくり」


 その言葉に、結衣の胸が静かに熱くなる。

 彼女はしっかりと梢を見据えた。


「……あの人が守ろうとした“日常”を、今度は私が守ります」


 梢は肩を竦め、口の端をわずかに上げた。


「……分かったわ。ただし、私の許可なしに動いたら、即座に連れ戻す。いい?」


「はい」


 短く、しかし迷いのない返事だった。

 窓の外では、夕陽が街のビルの隙間に沈み始めていた。

 その光が、結衣の決意をほんのりと照らしていた。


最後まで読んでいただきありがとうございます。

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