9・マダガスカル島防衛戦
1942(昭和17)年4月20日、ディエゴ・スアレス沖
南雲は赤城、翔鶴、瑞鶴を率いてアフリカ方面までやって来ていた。
「英印遮断か」
連合艦隊司令部から指示されたインド洋作戦はまず第一に東洋艦隊の撃滅であり、次にアンダマン海の制海権掌握であった。
今も山口の二航戦が居残り第二艦隊からの支援を受けてビルマ方面の陸軍支援やカルカッタへの圧迫を行っている。
そして、首尾よくそれらが早期に達成出来たなら、水陸機動団を乗せた輸送船団をマダガスカルまで護衛する任務を実施するとされていた。
まさか、作戦開始一週間で東洋艦隊撃滅を達成するなど南雲は想定しておらず、作戦期間と定められた5月上旬までにマダガスカルへ向かうなど不可能とすら考えていた。
「思えば遠くへ来たものだ」
ふとそんな言葉が口をついて出てくるのも仕方がない。
「長官、電報です」
そう言ってる差し出された紙を読んで驚きが顔にでたのだろう、草鹿が怪訝そうに問いかける。
「どうされました?」
「まあ、読んでみたまえ」
そう言って手渡された草鹿も驚いている。
「まさか、イギリスが攻めてきているんですか」
その言葉に源田も反応した。
「南の果てで戦ですね」
電報には先行している潜水艦からの情報として、空母を含む英軍がアフリカからマダガスカルへと向かっているとあった。
マダガスカル近海の潜水艦から一度日本へ送られ、さらにそこで検討の後に送られてきたものであるため、たっぷり1日は時差のある情報だった。
「陸さんにも別に情報が届くのだろうが、さて、あちらはどうするかな」
マダガスカルへの派兵は戦力強化と潜水艦基地設営による英印通商路の破壊が目的であったが、現状では場合によっては敵前上陸となる。
まずは陸軍の意向が優先され、事と次第によっては英上陸船団に痛撃を与えて帰還。という事も考えられた。
しばらく経って輸送船団から信号が送られてきた。
「陸さんは突っ込みたいらしいな。ならば敵船団を叩こうか」
こうして英軍捜索のために偵察機や水偵が放たれた。
程なくして敵艦隊発見の報が入るが、既に上陸作戦が始まっているらしく、ディエゴ・スアレス沿岸には船団が到着しており、さらに空母を含む艦隊が接近中との事だった。
「流石に我らの存在は想定外か」
源田はニヤリとそんな事を言い、空母撃沈を主張した。
「目的は陸さんをマダガスカルに届ける事だよ、源田。主力は船団撃滅を、空母は第二目標とする」
南雲は真珠湾同様の判断を下し、源田がそれに反論する。
「待って下さい。海上武力を排し安全を確保する事が我ら海軍の役割。船団など二次目標に過ぎません!」
艦橋に居並ぶ面々はそれに同意だという顔をする。
しかし、南雲の考えは変わらなかった。
「現在、マダガスカルという不沈艦を侵している主敵は空母か?上陸船団か?」
源田はすかさず空母と明言する。
「確かに、昔の俺もそう答えたよ。今じゃ陸さんの戦術論に気触れたんだろう。第一は主攻である船団を叩くのが正解だとしか思えないんだ。この作戦が終われば君にも行ってもらう事になるだろう」
南雲は真珠湾攻撃を控えた時期に海軍省へ2週間ほど詰めていた。
その時に陸軍の戦術について学ばされ、考えが変わったのだった。
「第一目標は船団。空母は第二目標だ」
源田の抗議を無視し、南雲はそう命じた。
こうして艦攻隊はタ弾を搭載してディエゴ・スアレス沿岸に在る上陸船団へと向かい、艦爆隊の一部が空母へと回された。
同じ頃、ディエゴ・スアレス付近の海岸
イギリス軍は大した抵抗も受けずに上陸作業を行っていた。
その時、上空に数編隊の飛行機が現れた。
「お、まだ頑張ってる植民地軍が居るんだな」
海岸から呑気にそんな事を言い、手を止める兵士。
「おい、手を止めるな。バカンスに来たんじゃないんだぞ!」
そう言いながらも、上官とて弛緩している。
そんなやり取りが行われていると、数機が落とされるのが見えた。
「出てこなけりゃ良いのにな」
呑気にそんな事を言っていると、水平飛行で爆弾らしきものが輸送船団へと投下されるのが見えた。
「敵が船団に爆弾落としやがった!」
海岸で作業していた兵士のひとりがそう叫ぶ。
その爆弾は海面に落ちる手前でバラバラになり火を噴き出した。
船団に投下された火の粉によって揚陸作業中の可燃物に火が回り火災が瞬く間に広がっていく。ガソリンか弾薬に引火して爆発も生じている。
「ウソだろ、楽な戦闘じゃなかったのかよ・・・」
燃え上がる船団を見ながら兵士は悲嘆に暮れるしかなかった。
翌日、イギリス軍上陸地点から離れた海岸線に水陸機動団が上陸を始めていた。
残念な事にマダガスカルの状況がよく分からない中での上陸とあって全てが手探りであったが、特大発によって軽戦車を揚陸し、マレー同様に迅速な橋頭堡確保が行われた。
さらに上空には空母部隊が提供する航空機の姿もあって、上陸した兵士達にはマレーより安心感が広がっていた。
何とも大雑把な地図しか入手していない状態ではあったが、イギリス軍も上陸を始めたばかりの段階であった事が幸いし、ディエゴ・スアレスはまだ陥落していなかった。
フランス軍と一触即発になる場面もあったが、何とか誤解が解け、3日目には合同でイギリス軍への攻勢を行い降伏に追い込む事に成功したのだった。