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日替わり異能、24時間後には人間以下  作者: 森鷺 皐月
第一章 日替わり異能編
16/29

第16話 監視強化、ほぼ同棲

 翌朝。

 疲労困憊の様子で出勤した言真がデスクに腰を下ろすと、パソコンと睨めっこしていた日菜が顔を上げた。


「言真さーん! おはようございます!」


 にっこりと人懐っこい笑顔を向ける日菜に、言真は椅子にだらしなく沈み込む。


「おはよー……。日菜ちゃん、元気だね」


「逆に言真さん、ゾンビみたいですよ。……あ、もしかして。昨日報告に上がってた“異能無効化”の件ですか?」


 その言葉に、言真の顔色はさらに悪くなる。


「容赦ないね、日菜ちゃんって」


「事実を言っただけです。で、対象は澪くんで……頭も燃えたんでしたっけ?」


「……うん。小火程度だったけど……やばいよ、あれ」


 言真が項垂れると、日菜は腕を組んでモニターに視線を落とし、険しい顔をした。


「前に部屋を凍らせた件。昨日の小火。そして――言真さんの異能を無効化」


 言葉を区切りながら、目を細める。


「……これ、もうレッドゾーンですよ」


「まだ確定じゃないだろ。偶然……」


「偶然で片付けられる範囲を超えてます。今の澪くん、ほんのちょっとの刺激で暴発しかねないんですよ」


 日菜の声が、いつになく重かった。


***


 澪は、自宅の床に大の字で寝転がり、スマホ片手に天井を睨んでいた。


「……バイト禁止って、拷問じゃね?」


 冷蔵庫を開けても、見事に空っぽ。

 財布を開けても、小銭が数枚。


「収入ゼロ……これ、リアルに死ぬんだけど!? 死因“バイト禁止”って、ニュース記事にどう書かれんの!?」


 仕方なくテレビをつければ、よりによってグルメ特集。

 画面いっぱいに焼肉やハンバーグが映し出され、澪の腹が盛大に鳴った。


「……よし。見て食った気になりながら、カップ麺で我慢するか」


 そう呟き、やけくそ気味にカップ麺を取り出す。

 だが湯を入れる直前、胸の傷がズキンと痛んで手が滑り、粉末スープを床にぶちまけた。


「…………なんなの、マジで」


 澪は床に崩れ落ち、ぶちまけられた粉末スープを見下ろす。

 粉雪みたいに散った茶色い粉が、現実の厳しさを容赦なく突きつけていた。


 ――ピンポーン。


 インターホンの音に、澪の肩がびくっと跳ねた。

 思い出す。あの夜のこと。

 もしまた、妙な連中だったら……。


 ――ピンポーン、ピンポンピンポンピンポンピンポーン。


「どあああ!! うるせー!!」


 怒鳴りながら鍵を解除し、勢いよく玄関を開け放つ。


「居留守使ってんだから帰れっつの! このーー」


 言葉を吐き切る前に、視界が真っ暗になった。

 顔にガサリと紙袋の感触。さらに鼻を突く異臭。


「は!? ちょ、何これ!? やってること昭和の誘拐劇すぎんだろ!! しかも……くっっさ!!」


 袋の中にこもる強烈な臭いに、澪は盛大にむせ返った。


 次の瞬間だった。


 ――ボッ。


 紙袋が炎を噴き、澪の髪ごと燃え上がった。


「どあああ!! あっっちぃぃ!!」


 慌てて頭を振る澪。

 焦げた紙袋を引き剥がすと、床に黒い塊となって崩れ落ちた。

 異臭が立ち込め、煙の中から白い粉末がふわりと舞い上がる。


「……薬品……?」


 胸がズキリと痛み、足元がぐらりと揺れる。

 額から冷や汗が伝い落ちるのを自覚した瞬間――。


 ――パチパチパチパチ。


 拍手の音が響いた。

 煙の向こうから、白衣を着た数人の影が姿を現す。


「やはり……氷炎の子だ」


「予想以上の反応だ。良いデータが取れた」


 研究員たちは楽しげに笑う。

 澪の背筋を冷たいものが走った。


「……え、なに。氷炎の子って、俺のこと?」


 声を振り絞る澪に、白衣のひとりが薄く笑った。


「おや、覚えてないのかな。君が初覚醒した――あの素晴らしい夜のことを」


 背中を冷たい汗が這う。


「……お前ら、何なんだよ」


 掠れた声で問い返せば、研究員たちは喉元で笑いを漏らした。


「我々は、異能応用技術研究機構」


 重々しい響き。

 だがすぐに、別の研究員がさらりと続ける。


「通称、イノ研」


「大学生のサークルかよ!? 一気にアホになったな!!」


 澪の全力ツッコミをよそに、研究員たちは満足げに拍手していた。


