第3話 異能フードフェス参戦!
週末の駅前広場は、いつもとまるで別世界になっていた。
色とりどりのテントが並び、鉄板の焦げる匂い、甘いスイーツの香りが風に混じって流れてくる。耳には客引きの声と、弾けるような歓声。視覚も嗅覚も、胃袋まで刺激される空間だった。
掲げられた看板には大きく——
『異能フードフェス! 美味しいもの祭!』
焼き鳥を炎の異能で炙る屋台、野菜を宙に浮かせて自動で切る屋台、ソースを空中に舞わせて虹色にデコレーションする屋台。
どれも異能を惜しみなく披露したパフォーマンスで、観客たちは目を輝かせて見入っていた。
「どこから回ればいいんだこれ! テンション爆上げだが」
澪は目をギラつかせ、ヨダレを垂らしそうな勢いでパンフレットを開く。
ページには唐揚げ、ラーメン、スイーツに付箋がびっしり。
もはや本気で攻略本扱いだ。
「いや、働きに来てるんでしょ君」
呆れ声をあげる言真の口は、すでに唐揚げ棒でふさがっていた。カリッと音を立ててもぐもぐしながら、涼しい顔をしている。
「出店スタッフって言ったよね? 試食ツアーじゃないから」
「仕事をする。そんで食べる。働いた後の飯は美味い! そんで何でお前はもう食ってんだよ!」
「因課だからね、開店前のお裾分け」
「因課関係ねぇだろ、それ」
異能と食が融合した祭典。
洛陽市でも一年に数度しかない大規模イベントで、開店前からすでに人の波が広場を埋め尽くしていた。異能者も一般人も入り混じり、さらに他市からの観光客も押し寄せている。
「で、澪くんの担当は?」
「野菜細工屋台」
「ねえ普通、焼きそばとかかき氷じゃない? 異能映えもしそうだし」
「普通のことやっても面白くないじゃん。折角のフェスだし!」
「今回のバイト熱量すごくて、いつもの比較的まともな澪くん、どっか行っちゃったな……」
呟く言真を無視して、澪は屋台に顔を出す。
すでにスタッフが山盛りの野菜を抱えて待ち構えていた。
「異能者だから一瞬でできるよな?」
「はあ……」
嫌味を流しつつ、澪はでかすぎるキャベツやにんじんを適量サイズにカットしていく。
トン、トントン、ザクザク。
軽快な包丁の音が響く。
(期待してるとこ悪いけど、今の俺……ただ野菜切ってるだけの一般人だからな)
そう思った瞬間、手元がふっと軽くなった。
包丁が吸い付くように走り、切り口が一瞬で幾何学模様を描き出す。
にんじんは宝石のように光を帯び、キャベツは渦巻き状の断面が鮮やかに浮かび上がった。
「おい……見たか今の切り口」
「仕込みでここまで……?」
「細工、もう始まってんのか?」
スタッフがざわつく中、澪だけが真っ青になっていた。
(やっば! また勝手に出た! 仕込みでこれとか、完成品どうすんだよ!)
慌てて包丁を置き、声を張る。
「本番まで包丁触れないので! お客さん呼びましょう!!」
「お、おう」と押されるようにスタッフがベルを鳴らす。
「野菜細工の実演販売開始! 芸術の如く美しいサラダを皆で食べよう! 汗水垂らした農家さん達の野菜を彩ってくれるのは、異能アルバイター・綾瀬くんだ!」
「異能アルバイター?」
「野菜細工? 飴細工的な?」
「え、食べていいの?」
ざわめきながら人々が押し寄せ、屋台の前に人だかりができていく。
澪は心臓をバクバクさせながら、震える手で包丁を取った。
(もうやるしかねぇ! ……神よ、野菜は俺を裏切らないでくれ!)
きゅうりを一刀両断。スパッと刃が走ると断面は星形に輝いていた。
「おおっ!?」
「星のきゅうり!? マジで!?」
次ににんじんを切れば、花びら模様の断面が現れる。
「かわいい! 映えすぎ!」
「これ写真撮っていいっすか!?」
客が次々にスマホを掲げる。
野菜は透明感を帯びて宝石のように皿に盛られていった。
(うわ、暴走してる……! でも客は喜んでるし……結果オーライってやつか!?)
安堵しかけたその時——。
『さぁーて! 皆さん盛り上がってますかぁー!?』
会場中央のステージから、ド派手衣装の司会者が登場する。
マイクを握り、耳が痛いほどの声で叫んだ。
『恒例イベント・異能フードファイト! 料理と異能で観客を沸かせ! 優勝者には全屋台食べ歩きフリーパスを進呈だぁ!!』
観客が一斉にどよめき、澪の屋台を見やる。
『そこの君! 野菜をキラキラ光らせてたね? 出るしかないでしょ!』
スポットライトが澪を直撃する。
「えっ、ちょ、俺!?」
「はい、出場決定ー!」
勝手に決められ、スタッフに背中を押される。
澪はあたふたしながらも、観客の大声援に呑み込まれてステージへ。
だが、耳に残った【全屋台食べ歩きフリーパス】という言葉。
(……全屋台食べ放題!? それ、一生に一度の夢だろ!)
震えていた手に力がこもる。
(でもさぁ……)
観客の歓声が波のように押し寄せる。
屋台の裏で包丁を握りしめた澪は、自分の鼓動がやけに大きく響くのを感じていた。
(……本当なら、野菜を切ってサラダ作って終わりだったんだ。なのにどうして俺は、スポットライトの真ん中に立たされてんだよ)
照明がまぶしく、汗が首筋を伝う。
けれど、その視線のすべてが期待に変わっているのを、澪も肌で感じ取っていた。
『ここからは——異能フードファイト!』
司会者の声が再び響き、広場が割れるほどの歓声が巻き起こる。
屋台代表者が次々とステージに呼び込まれ、豪快に炎を操る焼き鳥屋の親父、涼しげに氷を生み出すかき氷職人が並び立つ。
「やべぇ……ガチ勢しかいねぇじゃん」
思わず弱気が口を突く。
だがすぐに、腹の底から別の衝動が湧き上がった。
それは食欲と、財布を守りたいという強欲と、何より——この異能がただの暴走じゃないと証明したい意地だった。
(……いいさ。だったら見せてやる。バイトだろうがなんだろうが、本気出したらやれるって!)
包丁を持つ手に力を込める。
刃がライトを反射し、まるで戦いの武器のように光った。
異能フードフェス。
ただのバイトで来たはずが、今や洛陽市中の視線が集まる大舞台になっている。
「よっし……やってやる!」
観客の熱気に飲み込まれながら、澪は一歩、ステージへと踏み出した。
その先に待つのは、未知の強敵と、胃袋と、そして運命のフリーパス券だった。
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