「いやあ、やっぱ“氷炎の子”は違うねぇ」


「うんうん、いいデータが取れた。十分だ」


「……は? データ?」


 澪が眉をひそめると、白衣のひとりがメガネを押し上げて薄笑いを浮かべた。


「今日はこれで帰るよ。我々には成果があれば十分だから」


「ま、あの夜の再現もそう遠くないだろうしね」


 意味深な言葉を残し、白衣たちはスタスタと立ち去っていく。

 玄関先にひとり取り残された澪は、焦げた髪をぺしぺし叩きながら叫んだ。


「帰るの早っ!! せめて片付けしてけよ!! ……って、あの夜って何!? 伏線置き逃げすんな!!」


 近所の犬がワンと吠えた。

 澪はため息をつき、天を仰いだ。


「……マジで、平穏ってやつが欲しい」


***


 その夜。

 言真が澪の部屋に入ると、玄関から漂う妙な臭いに眉をひそめた。


「なぁ、澪。玄関……なんか臭くね? これ何の匂い?」


 ビクッと肩を揺らした澪は、慌てて目を泳がせる。


「そ、そう? 俺は全然知らないけどなー! むしろ言真の鼻が曲がってるとか……加齢臭とか!」


「いや、俺まだ二十六なんだけど。加齢臭は早すぎでしょ」


「と、とにかく! 俺は知らないから!!」


 あからさまに視線をテレビへ逸らす澪。

 言真は深いため息をつき、持ってきたコンビニ袋をテーブルに置いた。


「……お前、ほんっとわかりやすいのな」


「な、何が」


「髪。上の方チリチリになってんじゃん。――また頭燃やした?」


「い、いやいや! 違うんだって! 今回は偶然! ほんと偶然!!」


「偶然で頭燃えるやつがどこにいんのよ」


「……摩擦熱?」


「頭で摩擦起こすな」


 バツが悪そうに笑う澪に、言真はじっと視線を注ぐ。

 その重さに耐えきれず、澪は視線を泳がせる。


「とにかく! 俺は元気! 問題ナッシング!」


「いや、問題しかないだろ」


 言真は思わず額を押さえた。

 次の瞬間、澪が立ち上がって叫ぶ。


「でも、見て! 俺、生きてる!!」


「生きてて当たり前。……それをドヤ顔で言わない」


 そのやり取りに、部屋の中にはどこか脱力した空気が漂った。

 ふと、澪の脳裏に別の違和感がよぎる。


「ん? ……二十六?」


 小さく首を傾げ、ポケットからスマホを取り出す。

 検索履歴を辿って、八年前の記事を開いた。


《……現場で子供を抱えていたのは、当時十八歳の綾瀬言真》


 その一文を見た瞬間、澪の心臓が強く跳ねた。


「……なあ、言真」


「ん?」


「お前って、結婚してる?」


 唐突な問いに、言真は目を細める。


「結婚してたら、澪くんにここまでべったりしないでしょ」


「……それもそうか」


 澪は妙に納得しかけたが、次の瞬間ハッと顔を上げた。


「じゃあ、なんでそんなに俺のそばにいるんだよ!」


「監視強化だからだよ。残業手当も色つくんだよねー」


「給料の餌にしてんなら何か奢れ!」


「奢ってるでしょ。ほら、今日のご飯。デザートにお菓子まで付いてる」


「……あ、ほんとだ」


「気付くの鈍いねぇ」


 言真がコンビニ袋から次々と取り出す。弁当、唐揚げ、プリン、菓子パン。

 テーブルの上は瞬く間に食欲を誘う香りで埋め尽くされた。


「おおっ……! 神か!」


「はいはい。さっさと食べなさい」


「じゃあ、いただきまーす!」


 澪は勢いよく弁当をかき込み、すぐに顔を綻ばせる。

 それを横目に、言真はプリンの蓋をぺりりと開け、スプーンですくった。


「なぁ言真、これさ……」


「うん?」


「監視されてるんじゃなくて、養われてる気がしてきた」


「……鈍いねぇ」


 同じ言葉を繰り返しながら、言真はくすりと笑い、プリンを一口食べた。


(年齢と名前は合ってるけど、苗字が違うし。流石に他人か……)


 弁当を咀嚼しながら言真を見る澪。

 言真はというと、プリンをすくって口に運びながら、こちらに気付く。


「なに?」


「いや……あのさ」


「ん?」


「……プリン、先に食うタイプなんだな」


「そこ?」


 呆れ顔の言真に、澪はわざとらしく肩をすくめてみせる。

 胸の奥に引っかかっているものは消えないけれど、今は目の前のご飯に集中するしかない。


「……にしても、やっぱ監視ってより同棲じゃね?」


「気付くの遅いねぇ」


 苦笑いを浮かべる言真に、澪は笑いながら白米をかき込んだ。

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